Oct 05, 2006
日本語教師への道
新宿について、お別れの時、ゾマホンさんから名刺をもらいました。そして、早速お礼のお手紙を書きました。
その後私は大学で毎日剣道にあけくれ、そして将来の仕事のこともいよいよ真剣に考えるようになりました。
大学のゼミでは、多くの学生が「学級崩壊」「不登校」「いじめ」などをテーマに研究している人がいました。
そこで私がふと考えたのは「海外の学校はどうなんだろうか。」そして「海外ではいじめや不登校などはないのだろうか。」ということに興味を持ち始めました。
私のなかで少しずつ「海外で教師になって見識を深めたい。そして、将来故郷で教員をやりたい。」と思うようになりました。
私が大学を選んだ基準は、剣道で素晴らしい先生がその大学にいらっしゃったからでした。その先生は剣道の技術のみならず、人間教育も非常に大切になさられる先生で、教員になる為には、この先生のところで勉強したいと思ったからでした。
私は剣道を学び、また大学時代剣道の基礎体力作りのため、相撲もやり段も取得しました。また恩師に進められてお茶の稽古もしました。
そんな大学時代の経験から、この経験を活かしたい・・・そうだ日本語教師になれば海外で教壇に立てるし、いまやっている剣道や相撲や茶道が生きるかも・・・と思ったのでした。
そういえばゾマホンさんは言ってたなあ~
「ベナンに日本語学校を作りたい・・・・」
僕は大学の恩師に早速相談しに行き、日本語教師の道へと進みました。
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