Nov 20, 2006
たけし日本語学校の生徒の皆さまへ
ベナンの「たけし日本語学校」の生徒の皆さま、お元気ですか。
今日は皆さまにお話したいことがあります。
皆さまはゾマホンのように日本に行って勉強して、そして母国にもどって国のために役に立ちたいと思う方は多いと思います。
でもまだまだ日本という国は多くのベナン人を受け入れるのが厳しいというのが現状です。 それは以下のような理由からです。
- 日本大使館がベナンにないこと。
- 渡航費用が高いこと。
- ベナンの大学と日本の大学の交流がないこと、すなわちベナンの情報が日本には少ないこと。
- フランス語圏であること。(多くの日本人は英語は分かりますが、フランス語はわかりません。現に履歴書を提出する際はフランス語ではいけません。)
その他色々な事情があって、ベナン人を受け入れるのが厳しいというのが事実です。
でも、ゾマホンをはじめ、日本にいるIFEのスタッフ、それを支えてくださる会員さんは、なんとかいまの現状を変えようと日々頑張っております。たとえ困難でも希望をもって日本側は頑張っております。だから皆さまも希望をもって日々の日本語の勉強を頑張ってください。皆さんは週に2回だけ日本語を聞けるチャンスがあります。それは少ないかもしれません。でも先生の日本語をしっかり聞いて、頑張ってください。先生から毎月皆さんの出席状況など、報告がありますが、遅刻する人も少なく、皆さん本当に真面目に勉強しているのだということが分かります。
皆さん、皆さんは色々な目的で日本語を勉強しているのは知っています。
皆さん一人一人はベナンの宝です。ベナンの国を良くするも悪くするもあなた方一人一人の気持ち次第です。
ゾマホンは、いまのベナンの子供たちには、自分が経験してきたような苦しい生活はさせたくない、だからいまを生きる人間として、大人として、ベナンのために尽くしたいと話しています。
自分たちの子供たちに、いま大人ができることは何かを考えています。
皆さんも日本に行けるチャンスがあったら、自分や自分たちの家族のことだけではなく、
ベナンのこれからの子供たちに何ができるかを考えて欲しいと思います。
これはとても日本人的な考え方で、理解に悩む人もいるかもしれません。 でも、それがいまの時代を生きるあなた方の大事な使命です。
ベナン人でも多くの優秀な方がいることを知っています。でもその優秀な方の多くは 海外で生活しています。その結果どうなるかというと、ベナン国内は豊かになりません。
日本も60年前、戦争で敗れ、大変な時期がありました。
でも戦争で敗れ、そのために多くの日本人がお金を稼ぐ為に海外に出稼ぎにいったら、
きっといまの日本はなかったでしょう。
国内にいるよりは、海外で働いたほうが外貨も稼げて豊かな暮らしができると、当時の日本人が考えたなら、いまの日本はありえないのです。
皆さんはフランス語ができます。皆さんの中に優秀な技術者がいて、フランスの企業が高い給料を払うから、フランスに来ないかといわれると、皆さんはどうしますか。
皆さんにとって厳しい選択になるかもしれませんが、もし将来のベナンのことを考えるなら、たとえ海外に一時留学しても、必ずベナンに帰ってきてください。 そして、将来のベナンのためにベナンで頑張ってください。
これから産まれてくるベナンの子供たちのためにも、いまの時代を生きるベナン人として、 ベナンのために頑張ってください。国のためなるかどうかは職業に関係ありません。
日本に留学を希望する皆様のために。
NPO法人IFE
山道昌幸
Nov 05, 2006
ベナンで思った日本語教師と日本人
市民フェスタで大阪外国語大学の生徒と色々話をした。
話によると大阪外国語大学と大阪大学が統合されるらしい。
それに学生たちは憤慨していた。
日本はどちらかというと言語に対する意識が面白い。
きっと生まれながらにして、日本語(母語)を話しているから、一般の人々は僕も含め
それほど深く言葉に対して意識もしないのだろう。
でも、ベナンに行って思ったのは、フランスも中国もポルトガルも言葉は外交戦略として重要である。
(それに関してはこのサイトでも近々ベナンにある「中国カルチャーセンター」を紹介する。)
最近は公立の中学や高校で英語の授業のため、外国人の先生を雇っている。
その先生方はちゃんとした組織から派遣され、日本で日本人と同じようなお給料をもらって働いている。それ以外にも最近民間でも色々な英会話学校がある。皆さんちゃんと給料をもらっている。
一方日本語を教えている先生方はというと・・
(外国人の英語の先生でもそんな方は少ないと思うが、)日本語を教えるためには大学院まで出るか、もしくは民間の日本語教師養成講座に通学するかしないとなかなか就職できない。
そして、オーストラリアなどにはインターンシップとして先生がお金を払って日本語を教えに行く。日本語を教えるために先生がお金を払う。
国内でもボランティアで日本語を教えることが多い。
あ~なんと日本人はおおらかなのか。必要としている外国人に、自分がお金を出してまで教えにいくとは・・・英会話の先生でそんな人はどれほどいるのだろうか。
そうは言っても、いまベナンにいる先生には色々な面で自腹をきることが多いが、できればちゃんとした待遇で迎えてあげたい。
日本語教師は今後、日本を世界につたえる大切な職業だと思うし、それはベナンでみた他の国々の様子をみてもそう思う。国内においても同じことがいえる。
私は専門家でもないので偉そうにはいえないが、いまの日本語教師の存在は海外の語学教師とくらべて、かわいそうである。
日本の公立の中学や高校にたくさんの英語教師を雇うなら、それと同じように世界・国内で働くプロの日本語教師にもっといい待遇を日本政府は考えてあげて欲しいと思う今日この頃である。
核問題と日本人
最近、北朝鮮の核実験が怖い。
でもそれ以上に怖いのは日本人の感覚。(特に若い人)
もし将来、北朝鮮と国交が開け、北朝鮮の人と街や職場で遭遇すると、いまのニュースで
育った若者はどんな目で北朝鮮の人を見るだろうか。
現に最近ではネット上で北朝鮮の人々に対する差別的な発言が目立つ。
その前に知ってもらいたい。
フランスが1960年から1996年のポリネシアのファンガトファ環礁を最後にするまでサハラ砂漠で210回の核実験を行っていたことを。そしてある情報によるとそのうち45回が空中爆発実験をしていたことを。
ちなみにフランスは自国内で行ったのではなく、アフリカ大陸で行った事実も見過ごせない。
1回の核実験で経済制裁され、悪の枢軸と呼ばれる北朝鮮と、そうではない国。
この事実を知っていれば、核実験や北朝鮮に対するものの見方はかわるのではないか。
かといって僕はいまの北朝鮮を支持するのではなく、核実験も支持するのではない。
そう思いつつ、今日もニュースをみていると相変わらず、北朝鮮に対する激しい意見が飛び交っている。6カ国協議に参加するか、そしてどんな会議になるか。
そんなこと、テレビで予想してどうなるのか・・・オリンピックでもあるまいし・・・
いじめと本
人には何冊か人生の生き方を左右する「バイブルの本」がある。
読書嫌いの僕にでもそんな本はある。
『トットちゃんとトットちゃんたち』(講談社)
高校時代、大学の推薦入試が終わって、皆より一足先に受験勉強を終えた僕は
珍しく剣道場に足を運ばす、学校の図書館で本を読んでいた。
そこで見つけたのがその本。
あれから10年がたったいまでもその衝撃を覚えている。
本のなかに「アフリカの子供たちは自殺をしません。でも日本の子供たちは自殺をします。」
という内容の文があった。
たしかに栄養失調のアフリカの子供たちや、内戦で傷ついた子供たちが映像に流れていても、そこに何か必死に生きようとするたくましさを感じる。
一方でいまの日本人、特に子供たちは、いじめを苦に自殺する。最近は連日そのニュースばかり。
一体、人間にとって豊かさとはなんだろうか・・・
このまえ、ある教育関係者に「ベナンでは先生のいうことは絶対で、みんなちゃんと先生のいうことを聞くんですよ。」と話すと、「先生が絶対って、やっぱり教育が遅れているね。」といわれた。
ちょっと、ちょっと。(パクっていませんのであしからず)
ベナンの子供たちは自殺しないよ。いじめもしないよ。いじめがみつかったら学校から追い出されるから。
「学級崩壊」「いじめ」「自殺」がある日本とそれがないアフリカの学校。
はたして、一方的に「ベナンの教育は遅れている。」といえるのか。日本はそこから学ぶことはないのか・・・
僕は言いたい。マスメディアも連日「自殺」のニュースを話題にするのはやめてもらいたい。いま、いじめにあっている子供たちがそれをみたら「その結論」に急ぐから。
そして、もし今、いじめられている人がいたら分かって欲しい。世界にはあなたを必要としている、友達になりたいと思っている人が沢山いると。よかったら今後一緒にベナンにいこう。
そしていじめをしている人がいたら知って欲しい。きっとこれからの世界、あなたのような人が仲間はずれにされると。
草の根交流と日本
日本では「草の根」というフレーズが好きである。
草の根活動で、アフリカの貧困の撲滅を図る。
確かにそれはそれでいいとおもう。
でもふと思う
国から「草の根」といわれることにちょっと違和感がある。
NPOの活動は「根っこ」なのかと。上からものを言われている感じがして・・・
時には「花」にもしてもらいたいなと思う。
カカオ豆とチョコレートと子供
最近、コンビにで色々なチョコレート商品を見かける。
甘党の僕にとってチョコレートは日々の生活には欠かせない。
特に板チョコがお気に入り。
でもふと考える。カカオ豆の一番の生産国はガーナ。(ベナンの隣)
でもガーナの貧困率も高い。
聞いたところによると、カカオ豆は「やしの木」のように高くて細い木なので、
大人が収穫できなく、もっぱらカカオ豆を収穫するのは子供たちらしい。
しかも機械がない多くのプランテーションでは子供たちが木にのぼって手で収穫するとか。
ちょっと違うが、日本の茶畑を考えてみると、手摘みの茶葉はかなりの高級品。
なぜ、日本人が手で摘む茶葉は高くて、手摘みのカカオ豆は安いのか・・・
先進国では安くておいしいものが手に入れられるようにするため、どこかの国がその犠牲にならなくてはいけないのか・・・それを考えるとチョコ好きな僕が安くチョコを買って一方でベナンの仕事に携わっていることに矛盾を感じたりする。
だからといってチョコが1000円になると、僕はぶーぶー文句を言うに決まってる。
日本の子供たちよ、板チョコを食べるときはちゃんと「いただきます」をして、
心して食さないといけない。世界の飢餓や貧困の原因は身近なところに転がっているのだから。
環境破壊と植林活動
先日、アフリカの旅からもどった仲間とアフリカの環境についてめずらしく真面目に話をして、ふと思った。
アフリカでは砂漠化問題が懸念されている。そのため多くのNGOが植林活動を行っている。その活動は非常に素晴らしい。
でも植林活動するなら、日本から古い自動車を海外に売らなければ、途上国の環境問題は改善されるのではないか。
日本ではハイブリットカーなど環境に考慮した自動車が生産されるなか、そのためにいらなくなった中古車は海外に行き、最終地はアフリカとなる。ベナンでも8割の自動車が日本車製。あとはほとんどがフランス製。
日本国内で産業廃棄物を処理したら、どれだけアフリカの環境問題が改善されるか。
でもそこには「ビジネス」というものが存在していることも考えなければいけない。
そして日本国内で中古車を処理するなら、それだけ税金もいま以上の金額を負担しなければならないだろう。それが我々にはできるか。
問題とするところは「国際協力」というものが、我々が豊かに、そして、便利に生活するための代償として行われているのかと感じてしまった。
大阪市民フェスタに参加と募金活動
10月 大阪で第8回大阪市民フェスタがあり、そこに大阪外国語大学の学生と参加してきた。
(外大の皆さま、色々ありがとう。)
大阪から夜行バスで帰ってくる車内でふと考えた。
なぜ、貧しい国に募金活動を訴えるチラシやポスターには
いわゆる「黒人の子供」が使われるのだろう。
たしかにアフリカ大陸の貧困率は他の大陸より悲惨な状態かもしれない。
でもなぜ。
「黒人の子供」=「貧しい・かわいそう」
それは新たなアフリカ53カ国に対する
偏見であり、それは対等な国の付き合いができなくなる、一番の問題ではないか。
逆に、もしベナンの人が「精神的に貧しい日本の若者に愛の手を」といって
被写体に日本人の子供を使って、ベナンで募金活動していたなら・・・
それをもし現地でみた日本人はどう思うだろう・・・
そろそろ「貧しい国」と「黒人の子供」をセットにして募金活動をするのは
やめて欲しいな~と思う今日この頃。