Oct 05, 2006
拝啓 ゾマホンさん
拝啓
ゾマホンさん、ゾマホンさんは本当に全てが規格外です。
体力、精神力、頭の回転、時間の概念。。。全てが規格外です。
まず、ゾマホンさんが一体どのようにして日本の大学院までこられたのか不思議でなりません。
話によると、小さい頃は月明かりで、そして高校生のときは道の街灯の下で勉強されていたとか。
確かに僕がベナンに行ったとき、月明かりの下で勉強する様子をゾマホンさんの生まれた村の近くで実際に見せてくださいましたよね。
はっきり申し上げて想像を絶する暗さでしたよ。そこまでして勉強をしたかったんですね。
そして朝起きての水汲みに行かれる場所は大きな石のくぼみにできた水溜りでしたよね。あれを見せられて、ゾマホンさんの小さい頃が余計に想像できなくなりました。一体どんな生活を送ってきたのかと。
ベナン国立大学進学に際しての学費も、ゾマホンさんの著書の中でも書いてあったように、工面するのが大変だったみたいですね。学費も大変だったからかもしれませんが、なんと大学を1年で卒業されていますね。ベナンで聞いたところによると、何万人に1人の逸材だったとか。
そして、さらに勉強がしたくなって中国に国費留学でいかれたそうですね。その選抜試験も一発で通ったそうですね。昼は学費を稼ぎ、夜に街灯で勉強していたにもかかわらず。。。
中国ではアルバイトをしながら一生懸命漢字も勉強され、本来4年間勉強して帰国しなければいけないところを、ゾマホンさんの強い熱意で大学院に進学する許可を特別もらったとのこと。国の制度を変えるくらいの熱意とは一体どんなものなのでしょうか。
そして、さらに勉強がしたく、日本に私費で来られましたね。はじめて日本に到着した時はどんなお気持ちでしたか。
当時、日本ではベナン人は2人くらいしかいらっしゃらなく、もちろん日本人はベナンという国も知りませんでした。日本での生活はどんなに大変だったか、それは笑顔の中に時々みせるすごく厳しい表情でなんとなく察します。あと、時々どこか寂しい表情をされる時もありますよね。日本に来てからは1人で色々戦ってこられたんだな~と思ったりもします。ゾマホンさんの日本での生き方は、すべてが開拓ですからね~そんな生き方をしてこられたから、マニュアル通りにするのがお嫌いなんですね。でも、だからといって僕の車についているカーナビに怒らなくてもいいじゃないですか~「山道さんはマニュアルに頼りすぎ」って。
日本語学校に入ってからも年間150万円の学費をどのように稼いでこられたのか、想像もできません。それにバイト先を見つけるのは大変だったのではないでしょうか。住むアパートとかも。
日本でたよるベナン人もいない、生活も大変。大学に入学するのも一発勝負。なぜなら中国で大学院に進学するときも大変だったのですから、日本ですぐに結果を出さないと国からなんといわれるか。。。そうとうなプレッシャーと責任だったのではないでしょうか。でもそんな精神的なプレッシャーもはねのけ、日本語を勉強して2年で日本語能力検定1級に合格し、上智大学に合格されたとのこと、感服いたします。
そして、上智大学に関しても、上智は帰国子女や留学生は日本人が受ける一般試験とは違いますよね。校舎も帰国子女・留学生は市谷キャンパス一般学生は四谷キャンパスですよね。ちなみにゾマホンさんは四谷キャンパスでしたよね。ということは日本人が受験する大学入試をされたんですね。話によると外国人で一般試験をパスし、四谷キャンパスに通学したのはゾマホンさんが初めてだとか。。。本当に規格外ですね。そしてそのまま博士課程後期までいかれるとは。。
ゾマホンさんは僕によく言いますよね。どんな辛く、たとえ死にそうなことがあっても、他人に何か聞かれても「まあ大変でした。」くらいしか言ってはいけないと。
現在は多くの人にゾマホンさんの名前も知ってもらって、本もたくさん売れて・・・でも、どんなに周りの環境が変わっても、昔のハングリー精神を忘れず、そして母国を忘れず、懸命に働いているゾマホンさんの姿には頭が下がります。そして改めて思います。ゾマホンさんを観るときは僕の価値基準で判断してはいけないと。。<つづく>
敬具
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