Jan 29, 2007
ソマリア内戦再び劇化
アフリカの角とも呼ばれている東アフリカのソマリアで、再び戦闘が激化している。暫定政府とイスラム法廷会議との間で長年対立していたが、勢力を拡大させているイスラム法廷会議に対して、エチオピア軍が空爆等の攻撃を行うなど、地域紛争、国際紛争につながる可能性が出てきた。
1991年のバーレ政権崩壊後、15年以上中央政府が無いこの国で、2004年に暫定政府が発足した。しかし、暫定政府とイスラム法廷会議十間で対立関係が続いており、イスラム法廷会議が06年6月に首都のモガディシュ※を制圧。イスラム法廷会議は、その後もソマリア中南部で勢力を広げ続けた。
このままでは、イスラム法廷会議がソマリア全土を支配することを近隣諸国は恐れ、06年12月24日、隣国エチオピアが、ソマリアに対して空爆を行った。また、エチオピア軍とソマリア暫定政府との連合軍が、イスラム法廷会議の拠点を次々に制圧し、1月1日に中南部を支配下に置いた。だが、イスラム法廷会議側は抗戦を誓っており、ゲリラ戦が行われる可能性がある。
暫定政府の入った首都モガディシュでは、治安の悪化、エチオピア軍の駐留などで、住民は不満を唱えている。
(※ソマリアの首都の名前は、他にモガディシオ、モガジシオと表記している文献、資料などもある。)
- (1)エチオピア軍が侵攻した理由は?
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単にソマリアがテロの温床となることを恐れているのではない。もともと、ソマリアとエチオピア東部の国境付近であるオガデン地方では、ソマリアと同じソマリ族が多く住み、両国はこのオガデン地方を巡って対立しており、1977年にはオガデン紛争も起こっている。
90年代にも、エチオピアが支援した現ソマリア暫定大統領ユスフ氏の武力が、イスラム法廷会議の指導者アウェイス師率いるソマリ族武装勢力を打倒したという背景がある。 - (2)ソマリアとはどういう国か
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人口:820万人(2005年:世銀)
面積:63万8千km2(日本の約1.8倍)
首都:モガディシュ(モガディシオ等と表記することもある)
宗教:イスラム教、
民族:ソマリ族(95%、民族的には一つだが、多数の氏族に分かれる)
言語:ソマリ語(公用語)、アラビア語、英語、イタリア語
宗主国:イギリス(北部)、イタリア(南部) - (3)ソマリア内戦の経緯
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※19世紀、現在のソマリアは、北部は英国領、南部はイタリア領として植民地化された。
年 出来事 1960 独立する。 1969 シアド・バーレが、クーデターで政権を樹立。 1974 ソマリアと旧ソ連が友好協力条約を結ぶ。隣国エチオピアでエチオピア革命が起こり、親ソ社会主義政権が誕生する。 1977 ソマリア・エチオピア国境付近のオガデン地方で紛争が起こり、ソ連がエチオピアを支持する。ソマリアは友好協力条約を破棄し、アメリカに接近する。 1980 アメリカ海軍、空軍のベルベラ港使用を認める。後に軍事協定を結ぶ。また、この頃からバーレ政権の権力基盤が弱まる。 1988 統一ソマリ会議(USC)が勢力を強める。バーレ政権は複数政党制導入を試みる。 1990 10月から統一ソマリ会議が政権に攻撃し、政府軍を破って首都のモガディシュを制圧する。 1991 シアド・バーレ大統領が追放される。 1992 国連安保理決議が採択され、停戦要請と武器禁輸措置を目的とした国連の平和維持活動が行われる。 1993 米国特殊部隊が襲撃され、その後米軍が撤退する。 1995 国連の平和維持活動終了し、多国籍軍が撤退するも、依然内戦は続いた 2004 暫定政府発足(ユスフ暫定大統領就任)
参考資料
- 読売新聞 12月26日~1月18日
- 外務省-ソマリア
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/somali/data.html(2007年1月28日) - 「新詳高等地図―初訂版―」帝国書院 1997年
- 大阪外国語大学「アフリカ政治経済特殊講義」2005年度 配布資料、メモ
ブードゥーの祭典
ベナンでは、毎年1月10日はブードゥー(英語でVoodoo、仏語でVaudoun)の日で祝日であり、この日伝統宗教(ブードゥー教)の指導者と信者たちは、ベナン南部の町ウィダ(Ouidah)でブードゥーの日を祝った。
ウィダの海岸に建立されている「帰らずの門」のモニュメント付近では、異なる宗教の団体が、歌や踊りを競い、力強さを表現した。また、祈りと儀式の後には、黒いヤギがいけにえとしてささげられた。
- Q.ブードゥー教って何??
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ブードゥー教は、主にアフリカ系黒人が多数を占めるハイチ、あるいはカリブ諸島やアメリカ合衆国南部の黒人間で信仰されている宗教として有名だが、ブードゥー教の発祥地は、現在のベナン共和国であるとされている。西アフリカ発祥の宗教がカリブ諸島やアメリカで信仰されているのは、奴隷貿易によってもたらされたからである。
現在ベナンでは、キリスト教やイスラム教を信仰しているも者が多いが、ブードゥーの信仰や文化、慣習などは、ベナンの人々の間で根づいている。
ブードゥーの信仰や文化は、自然や生活の中から生まれたものである。ブードゥー教には、およそ800もの神がいると言われている。また、ゾンビ伝説の起源も、この宗教である。
ベナンを訪れると、時々ブードゥーの神様に変身した者と、その一行を見かけることがある。ベナンを訪れる機会があれば、もしかしたら彼らと出会えるかもしれない。
参考資料
- 井上順行著「現代宗教辞典」弘文堂2005年
- 「【新訂増補】アフリカを知る辞典」平凡社2001年
- ゾマホン・ルフィン、小国秀宣著「ゾマホンも知らないゾマホンの国」明窓出版2005年
- BENINHUZU 2007年1月12日
http://www.beninhuzu.org/spip.php?article643(2007年1月20日取得)