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May 12, 2008

【入学】オボスーさん編

 オボスーさんは、現地ベナンで神父をしています。仕事柄、地域の方々から相談を受ける事が多く、絶大なる信頼を受けています。そして日々、目の前で病気になり亡くなって行く方々に接し、「もっと安く薬が手に入れば・・・」というジレンマにかられ、薬草の勉強を志しました。

 日本語学校に入り、懸命に勉強しました。努力の結果、縁があり、栃木県那須塩原にあるアジア学院で有機農業を学ぶ機会を得、現地ベナンで教会の仕事をしながら有機農業の指導にあたりました。

 しかし、薬学への思いを断ち切れず、早稲田外語専門学校で日本語を勉強しながら、薬科大学を探していました。

 努力の甲斐があり、今年4月より、横浜薬科大学で6年間、薬学、特に、漢方の勉強をします。彼は必ずベナンに帰り、IFE農園で有機農法そして薬草の知識をフルに生かし、ベナンの薬学の礎となります。

 写真は、横浜薬科大学にゾマホンが挨拶に行った時のものです。赤いダウンを着ているのがオボスーさんです。

横浜薬科大学 横浜薬科大学
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May 01, 2008

【入学】ポヌさん編

 ポヌさんは、たけし日本語学校で日本語を学びながら、現地の高校で数学と物理を教えておりました。2004年に立教女学院で3ヶ月間、2007年には共立女子大学に半年間勉強し、2008年4月より、千葉大学に研究生として入りました。ポヌさんはこれから、祖国ベナンの環境問題の解決の為に勉強します。

ポヌさん ポヌさん

ポヌさんからのメッセージ

アフリカ好きの皆様へ。 私はポヌでございます。去年の9月から共立女子大学で日本語学びに参りました。それで半年間後お陰様で千葉大学で研究生として入学しました。べナン共和国の廃棄物と停電の問題を組み合わせて良い方法を出来るように調べたいです。だから私の研究テーマは廃棄物をエネルギーに交換する。出来るだけべナン共和国を良い国にしたいです。将来べナンで技術の学校を建てたいです。皆のご協力をお願いたします。 さて、IFE財団の皆様にありがたいです。お陰様で皆のご協力をいただきました。本当に心から感謝しております。 ポヌ より。

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Apr 25, 2008

【入学】はじめに+アトケさん編

 桜花爛漫の候、新たな年度を迎え、至る所で新入生や新入社員の若々しい姿を目に致します。

 ベナン共和国から来日した以下3名の留学生も同様に、未来の祖国の発展を夢見て、各分野でそれぞれの一歩を踏み出しました。

2008年4月入学

アトケ ロマリク
建築 東京工科専門学校
オボスー エチェン
薬学 横浜薬科大学
ポヌ ジョジアン
環境 千葉大学

 皆様のご協力のおかげで彼らは来日を果たしました。この場で皆様に胸を張ってベナン人留学生の紹介ができる事を非常に嬉しく思います。有難うございました。

 そして、ベナン人留学生を快く受け入れて下さった、各校の皆様に対して心よりお礼申し上げます。

アトケさん編

 アトケ・ロマリクさんは、たけし日本語学校で日本語を学び、ベナンで行われた文部科学省の試験をパスして、晴れて2007年4月に来日を果たしました。

 文化外国語専門学校に入学して1年間日本語を学び、2008年の4月から東京工科専門学校の建築科に入学しました。

 IFEの生徒で、日本の専門学校に入学する事ができた、第1号です。

 彼は日本の建築技術を学び、祖国ベナンの建築技術発展に貢献するべく、勉強致します。

文化外国語専門学校 東京工科専門学校

 写真は、彼が卒業した日本語学校前と、2008年4月4日(金)に中野サンプラザで行われた入学式会場での一コマです。

アトケさんからのメッセージ

 名前はATOKE ROMARICK です。アフリカのベナンという国から参りました。去年の4月に建築の勉強するため日本へ来ました。

 まず、新宿の文化外国語専門学校で一年間日本語を勉強して、今年の4月から東中野の東京工科専門学校で建築の勉強を始めました。

 建築に興味があり、日本でも地震が起こってるから建築が完璧で詳しいので日本で建築の勉強することにしました。再来年卒業して建築家になるために大学に入るつもりです。良い建築家になったら国を帰国して国で建築を教えたり、国の政府に勤めたりしたいと思います。今ベナンという国では建築といえば詳しくないのでそいうことやるとやっはり国の進歩に役に立つと思って、これからもあきらめないで今までのように一生懸命この勉強をしようと思っています。

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Apr 20, 2008

【ポヌさん】ベナン料理披露

突然ですが、“ベナン料理”と聞いて何を思い浮かべるでしょうか??

“想像もつかない・・・”のが現実でしょう。そんな皆様に朗報です!

㈱アルク様のご好意で、「月刊日本語」7月号 の“世界の料理Show!”コーナーで、ベナン料理を取り上げて下さいます!

 たけし日本語学校からの留学生のポヌさんが腕を振るいました。皆様「月刊日本語」7月号をお楽しみに・・・。

 今回ご協力頂いた 創作集団にほんご様と、Photographerの島崎信一様にこの場で、心からお礼を申し上げます。

ポヌさん ポヌさん
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Mar 01, 2008

【オボスーさん】校内スピーチコンテスト

2008年2月15日(金)、 高田馬場にある早稲田外語専門学校に通っている
オボスーさんが、校内スピーチコンテストに出場しました。

オボスーさんは1年間、早稲田外語専門学校で日本語を勉強し、
スピーチコンテストではその成果を存分に発揮しました。
その結果、オボスーさんは学生賞を授賞しました。
以下、スピーチコンテストで発表した内容をご紹介します。

また、この場を借りて早稲田外語の日本語教師の方々に
深くお礼申し上げます。本当に1年間ありがとうございました。

相手(あいて)はだれでしょう。

コチョーレ

 昔(むかし)は人々がいつも隣人(りんじん)を助けてあげたので、 地域(ちいき)社会(しゃかい)の人々はいつも気持(きも)ちよく暮(く)らしていました。 現在(げんざい)はどこでも自分(じぶん)のことだけを気(き)にする人が増(ふ)えていて、 相手(あいて)に何(なに)かしてあげることが自分(じぶん)の損(そん)になると 考(かんが)える人がいと思います。

 アフリカでは、今でも隣人(りんじん)が助(たす)け合(あ)うことが大切(たいせつ)です。 そのことについて私(わたし)の国に昔(むかし)から伝(つた)わる話(はなし)があります。 これからその話(はなし)をします。

 昔(むかし)昔(むかし)、とても仲(なか)のいい蛇(へび)とカラスがいました。 いつも一緒(いっしょ)に喋(しゃべ)ったり、遊(あそ)んだりして幸(しあわ)せに 暮(くら)らしていました。 カラスは歌(うた)がとてもうまく、蛇(へび)はドラムをたたいたり、 踊(おど)ったりすることが上手(じょうず)でした。 そして、いつもカラス歌手(かしゅ)は歌(うた)を歌って、 蛇(へび)はドラムをたたきながら上手(じょうず)に踊(おど)って、 村人(むらびと)達(たち)を楽(たのし)しませました。

 休(やす)みのとき、2匹(2ひき)は村(むら)から離(はな)れた道路(どうろ)わきの 小(ちい)さい木の上にのってずっと喋(しゃべ)ったり、おいしい果物(くだもの)を 食(たべ)べたりしました。 そして道(みち)を通(とお)る動物(どうぶつ)が食(たべ)べられるように、 たくさんの果物(くだもの)を木の下に落(お)としました。 村(むら)の動物(どうぶつ)達(たち)は毎日(まいにち)それを食(た)べに行きました。

 ある日(ひ)同(おな)じ木の上で、カラスと蛇(へび)は喧嘩(けんか)をしてしまいました。 2匹(ひき)が危険(きけん)なほどに喧嘩(けんか)をしていたところに、 村(むら)の動物(どうぶつ)達(たち)がいつものようにカラスと蛇(へび)の落(お)とした餌(えさ)を 食べに来始(きはじ)めました。 最初(さいしょ)に着(つ)いたのは、鶏(にわとり)とヤギと猫(ねこ)と馬(うま)と豚(ぶた)でした。 木の下に着(つ)いた時、大変(たいへん)な状態(じょうたい)が見えました。 地面(じめん)に餌(えさ)は全然(ぜんぜん)なく、代(か)わりに血(ち)がいっぱいついていました。 びっくり・・・
「わぁ、驚(おどろ)いた。餌(えさ)はひとつもない。」
と鶏(にわとり)が言い、やぎは血(ち)をみて、
「あれ、血(ち)がいっぱいある。だれの?どこから?どうしたんだろう?」
その時、木の上から喧嘩(けんか)の音(おと)が聞こえて、 カラスと蛇(へび)であると気付(きづ)きました。 救(すく)いの気持(きも)ちでヤギは鶏(にわとり)に提案(ていあん)しました。
「大変(たいへん)だ!それ以上喧嘩(けんか)するとあぶない!僕(ぼく)が木の上に登(のぼ)ることができるのなら、行って喧嘩(けんか)をやめさせるんだが、残念(ざんねん)ながら僕(ぼく)には無理(むり)です。でも、あなたは鳥(とり)なんだからできるでしょう!?」
でも、鶏(にわとり)は怖(こわ)がってすぐ断(ことわ)りました。
「だめだ、だめだよ、それは。2匹(2ひき)が死ぬまで喧嘩(けんか)しても僕(ぼく)には関係(かんけい)ないよ。行ったら、僕(ぼく)が傷(きず)を受(うけ)けかねないし・・」

 それから少したって、猫(ねこ)が同じように提案(ていあん)しました。
「本当(ほんとう)に危険(きけん)な喧嘩(けんか)で、優(やさ)しいカラスと蛇(へび)は死(し)にそうですよ。馬(うま)君(くん)は、ずっと前(まえ)からカラスと親(した)しい友達(だち)なんだから、喧嘩(けんか)をやめさせられるでしょう?」
でも、馬(うま)もすぐ断(ことわ)りました。
「悪(わる)いけど、僕(ぼく)はカラスの友達(ともだち)で同じ動物(どうぶつ)と言っても、種類(しゅるい)は全(まった)く違(ちが)いますよ。私は哺乳類(ほにゅうるい)で、カラスは鳥類(ちょうるい)でしょう。蛇(へび)というと、彼(かれ)は魚類(ぎょるい)かもしれません。私には関係(かんけい)ないことです。」
それを聞いて、豚(ぶた)がすぐに賛成(さんせい)しました。
「すごい。それは論理的(ろんりてき)に正しい考(かんが)え方だと思いますよ。確(たし)かに私達(わたしたち)には関係(かんけい)ない。」
そして、喧嘩(けんか)をやめさせることなく、皆(みんな)が逃げてしまいました。

 その後に、旅(たび)をしていた国王(こくおう)様(さま)と大臣(だいじん)達(たち)が同じ木の下で、少し休(やす)もうと思っていらっしゃいました。すると、喧嘩(けんか)で疲(つかれ)れきった蛇(へび)が木の上から王様(おうさま)の首(くび)のところに落ちて、首を噛(か)んでしまいました。 そして、王様(おうさま)は深(ふか)い傷(きず)をおって、死んでしまいました。

 その村(むら)の習慣(しゅうかん)では、王様(おうさま)のお葬式(そうしき)には馬(うま)の心臓(しんぞう)が必要(ひつよう)でした。 そして、お葬式(そうしき)に来たお客(きゃく)様(さま)を歓迎(かんげい)するのに色々(いろいろ)な料理(りょうり)を作(つく)るために、鳥(とり)肉(にく)と豚(ぶた)肉(にく)が要(い)りました。それで、大臣(だいじん)達(たち)はカラスと蛇(へび)の喧嘩(けんか)のところに行った馬(うま)と鶏(にわとり)と豚(ぶた)を捕(つか)まえるよう命令(めいれい)しました。

 食肉(しょくにく)処理場(しょりじょう)で馬(うま)が泣(な)きながら悲(かな)しい文句(もんく)を言(い)いました。
「私は喧嘩(けんか)をしなかったのに、カラスと蛇(へび)の喧嘩(けんか)のせいで殺(ころ)されようとしている。どうしてあの喧嘩(けんか)をやめさせなかったんだろう。私には関係(かんけい)ないと思っていたのに・・・」
そこで猫(ねこ)が言(い)いました。
「種類(しゅるい)が違(ちが)っても、自分(じぶん)には関係(かんけい)がないと思っても、最後(さいご)は自分(じぶん)に返(かえ)って来るんですね。自分(じぶん)が相手(あいて)に対してしたこと、しなかったことは、実は自分(じぶん)に対してしたこと、しなかったことになるのです。相手(あいて)と言うのは、実は自分(じぶん)のことなのです。」
喧嘩(けんか)をするのは悪(わる)いことですから、その時からカラスは歌(うた)が上手(じょうず)に歌えなくなって、蛇(へび)も踊(おど)りが全然(ぜんぜん)できなくなりました。

 私は文化(ぶんか)の全然(ぜんぜん)違(ちが)う国、アフリカのベナンからまいりました。困(こま)ったことがたくさんありましたが、Fクラスの皆(みんな)や先生方(がた)が助(たす)けてくださいました。皆(みな)様(さま)が私に対(たい)してして下さったことは、きっと皆(みな)様(さま)に返(かえ)るだろうと、信じています。感謝(かんしゃ)いたします。

学生賞を授賞したオボスーさん クラスメイトと記念撮影
Posted at 18:52 in news | WriteBacks (0) | Edit