Jul 31, 2007
大阪外国語大学プロジェクトが始動 ~民族紛争の背景に関する地政学的研究~
今年度から開始された「大阪外国語大学プロジェクト・民族紛争の背景に関する地政学的研究」の第1回アフリカ研究が、7月15日(日)、大阪府の千里ライフサイエンスセンターで開催された。このプロジェクトは、これまで国内での研究蓄積が乏しかった中央アジア、パレスチナ、旧ユーゴ、アフリカの4地域ついて組織的な研究を行うもので、大阪外大のスタッフと他の研究機関と連携して、民族紛争の背景解明に取り組むのが目的である。
当日は台風の影響で欠席者がいたものの、関西を中心にアフリカ研究に携わっているものや、大阪外大の教員、学生らなど15名ほどが参加した。
今回は、東京外大の舩田クラーセンさやか氏が、「モザンビークの武力紛争の起源」と言うタイトルで発表を行った。主な内容は、1975年のモザンビーク独立以降に起こった紛争についてであり、なぜこのような紛争が起こったのか、当時を物語る資料や現地での聞き取り調査を行い、外部要因と内部要因の2つの視点から原因を考察していくものであった。
モザンビーク紛争の構図について
モザンビーク紛争とは、政府であるFRELIMOと、RENAMOとの戦争である。
FRELIMOとは、社会主義を目指す方向性を持っている統一の開放運動団体で、タンザニアで1962年に結成された。主導権は、首都のある南部出身者が持っており、新ポルトガル政権より全権移譲されている。
一方RENAMOは、南ローデシア(現ジンバブエ)諜報部によって創設された。ポルトガル入植者が指導し、南ア共の軍部や西側諸国が支援した。植民地権力者側に加担する勢力であった。
これら二つの団体が対立することになった原因としては、周辺国のアパルトヘイト政権による不安定化工作や、東西冷戦の影響といった外部要因的なものが挙げられる。そのため、戦場はモザンビーク内部であっても、諸外国の勢力が絡んだ国際紛争だという見方もある。また、FRELIMOの集村化、強制移住、伝統権威の周縁化などといった社会主義政策の失敗という、内部的要因も挙げられる。
参考資料
- 「モザンビークの武力紛争の起源」配布資料
- 「モザンビーク」刊行委員会(1994)『モザンビーク「救われるべき」国の過去、現在、未来』柘植書房
アフリカ連合総会開催
ガーナの首都アクラで、第9回アフリカ連合(AU)首脳会議が、7月1日~3日にわたって行われた。モロッコを除くアフリカ52の独立国と西サハラの計53の国と地域から、首脳級の代表らが出席した。
会議では、ダルフール問題、ソマリア問題、人権問題、児童および貧困問題が話し合われたが、議論の中心となったのは、「アフリカ合衆国」建設に関することだった。アフリカ合衆国構想は、もとはガーナの初代大統領・エンクルマが提案したものである。リビアのカダフィ大佐は、アフリカ合衆国の早期建設を主張し、「連立政府や200万人からなる軍隊を組み、統一した貨幣やパスポートを発行して、強くて大きなアフリカ合衆国を建設する」といった案を提唱した。
一方、ナイジェリアのヤラドゥア大統領は、国内の経済発展、インフラ整備、エイズなどの問題を優先的に解決すべきだと主張。また、ザンビアのシカタナ外相や、南ア共のズマ外相も、準備はまだできていないと、やや消極的な意見を述べた。
このように、必ずしも各国の足並みがそろっているわけではなく、問題も山積しており、アフリカ合衆国建設には、まだまだ時間がかかりそうである。
参考資料
- 読売新聞2007年7月5日
- 読売新聞2007年7月6日
- 中国国際放送局日本語版
http://japanese.cri.cn/151/2007/07/01/1@97264.htm
http://japanese.cri.cn/151/2007/07/04/1@97554.htm
(いずれも2007年7月19日最終アクセス)
Jul 03, 2007
6月25日・モザンビーク独立記念日
6月25日は、アフリカ南部・モザンビーク共和国の独立記念日である。独立記念日の前日、ゲブーザ大統領が演説を行い、「かつてモザンビーク人は、植民地支配から脱却するために団結した。今は、貧困から国を救うために団結するのだ。」と国民に述べた。
1975年にポルトガルから独立したモザンビークは、長い間戦争状態が続き、94年には日本の自衛隊が、国連のモザンビーク活動に参加したこともあった。
近年は7.5%と言う高い経済成長率から見られるように、貧困が緩和されつつあり、インフラ整備や生産活動が向上している。また、来年は南アフリカ自由貿易エリアに加盟することになっている。
- モザンビークの概要
-
面積 80.2万平方km(日本の約2.1倍)
人口 1980万人(2005年)
首都 マプト(Maputo)※マプートとの記述もあり
住民 マクア・ロムウェ、ヤオ、マコンデなど43民族
言語 ポルトガル語(公用語)、マクア語、ロムウェ語、ツォンガ語、セナ語などの民族語
宗教 キリスト教、イスラム教、伝統宗教 - 日本との意外な関係
- 16世紀は、日本を始め東南アジアやアフリカもヨーロッパの宣教師たちによるキリスト教の時代であった。この時代の真っ只中の1593年、ポルトガルの修道士が宣教師にあてた手紙の中に、秀吉とその家来たちが、モザンビーク人の踊りを見て楽しんだとの様子が描写されている。
- モザンビークの主な見所
-
モザンビーク島
ユネスコの世界遺産に登録されている、国名にもなっている島。金などの地下資源のインド洋貿易における中継地として栄えた歴史がある。マプト(マプート)
モザンビークの首都で、ポルトガル植民地時代の面影が残る欧風建築物が残る。
参考資料
- 伊谷純一郎(1999)『【新訂増補】アフリカを知る辞典』平凡社
- 平野健一郎(2001)『対日関係を知る辞典』平凡社
- 「モザンビーク」刊行委員会(1994)『モザンビーク「救われるべき」国の過去、現在、未来』柘植書房
- 旅行人(1999)『旅行人ノート2・アフリカ[改訂版]―アフリカ大陸37カ国ガイド』
- 外務省-モザンビーク http://www.mofa.go.jp/... (2007年6月29日最終アクセス)
- All Africa.com http://allafrica.com/...(2007年06月29日最終アクセス)
- Ethnologue http://www.ethnologue.com/(2007年6月29日最終アクセス)
サミットに見られるアフリカ
今月はドイツのハイリゲンダムでサミットが開かれ、宣言文書である「アフリカにおける成長と責任」が採択された。この宣言文書は、「平和と安全」「経済成長」「よい当地とアフリカとの改革パートナーシップ」「保健システムの改善とHIV/エイズ、結核、マラリアとの闘い」の4項目で構成され、アフリカの開発を促進し、それを達成することが盛り込まれている。
また、一昨年の英国のグレンイーグルスサミットでも触れられたアフリカ支援に続き、エイズ、マラリア、結核への対策費として新たに600億ドルを提供することが決まった。
ところが、国境なき医師団によると、G8の国々は製薬メーカーを保護するために、製剤特許の規則を強化しようとすることを危惧している。また同時に、特許期限が切れたジェネリック薬も保護の対象とし、特許法の強化を狙っていることも懸念している。エイズの場合、ジェネリック薬の登場で1年間の薬代が1万ドル以上から200ドル以下に急落していることに期待されていたのだが、このようなG8の動きに対し、人道的配慮が欠けているとの声や、多額の援助が無駄になってしまうのではないかと言う見方がある。
参考資料
- 読売新聞 平成19年6月10日
- 国境なき医師団 http://www.msf.or.jp/ (2007年6月29日最終アクセス)
- 産経新聞 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=... (2007年6月29日最終アクセス)
- 毎日新聞 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=...
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=... (2007年6月19日最終アクセス) - DAILY NATION http://www.nationmedia.com/dailynation/... (2007年6月8日)
- 大阪外国語大学 平成19年度「アフリカ地域研究特殊講義Ⅰ」授業資料・メモ