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<title>日本語教師の窓 - コラム - ゾマホン・ドットコム</title>
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<updated>2010-07-29T15:33:12Z</updated>
<subtitle>ベナンにあるたけし日本語学校の先生からのお便りを紹介。</subtitle>
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<title>お便り 75 - 6月後半</title>
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<published>2010-07-29T10:56:56Z</published>
<updated>2010-07-29T15:33:12Z</updated>
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<name>日本語教師の窓</name>

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<category term="お便り" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />

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<![CDATA[<h3>
	2010年6月18日（金）ビンセントさんの招待</h3>
<p>
	<img alt="ビンセントさん" class="imgleft" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/07/2010061801-thumb-250x187-1790.jpg" width="250" />今日はJKLMクラスのビンセントさんが、私と山下先生を食事に招待してくれました。場所はジャパンハウスから車で10分程の距離にある、大衆食堂のような雰囲気のレストランです。近くに住んでいる人が昼ごはんを食べにくるようなレストランです。</p>
<p>
	メニューは、「アグン」です。アグンはヤムイモを臼と杵を使ってつき、餅のようにした食べ物です。それを野菜のソースなどにつけて食べます。私はこの料理が大好きです。餅のような食感で本当においしいのです。</p>
<p>
	食べる時は、皿にのっている熱々のアグンを手でちぎって、少しずつソースにつけながら食べます。あまりにおいしいので2人前食べてしまいました。やっぱり、現地の人が食べている料理が一番おいしいということを、こういうベナン料理を食べるために思います。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
<![CDATA[<h3>
	2010年6月19日（土）アムスさんおめでとう！</h3>
<p>
	<img alt="アムスさん" class="imgleft" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/07/2010061901-thumb-250x187-1792.jpg" width="250" />たけし日本語学校で一番上のクラスに在籍しているアムスさんが、文部科学省の奨学金留学生の試験に合格しました。</p>
<p>
	アムスさんは、今までに一度日本に留学した経験をもっています。その時は豆腐屋さんで豆腐作りを学んでベナンに帰国し、現在は自分の店で豆腐や豆乳を作って販売しています。</p>
<p>
	そのアムスさんに、1年ほど前から2度目の留学の話が来ていました。留学先は日本の自動車整備の専門学校です。豆腐と自動車整備は全然違う分野ですが、アムスさんの専門はもともと工学ですから、機械関係が本職なのです。</p>
<p>
	今まで1年以上にわたって、週4回、アムスさんの特別クラスをして、日本語力向上に取り組んできました、その成果が出て、アムスさんの日本語はメキメキ上達しています。もともと勤勉な上にセンスもあるので、上達が早いのです。</p>
<p>
	しかし、なかなか自動車専門学校の留学の話がまとまりません。ベナン人が日本に留学するのは本当に大変なことなので、なかなかそう簡単には決まらないのです。そこで、自分で留学のチャンスをつかむべく、文部科学省の奨学金制度に応募することにしました。合格すれば、文科省から奨学金をもらうことができ、さらに、自分が勉強したい分野の学部がある大学に、受け入れを要請することができます。試験を通過できるのはベナン国内で1名か2名という厳しさですが、ベナン国内にそんなに多くの応募があるわけではないので、私達もアムスさんも十分にチャンスがあると考えたのです。</p>
<p>
	そして、先日筆記試験と面接試験を受け、今日、結果が通知されました。</p>
<p>
	たけし日本語学校からも数名の生徒が応募しましたが、日本語力と、日本での勉強に対しての明確なヴィジョンという点において、アムスさんの右に出るものはいませんでした。</p>
<p>
	しかしながら、まだ文科省の試験に受かったというだけで、日本の大学に入れると決まったわけではありません。これからいくつかの大学に願書等を送り、受け入れを要請することになります。それらの要請が通って初めて、日本に行くことができるのです。</p>
<p>
	とはいえ、今までの努力が合格という形で実って、本当によかったと思います。アムスさんの日本に行きが一日も早く具体的な形で決まることを祈っています。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年6月21日（月）サッカー三昧</h3>
<p>
	Ｗ杯が始まってから、毎日サッカー三昧です。時差も気にせず、Ｗ杯が見られるというのは幸せなことですね。地上波でサッカー放送が見られるのはまれなので、ここぞとばかりに毎日山下先生やダベデさん、イレネーさんと一緒にサッカーを見ています。</p>
<p>
	いつもテレビの主導権を握っているのは、ジャパンハウスで紅一点のベロちゃんです。基本的にジャパンハウスの男達はこのベロちゃんには逆らえません。ベロちゃんがお気に入りのドラマを見ている時は、皆がそれを見ることになります。しかし、Ｗ杯期間中はベロちゃんも少し寛容になるらしく、私達がドラマの時間にサッカーを見ていても黙って見逃してくれます。それも男達にとっては非常にありがたいことです。というわけで、Ｗ杯決勝の日まで、ジャパンハウスはサッカー漬けの日々になりそうです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年6月22日（火）<em>Japan Day</em>でソーラン節を踊りたい！</h3>
<p>
	<em>Japan Day</em>で、生徒とソーラン節を踊ろうと思っています。以前、ベナンで働いているJICAの隊員の皆さんが、日本文化紹介としてソーラン節を踊っているのを見て、魅せられてしまいました。ソーラン節といっても、オリジナルのものとは少し違って、「南中ソーラン節」とか「ロックソーラン節」とか言われている、少しアレンジされたものです。オリジナルよりも踊りが激しく、勢いがあります。それを<em>Japan Day</em>でしたら、絶対におもしろいはず、と私は思っているのです。</p>
<p>
	というわけで、知り合いのJICA隊員の方に連絡をとり、今日その方に踊りの映像と音源をいただきました。先日の<em>Japan Day</em>に向けての会議で、生徒の中でソーラン節をやってみたいという人が10人程いました。来週から、その生徒達と一緒に練習する予定です。その前に、まず私が踊りを覚えなければならないので、早速今日から練習を始めました。</p>
<p>
	実際にやってみると、想像以上に動きが激しく、一度踊ると息が切れるほどでした。この踊りの練習に果たして何人がついてこれるのか、そして踊りとして形になるのか、不安は尽きませんが、とにかくやれるだけやってみようと思っています。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年6月25日（金）市川先生、到着せず</h3>
<p>
	今日の朝、新しくたけし日本語学校で先生として働かれる予定の市川あずみ先生が、ベナンに到着される、予定でした。</p>
<p>
	到着される予定でしたが、残念ながらカサブランカからの飛行機がキャンセルになり、到着は明日以降に持ち越しということになりました。飛行機が遅れることはよくありますが、キャンセルというのはそんなに頻繁に起こることではないので、ついていないとしか言いようがありません。また、明日以降に期待したいと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年6月26日（土）今日も・・・</h3>
<p>
	残念ながら、今日も市川先生は到着されませんでした。飛行機は来ましたが、今日の飛行機に乗ることができなかったようです。おそらく昨日キャンセルになった便の乗客を順番に運んでいるのでしょうが、これで到着がいつなのか、ちょっとわからなくなりました。モロッコで足止めをくっている先生のことがちょっと心配です。無事に、できるだけ早くベナンに来られるといいのですが・・・。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年6月27日（日）ようこそベナンへ</h3>
<p>
	<img alt="修了証書授与式" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/07/2010062702-thumb-250x187-1796.jpg" width="250" />今日の早朝、市川先生がベナンに到着されました。一時はどうなるかと心配しましたが、よかったよかった。空港で初めてお会いした市川先生は、とってもきれいな方でした。私はもう一年たけし日本語学校で働かせていただくことになっているので、これから一年間、楽しく仕事ができそうです（笑）</p>
<p>
	市川先生到着後に、空港で簡単な歓迎のセレモニーをしました。市川先生を出迎えるためにかけつけてくれた生徒の皆さんと一緒に、ベナンと日本の国歌を歌い、生徒を代表してトスさんが歓迎のあいさつをしました。その後、車でジャパンハウスに向かいました。</p>
<p>
	午後からは、修了証書授与式がありました。たけし日本語学校で1年間日本語を勉強してきた生徒のみなさんに、修了証書が手渡されました。</p>
<p>
	子ども達にも小さい修了証書とノートをあげました。とても楽しい雰囲気の授与式でした。</p>
<p>
	<img alt="山下先生さよならパーティ" class="imgcenter" height="360" src="/ife/columns/teacher/img/2010062701.jpg" width="480" /></p>
<p>
	修了証書授与式の後は、29日の早朝にベナンを発たれる山下先生のさよならパーティが開かれました。いつも通り段取りなどはほとんどありませんでしたが、段どりがなくても全く問題なくことが運ぶのがベナンのすごいところ。音楽がなければ自分達で歌い、その歌に合わせて踊ります。生徒からはボンバ（ベナンの民族衣装）や置物など、たくさんの贈り物が山下先生に手渡されました。途中、感極まった山下先生の目から涙が・・！いかに山下先生が生徒から愛されているかがよくわかるパーティでした。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年6月29日（火）山下先生、本当にお疲れ様でした。</h3>
<p>
	今日の早朝、山下先生が2年間の任期を終え、日本へ向けて出発されました。山下先生は2008年7月から今日までの2年間、たけし日本語学校で教師として働かれました。</p>
<p>
	私は1年間、一緒に仕事をさせていただきましたが、本当にいろいろなことを教えていただきました。</p>
<p>
	私はいろいろとやりたいことや学校のシステムなどで変えたい所を、好き勝手に言っていましたが、それを黙って聞いて、いつも的確なアドバイスや意見を下さいました。</p>
<p>
	去年の10月から始めたビジネスコースは、ほとんどゼロからコースを作っていく作業でしたが、山下先生と一緒にこの仕事ができて、私は本当にたくさんのことを勉強することができました。本当に感謝しています。</p>
<p>
	また、山下先生は、マラリアや歯痛など、病気にも悩まされていましたが、それでも常に教壇に立ち続けました。そのあたりが、生徒に愛される所以かなと思います。</p>
<p>
	<img alt="山下先生帰国" class="imgcenter" height="360" src="/ife/columns/teacher/img/2010062901.jpg" width="480" /></p>
<p>
	空港には、大勢の生徒が見送りに駆けつけてくれました。<br />
	山下先生がたけし日本語学校に残されたものは本当に大きいと思います。<br />
	本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>お便り 74 - 6月前半</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/letters/001100.html" />
<id>tag:www.zomahoun.com,2010:/ife/columns/teacher//44.1100</id>
<published>2010-07-26T13:32:20Z</published>
<updated>2010-07-26T13:41:55Z</updated>
<author>
<name>日本語教師の窓</name>

</author>
<category term="お便り" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />

<content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/">
<![CDATA[<h3>
	2010年6月4日（金）陸の孤島</h3>
<p>
	<img alt="雨季" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/07/2010060401-thumb-250x187-1786.jpg" width="250" />雨期に入ってからは、よくまとまった雨が降ります。昨日から今日にかけてもかなりの量の雨が降りました。雨が降ると当然道は水たまりだらけになります。今までもそれはよくありました。しかし、今日の水たまりは今までとはスケールが違いました。道路が一部、完全に水没したのです。コトヌー市内で、道路が湖のようになっているか所がいくつもありました。車高の低い車は道を走れないほどの水です。その水は当然、石油やら山羊の糞やら生活排水やらが入り混じった、非常に汚い水です。ベナン人でもその水たまりに素足で入るのはためらうそうです。病気になる危険があるそうです。</p>
<p>
	以前このブログ上で書いた、近くの池の拡大工事のおかげで、ジャパンハウス周辺に降った雨はその池に流れ込むようになりました。しかしながら、昨日から今日にかけての雨は、その池の貯水量をいとも簡単に超えてしまったようです。道路脇の民家などは家の中まで水が入ってきているような家もありました。幸いにもジャパンハウスに水は入ってきませんが、ジャパンハウスの前の道を40mほど行くと、少し大きな道路に出るのですが、そのＴ字路が完全に水没しました。かくして、ジャパンハウスは陸の孤島となったのです。<br />
	今日、買い物に行く時は車で行きましが、さすがにコピー屋やネットカフェに自力で行くことは難しいようです。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
<![CDATA[<h3>
	2010年6月5日（土）ビジネスコース</h3>
<p>
	毎週土曜日の11:30から14:30は、山下先生のビジネスコースです。今日は、山下先生が教える最後のビジネスコースの授業でした。<br />
	昨年の10月から始まったこのビジネスコースは、始めた当初は全くの手探りでした。なんとかここまでの3ターム、山下先生と二人で授業を作ってきました。いろいろと足りない部分もありましたが、何とかここまで来たという感じです。</p>
<p>
	しかし今日、山下先生には最後の大仕事が残っていました。ビジネスコースは他の通常コースとは違って、修了証書発行の条件がかなり厳しく設定されています。通常のコースであれば、出席が多少足りなくても、後から他のクラスの授業に出席して足りない分を補うことができるのですが、ビジネスコースはそういった救済措置がありません。つまり、1年間のコースを終了する前に、出席不足で修了証書がもらえないことが決定してしまう、ということもあり得るわけです。日本の大学で、1年間で6回まで休める講義で前期に7回休んでしまい、後期を待たずして単位取得の道が断たれた・・というような感じでしょうか。今回、ビジネスコースは3タームを終了した現時点で、3人の生徒は修了証書をもらえないことが確定していました。それをその3人に伝えなければならなかったのです。</p>
<p>
	この決断を下すまでの私と山下先生の中にはちょっとした葛藤がありました。その3人の生徒は、出席は足りないとはいえ、適当に授業を受けているわけではありません。このまま落としてしまっていいものか、なんとか救済措置を考えることはできないだろうか、と、議論になりました。</p>
<p>
	しかし、修了証書発行の基準を下げることは、修了証書の価値を下げることにもなり、それは忙しい中がんばって毎回授業に来ている生徒に対しても申し訳ないです。ですから、今回は救済措置なしで、出席が足りない人修了証書の発行はできない旨を伝えることにしました。</p>
<p>
	授業後に山下先生がその旨を3人に伝えました。3人は、さすがに落胆の色を隠しきれません。その表情を見ると、これでよかったのだろうか・・・と悩んでしまいます。</p>
<p>
	たけし日本語学校の基本的なスタンスは、「できるだけ多くの生徒に修了証書を発行する」というものです。例えば、日本に行きたいわけではないが、日本について興味があるから日本語を少し勉強してみたい、という生徒もいるので、修了証書発行の基準をあまり厳しく設定してきませんでした。しかし、最近はたけし日本語学校をとりまく周囲の環境も少しずつ変化してきています。例えば、日本の大学などもベナン人により高い日本語力を求めるようになってきました。そんな状況の中で、「今まで通り救済措置をいくつも用意して、皆さんに修了証書を修了証書を発行する」というスタンスでいいのだろうか、という疑問は私と山下先生の中に最近常にあります。実は、修了証書発行の基準をもう少し厳しくしよう、という方向でいろいろと準備を進めている部分もあります。ただ、生徒のやる気をそぐことにならないように、慎重に様子を見ながら、この課題にも取り組んでいかなければならないなと思っています。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年6月6日（日）雨季の晴れ間と又三郎</h3>
<p>
	今日は朝からいい天気でした。最近は毎日曇りか雨のぱっとしない天気が続いていたので、なかなか洗濯物も乾かず困っていました。今日はここぞとばかりに朝の授業の前にシーツを洗って干しました。</p>
<p>
	いい天気は夕方まで続き、19時のOPクラスが始まる時も、まだいい天気でした。ところが19時半頃に突然の大雨です。以前にも書きましたが、たけし日本語学校の教室は窓がないので、とにかく大雨が降るとうるさいです。先生も生徒も絶叫しなければなりません。15分ほどみんなで絶叫した後は、雨も少し小降りになりました。でも完全にやむことはなく、20時半に授業が終わると、生徒の皆さんは濡れながら帰って行きました。</p>
<p>
	この突然の雨というのが本当にすごいんですが、強風とたたきつけるような雨が同時にやってきます。大体雨が降り始める30分くらい前から風が吹き始めて、それがだんだん強くなっていきます。その風の激しさたるや、文字で表せば「どっどどう。どどう。」という感じで、風の又三郎に出てくるような風です。その後に叩きつけるような雨が降り始めます。ですから、又三郎級の風が吹き始めると、みんなで洗濯物を取り込んだり、玄関に出ている靴をしまったり、部屋の窓を閉めたりと、その後にやってくる横なぐりの雨に備えるのです。そして、運悪くその雨が長引いてしまうと、先日のような池が町の至る所に出現してしまうわけです。今日の雨はそんなに長くは降りませんでした。ですが、若干水がひきかけている道路にまた水がたまっているのではないか、という心配は消えません。明日はコピー屋に行かなければならないのに・・・。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年6月7日（月）コピー屋のおばちゃんに怒られて</h3>
<p>
	先日の懸念は取り越し苦労に終わりました。今日の道路は比較的水が引いていて、何とか歩いてコピー屋まで行けそうでした。</p>
<p>
	というわけで、今日は徒歩15分弱の距離にあるコピー屋へ出かけました。</p>
<p>
	現在私がひいきにしているコピー屋は4軒あります。4軒も？とお思いになるかもしれませんが、4軒ないとやっていけないのです。コピー機の調子や、道の状態や、時間に応じて、その4軒の中からその都度選ぶわけです。</p>
<p>
	今日のファーストチョイスは、お母さんの店です。距離は4つの中で2番目に遠いのですが、コピーの質は比較的安定しています。そして、子どもが3人いて、コピーしている間その子ども達と遊べる、心なごむコピー屋でもあります。</p>
<p>
	水溜まりを避けながら、お母さんの店に到着しました。店は開いています。でも誰もいません。10分ほど待ってみましたが、帰ってくる気配がありません。仕方がないので、その先にあるもう一軒のコピー屋（距離は一番遠いが、質は4店中一番）に行って、そこで店番をしている17歳のお兄ちゃんと世間話をしながらコピーをしました。そして、帰りにお母さんの店の前を通ると、お母さんに呼び止められました。</p>
<p>
	　お母さん:　どうして私の店じゃなくて向こうの店に行ったの！？<br />
	　わたし:　だって、おばちゃんいなかったでしょ？<br />
	　お母さん:　どうして待たなかったの！？<br />
	　わたし:　10分待ったよ。<br />
	　お母さん:　じゃ、どうして隣の店の人に頼まなかったの？<br />
	　わたし:　？？？　何を？<br />
	　お母さん:　コピーを。<br />
	　わたし:　だってその人のこと知らないもん。</p>
<p>
	その後おばちゃんは私の手を引っ張って、隣の美容院のおばちゃんを紹介してくれました。「私がいない時はこの人に頼みなさい」と何度も念を押されました。</p>
<p>
	というわけで、コピー屋の周りに知り合いがひとり増えました。次回は怒られないように、ちゃんとしたいと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年6月11日（金）<em>Japan Day</em>に向けての会議</h3>
<p>
	今日は<em>Japan Day</em>に向けて、生徒全員が集まっての会議がありました。</p>
<p>
	今年の<em>Japan Day</em>は8月1日にすると、先日いつものように急に決定されました。準備期間は1ヶ月半ほどですから、十分とは言えませんが、今年は昨年と違っていつも通り大規模に行うため、去年とは気合いの入り方が違います。</p>
<p>
	<em>Japan Day</em>では、生徒達が出し物を考え、当日まで空いた時間を利用して練習を重ね、当日ステージ上で発表します。内容は茶道、歌、劇、ゆかたのファッションショー、IFEとたけし日本語学校の紹介、子ども達による歌などです。今日の会議では誰が何をするかが決められました。</p>
<p>
	これから約1ヶ月半の間、時々生徒にハッパをかけながら、<em>Japan Day</em>に向けて準備をしていくことになります。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年6月12日（土）運ぶ</h3>
<p>
	たけし日本語学校はテスト週間に入っています。</p>
<p>
	このテスト期間が終われば、私もちょうど1年間、たけし日本語学校で働いたということになります。この1年、限られた範囲ですが、いろいろなものを見ることができました。それでも、やはり日本の文化や考え方と違うものに出会った時の驚きというのはなくなることはありません。ベナン到着から1年が経った今でも時々驚かされるのは、ベナン人の「ものを運ぶ」という行為を目にした時です。</p>
<p>
	<img alt="タクシー" class="imgleft" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/07/2010061201-thumb-250x187-1788.jpg" width="250" />ベナンではバイクタクシー（ゼミジャン）で何でも運んでしまいます。例えば、バイクに二人乗りし、後ろに座っている人が大きい本棚や、長さ5ｍはある棒や木を持って街を走っている、というような光景は当たり前のように目にします。車のドアを運んでいる人や、バイクに乗りながら、片手でもう一台のバイク（スクーター）を持って走っている人を見たこともあります。</p>
<p>
	コトヌーから北へ延びる幹線道路などは、大型トラックによっていろいろなものが運ばれます。それらのトラックは、いつ横転するかと見ているこちらがハラハラしてしまうくらい荷物を積みあげます。その大量の荷物を運んでいるトラックのタイヤは歪んでいますし、道路は穴だらけです。当然事故は起こります。たとえ多少の（？）リスクがあっても、大量の荷物を一回で運ぶことの方が大切なのです。そこにはもちろん、金銭的な事情があります。</p>
<p>
	タクシーでもいろいろなものが運ばれます。一度、後部座席いっぱいにパイナップルが詰め込まれているタクシーに遭遇した時は、思わず笑ってしまいました。もう一つのパイナップルも入る余地がないほど、びっしりとパイナップルが詰め込まれていたのです。それから、棚や大きい板やタイヤもタクシーで運びます。そういうものを普通に積んでしまうタクシーの運転手の寛容さがすごい！と私は思ってしまいます。コトヌーで暮らしていると、そういう日本ではなかなかお目にかかれない光景に出合うことができます。こういうのも全く違う文化を持っている場所で暮らすことの醍醐味だな〜と思います。</p>
<p>
	写真は、トイレットペーパーを運んでいるタクシーです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年6月14日（月）祝！</h3>
<p>
	今日は日本とカメルーンの試合がありました。</p>
<p>
	アフリカに住んでいるので、時差に悩まされることなく、Ｗ杯を見られる！と内心喜んでいたのですが、時差以上の強敵がいたことをすっかり忘れていました。停電です。</p>
<p>
	今日は昼過ぎから用事があって、山下先生と一緒に出掛けていたので、前半は見られませんでした。後半の途中でジャパンハウスに帰って来てテレビを見ると、なんと日本が勝っている！これはちゃんと応援しなければ、とテレビの前に座ったその瞬間、停電はやって来ました。</p>
<p>
	停電が回復したのは試合終了の2分前、後半のロスタイムでした。ですから試合が終わった瞬間は見ることができたのですが、テレビで試合を見ることができたのは5分足らずでした・・・。しかも、相手がアフリカのカメルーンだったので、あまり派手に喜ぶわけにもいかず、ちょっと小さく拍手をしたくらいです。</p>
<p>
	ベナン人のカメルーンに対する期待は非常に高いです。みんなカメルーンが勝つものと思っていたようです。ですから、カメルーンが負けた時は、周りのベナン人は「信じられない」という表情をしていました。そんな状況ですので、日本人の私がガッツポーズなどできるはずがありません。</p>
<p>
	しかし、5分しか試合を見られなかったとはいえ、そして派手に喜ぶことができなかったとはいえ、日本代表の勝利には大いに勇気づけられ、元気づけられました。それから、数名の生徒から私の携帯電話に「omedetougozaimasu」というメッセージがときました。自分達が応援している国が負けたのに、日本人に対して「おめでとう」と言えるその大人な態度に感服しました。とにかく、今日は非常にいい気分で眠りにつけそうです。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
</content>
</entry>
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<title>お便り 73 - 5月後半</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/letters/001090.html" />
<id>tag:www.zomahoun.com,2010:/ife/columns/teacher//44.1090</id>
<published>2010-07-06T07:16:05Z</published>
<updated>2010-07-06T08:01:05Z</updated>
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<name>日本語教師の窓</name>

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<category term="お便り" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />

<content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/">
<![CDATA[<h3>
	2010年5月16日（日）ベナンのお菓子</h3>
<p>
	<img alt="FAN MILK" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/07/2010051601-thumb-250x187-1770.jpg" width="250" />ベナンのおやつで、私が一番好きなものは、<em>Fan Milk</em>です。<em>Fan Milk</em>は写真にあるような、袋に入っているアイスです。食べ方は、袋の端を少しだけ噛み切って穴をあけ、そこからアイスを「吸う」のです。写真の<em>Fan Milk</em>はすでに袋の左下に穴があけてあります。ここからアイスを吸います。</p>
<p>
	味は、ミルクやチョコレートなどがあって、甘くてとてもおいしいです。値段はなんと100CFA（約20円）です。</p>
<p>
	この<em>Fan Milk</em>を作っている会社の本社はお隣のトーゴにあって、そこからトラックでアイスが運ばれてきます。販売方法は、販売員がラッパを鳴らしながらタイヤのついたクーラーボックスを押して歩きます。ですから、大体路上で買うことになります。大乾季の暑い時期には、この<em>Fan Milk</em>に本当にお世話になりました。</p>
<p>
	その他に私が好きなおやつは、自家製キャラメルです。大体女の人が頭の上に大きめの容器を乗せて、その中にキャラメルを入れて売って歩きます。10個ぐらいずつ袋に入っていて、値段は100CFAくらいです。日本にあるキャラメルのような柔らかさはありませんが、味は日本にあるキャラメルと同じです。</p>
<p>
	スーパーでチョコレートなどを買うと、非常に高いです。スニッカーズやキットカットなどは、ひとつ300〜500CFA（60〜100円）くらいします。日本円に換算してみると非常に安く感じるのですが、ベナンの物価感覚だととても高いです。それに比べて、<em>Fan Milk</em>やキャラメルは安くておいしいので、とても重宝しています。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
<![CDATA[<h3>
	2010年5月17日（月）朝から雨</h3>
<p>
	今日は月曜日です。会社勤めをされているみなさんは、今日から一週間が始まるという感じだと思いますが、たけし日本語学校で働いていると、月曜日は忙しい週末が終わってほっと一息、という感じの日です。</p>
<p>
	今日は朝からずっと雨です。雨期特有のしとしとと降る雨です。朝方は雷も鳴っていました。雨が降ると、コピー屋やネットカフェに行くのが大変になるので、その点はちょっと嫌なのですが、雨が降ってうれしいこともあります。それは、訪ねてくる人がいなくなるということです。私達が暮らしているジャパンハウスとたけし日本語学校の教室は同じ敷地内にあります。また、ジャパンハウスは、IFE財団の事務所も兼ねています。つまり私達は学校と事務所で暮らしているわけですが、そんな状態なので、ひっきりなしに来客があります。それは生徒だったり、IFEに用事のある人だったり、ベロちゃんの友達だったりと様々ですが、とにかく誰かしら外部の人が常に自分の家にいるので、なかなか落ち着きません。ですから、朝から雨が降って、誰も来ないような日には何となくいつもよりリラックスできます。</p>
<p>
	今、昼の12時ですが、できれば午後コピー屋に行きたいので、3時頃に雨がやんでくれないかな〜、などと都合のいいことを考えています。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年5月21日（金）マンゴーの季節</h3>
<p>
	<img alt="マンゴー" class="imgleft" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/07/2010052101-thumb-250x187-1772.jpg" width="250" />ついにやってきました、マンゴーの季節です。ベナンのマンゴーは本当においしいんです。日本の果物ももちろんおいしいですが、ベナンのマンゴーには日本の果物の味とは違ったおいしいさがあります。味はとにかく甘いのですが、ただ甘いのではなく、濃厚な甘さです。うれたマンゴーは本当に柔らかくて、甘くておいしいです。これを冷やして、丸ごとナイフで切りながらかぶりついて食べている時は、本当に贅沢だな〜と思います。</p>
<p>
	最近は、コトヌー市内のいたるところにある露店で、マンゴーが山積みにして売られているのをよく見かけます。しばらくは贅沢な生活が送れそうです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年5月22日（土）お祝い</h3>
<p>
	ジャパンハウスの隣に長屋風の家があります。その長屋が今日はとてもにぎやかでした。</p>
<p>
	ベナンはキリスト教信者が非常に多いです。隣の長屋の家族もキリスト教を信仰しています。親が信者だと、当然子どもも信者になります。子ども達は、週に1回か2回、教会に行って聖書の内容を勉強します。それを約3年続けると、信者としてのステップをひとつ登ったということになるようです。隣の長屋のフランコとアマリーは先日3年間の勉強を修了し、今日、そのセレモニーがあったのです。</p>
<p>
	<img alt="お祝い" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/07/2010052201-thumb-250x187-1774.jpg" width="250" />午前中は近所の教会でセレモニーがありました。私は8時から11時まで授業があったので、その時間は山下先生がセレモニーに出席しました。午後からは自宅に戻って、パーティです。そのパーティには私が出席しました。普段は上半身裸、裸足で駆け回っている子ども達も今日はきれいに着飾って、ちょっと大人びて見えました。フランコはプレゼントにもらった腕時計をつけています。子ども達の両親や親戚の皆さんも勢ぞろいで、とにかくにぎやかなパーティです。長屋の外に大きなスピーカーを出して、大音量で音楽をかけ、いつもの様にみんなで踊ります。私もいつもの様に踊って、みんなを笑わせてあげました。特に笑わせるつもりはないのですが・・・。</p>
<p>
	私は3時から授業があったので、パーティの途中で失礼して、山下先生と交代しました。私が授業をしている間も、当然のことながらパーティは続きます。信じられないような大音量で音楽が鳴り響きます。ですから授業をしている間中、私も生徒も叫び続けなければなりませんでした。しかし、それに対して怒ったり、真剣に不満を言ったりする生徒はいません。「まったく、しょうがないな〜」と言って苦笑するくらいです。この辺がベナンのいいところだなと思います。</p>
<p>
	授業が終わってからもパーティは続きます。5時頃、まさかこれが夜中まで続くのか・・・と若干の恐怖を感じ始めたまさにその時、唐突に音楽がやみました。停電です。停電は20分ほどで復旧しましたが、それを機にパーティはお開きになったようで、隣の長屋は静かになりました。今日ばかりは少しだけ停電に感謝してしまいまいました（笑）</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年5月24日（月）トスさんの詩</h3>
<p>
	今日は久しぶりに、トスさんの詩を紹介したいと思います。<br />
	トスさんは、たけし日本語学校の生徒兼先生です。</p>
<p>
	詩を書くのが好きなそうで、よく日本語で詩を書いては私達の所に持って来てくれます。トスさん曰く、夜一人でいる時に詩のアイディアがわいてくるらしいです。今日は、ある夜に生まれた官能的な詩をご紹介しましょう。</p>
<p>
	＜日本語は僕の麻薬＞</p>
<p>
	日本語、君は女<br />
	君は艶めかしい<br />
	君の味を知ったから<br />
	毎日君がもっと欲しい</p>
<p>
	日本語、君は艶容<br />
	君は僕の魔女<br />
	君は僕に人馴れたから<br />
	毎日君がもっとのぞんでいる</p>
<p>
	日本語、君は酔う物<br />
	君は僕のアンフェタミン<br />
	僕は君を飲んでいたから<br />
	毎日僕は育っている</p>
<p>
	日本語、君は正夢<br />
	君は子守歌<br />
	お互いに魅かれあっているから<br />
	毎日君だけ見つめている</p>
<p>
	日本語、君は生き物<br />
	君は永遠<br />
	君と一緒に生活しているから<br />
	毎日は新しい日々</p>
<p>
	※アフェタミン＝覚せい剤の一種</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年5月26日（水）大使館</h3>
<p>
	今年の1月に、ベナンのコトヌー市に在ベナン日本大使館ができました。今までに何度か、生徒のビザの手続きなどで大使館を訪れたことはありましたが、今日は改めてたけし日本語学校の活動や今後の目標、大使館へのお願いなどを大使に直接伝えるべく、山下先生と二人で大使館へ行ってきました。</p>
<p>
	大使に直接お会いして、1時間ほどいろいろとお話をしてきました。大使は非常に気さくな方で、アフリカの問題や、日本のアフリカへの関わり方、中国や他の国のアフリカへの関わり方等、いろいろなことを話してくださいました。山下先生と私からは、たけし日本語学校の活動についてまとめた書類と、要望を渡しました。</p>
<p>
	たけし日本語学校からは年に数名、日本に生徒が行っているので、ビザの関係などで今後も大使館員の皆さんにはお世話になることが多いと思います。また、ベナンでの日本語能力試験の実施など、将来的に実現したいと思っていることも、私達だけで実現させることはできません。今後もベナン人が日本語を勉強しやすい環境、また日本に行きやすい環境を作るべく、こちらから大使館側に働きかけていきたいと思っています。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年5月27日（水）「ポンポコリンって何ですか。」</h3>
<p>
	今日、生徒から質問を受けました。「ポンポコリンって何ですか」と。</p>
<p>
	その生徒は、たけし日本語学校で貸し出しているDVDの中の「ちびまるこちゃん」を見たそうです。あの有名な主題歌のタイトルです。</p>
<p>
	さくらももこさんに聞いてみないと断言はできませんが、たぶん「ぽんぽこりん」という言葉には意味はないんじゃないかと私は思っているので、生徒にもそう伝えました。ただ可能性としては「おなか」という意味もあるのかなとは思いますが、説明が複雑になりそうだったので、生徒には言いませんでした。</p>
<p>
	あの歌の中には結構先生泣かせの歌詞が多いです。例えば「いんちきおじさん」、「パッパパラパー」などなど・・。</p>
<p>
	どなたか、「ポンポコリン」の意味を説明できる方がいらっしゃったら、教えてください。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年5月30日（日）トス先生の誕生日</h3>
<p>
	<img alt="トス先生誕生日" class="imgleft" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/07/2010053001-thumb-250x187-1776.jpg" width="250" />今日は、トス先生の誕生日でした。トス先生は日曜日9時から11時のSクラスを担当しています。今日は、そのSクラスの生徒がトス先生の誕生日を祝うべく、ケーキや飲み物を用意し、授業の後にパーティをしました。いつものように、日本語とフランス語と英語とフォン語で誕生日の歌を歌い、ケーキカット、その後みんなでケーキを食べて、最後にトス先生がスピーチをしました。Sクラスの授業の後に他のクラスの授業が控えていたので、短いパーティでしたが、いつものように温かいパーティでした。</p>
<p>
	写真の中央、黄色いシャツを着ているのがトス先生です。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>お便り 72 - 5月前半</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/letters/001080.html" />
<id>tag:www.zomahoun.com,2010:/ife/columns/teacher//44.1080</id>
<published>2010-06-25T03:54:35Z</published>
<updated>2010-06-25T05:06:23Z</updated>
<author>
<name>日本語教師の窓</name>

</author>
<category term="お便り" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />

<content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/">
<![CDATA[<h3>
	2010年5月2日（日）停電の理由</h3>
<p>
	最近、9月から日本に行く予定のイワダンさんのために個人授業をしています。大体週に2回、日本に行くための準備として、日本語の勉強をしているのです。</p>
<p>
	その授業の中で、イワダンさんがベナンの停電の理由について話してくれました。実はイワダンさんは、ベナンで最も有名な国立大学の大学院で外交の勉強をしていて、時々ベナンの国営放送の番組でコメンテーターのような役割も務めてしまう、ちょっとすごい大学院生です。</p>
<p>
	イワダンさんによると、現在、ベナンはガーナやナイジェリアから電気を買っているとのことでした。現在何が問題なのかというと、何とコートジボアールとトーゴも、ガーナから電気を買うようになってしまったというのです。つまりガーナは、コートジボアールとトーゴとベナンという3つの国に電気を売っていることになります。なんでも、ガーナの水力発電施設は非常に優れているので、そういう芸当が可能なのだとか。なぜコートジボアールとトーゴがガーナから電気を買うようになったかというと、単純に発電のため設備が壊れてしまったかららしいのです。いくらガーナの水力発電が優れているとはいえ、3つの国でその電力をわけなければいけないとなれば、足りなくなるものうなずけます。それで、今コートジボアールの首相がベナンに来て、ベナンのヤイ・ボニ大統領と今後の策を検討しているらしいのです。今後、どのような解決策が提示されるのか、興味があります。</p>
<p>
	それにしても、旧フランス植民地のベナン、トーゴ、コートジボアールが、旧イギリス植民地のナイジェリア、ガーナから電力を買っているというこの図式は、フランスの旧植民地に対する対応の仕方を暗示しているような気がしてなりません。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
<![CDATA[<h3>
	2010年5月5日（水）セールスレディ</h3>
<p>
	<img alt="靴の修理屋さん" class="imgright" height="240" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/06/2010050501-thumb-180x240-1749.jpg" width="180" />最近、IFE財団の秘書兼食事係のベロちゃんが、新しいビジネスを始めたようです。</p>
<p>
	そのビジネスというのは、サンダルの訪問販売です。元締めのような人からサンダルをもらって、それを売って歩くのです。</p>
<p>
	もちろん、一番最初にそれを売りつけられるのは私と山下先生です。私はあと1年ベナンいるし、今使っているサンダルが壊れてきているので、ひとつ買いましたが、山下先生はかたくなに拒否し続けています。山下先生はあと２か月弱で日本に帰りますから、当然です。はたから見ていると、そのやりとりは結構おもしろいです。果たしていつまで拒否し続けられるのか、見ものです。</p>
<p>
	ベナンのサンダルは、残念ながらすぐに壊れてしまいます。私が今使っているサンダルは、5000CFA（約1000円）ほどでしたが、1ヶ月で壊れてしまいました。ですが、一度壊れても修理してもらって大体5ヶ月ほど使い続けました。コトヌーの町は、靴の修理屋さんがたくさん歩いていて、その人達に声をかけて直してもらうのです。修理代は、大体100〜300CFA（約20円〜60円）くらいです。おそらく、壊れやすいサンダルがたくさんあるからこそ、この修理屋さん達も生活していけるのだと思います。また、サンダルを買う側も、買った後で修理してもらうのは当たり前という感じなので、一度壊れても修理してもらって何か月も使い続けると言うのは普通のことのようです。</p>
<p>
	果たして、今回買ったサンダルは何ヶ月もつのでしょうか。ベロちゃん曰く、「このサンダルはそこいらのサンダルと違って作りがしっかりしているから、なかなか壊れない」とのことですが、果たして・・・。</p>
<p>
	写真は、靴の修理屋さんです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年5月7日（金）車</h3>
<p>
	今日、金曜日恒例の買い出しの後、コトヌー市内のとある自動車修理工場に行きました。そこでは現在修理されているのは、ジャパンハウスの車（トヨタ）です。彼（トヨタ）は、生まれてから20年間走り続けています。ベナンに来る前はどこを走っていたのでしょうか。走行距離は20万キロを軽く突破しています。ちなみ車種は、ランドクルーザーの様なタイプではなく、普通の乗用車です。</p>
<p>
	<img alt="修理中のトヨタ" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/06/2010050701-thumb-250x187-1751.jpg" width="250" />私達が修理工場についてみると、彼は何と横倒しにされていました。たしかにその方が修理はしやすそうですが、車を横倒しにして修理している光景を初めて見たので、ちょっと驚いてしまいました。近くにあった少し新しそうな車は横倒しにされることなく、車の下に人がもぐって修理していたので、全ての車に対して同じような方法で修理するわけではないようです。横倒しにしてもいい車と、してはいけない車の区別があるようで、私達のトヨタは残念ながら前者に分類されてしまったようです。</p>
<p>
	横倒しで修理している光景にもおどろいたのですが、もっと驚いたのは、車の腹の部分を見た時です。鉄がもはや鉄ではないような、そんな色をしています。あちこち錆びて、穴もあいています。よくこれで今まで走っていたなと、感心しました。そして、若干の恐怖も（笑）</p>
<p>
	彼はまだ修理が終わっていないらしく、今日は一緒にジャパンハウスに帰ることができませんでした。近いうちに、できるだけ元気な姿で戻ってくることを祈りたいと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年5月8日（土）ポーニョポーニョポニョさかなのこ〜♪</h3>
<p>
	毎週土曜日は「天才日本語クラブ」の日です。たけし日本語学校の生徒兼先生である、トスさんの発案によりはじまったクラブで、日本語のレベルに関係なく、日本語をもっと勉強したい生徒が集まります。時間は毎週土曜日の夜のクラスが終わった後、20時半から21時半までです。だいたい毎回、10人程度の生徒が集まります。</p>
<p>
	今日のクラブでは、日本語の歌を歌いました。曲は「崖の上のポニョ」のテーマソングです。少なくとも私は、「崖の上のポニョ」を生徒に教えようと考えたことはありません。先生が教材として使う歌を選ぶ時、できるだけ勉強した文法項目が入っている歌とか、比較的わかりやすい歌とか、そういう基準で歌を選ぶことが多いと思います。それから、もちろん生徒の年齢層も考えます。そういった理由で、わたしはこの歌を生徒に教えようと考えたことがありません。しかし、ここがおもしろいところなんですが、トスさんはあまりそういうことは考えません。日本語の歌だから、何となくメロディーがいいから、言葉の響きが面白いから、そういう理由で歌を選びます。だから、私とは違う視点で歌を選んでいるわけです。</p>
<p>
	はたして、他の生徒の反応はどうなのか、と思って見ていると、意外と悪くありません。みんな楽しそうに「ポ〜ニョポ〜ニョポニョさかなのこ〜♪」と歌っています。これには少し驚かされました。そして、自分の思い込みに気付かされました。「崖の上のポニョ」もちゃんと教材になるのです。今日は、トスさんのおかげで、ひとつ勉強になりました。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年5月9日（日）誕生日の祝い方</h3>
<p>
	<img alt="リリアさん" class="imgright" height="266" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/06/2010050901-thumb-200x266-1753.jpg" width="200" />ベナンの誕生日の祝い方は、ヨーロッパ式のようです。日本の誕生日は、誰か一人のために友達や同僚がパーティを企画する、というのが普通だと思います。でも、ベナンでは基本的に誕生日の人が友達や同僚を招いてパーティをします。誕生日の人が、他の人をもてなすわけです。</p>
<p>
	先日は、OPクラスのリリアさんが、私と山下先生にケーキを持ってきてくれました。自宅で開いた誕生日パーティの際に作ったケーキだそうです。リリアさんは、ロシア人とベナン人のハーフです。生まれも育ちもベナンで、現在はコトヌー市内にある大学に通っています。毎週土曜日と日曜日の夜のOPクラスに、毎週休まずに通って来てくれます。</p>
<p>
	もらったケーキは、とてもおいしいチーズケーキでした。山下先生やジャパンハウスのスタッフと一緒に、おいしくいただきました。リリアさん、どうもありがとうございました。</p>
<p>
	写真は、リリアさんです。正月に書き初めをした時の写真です。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年5月10日（月）ビジネスについて教えるということ。</h3>
<p>
	昨年の10月から始まったビジネスコースも、3ターム目に入っています。最初の2タームは、主に日本で生活する前に必要な表現や、それに伴う文法項目を勉強しました。そして、万を持して3ターム目から会社で働く際に必要な日本語の勉強が始まりました。</p>
<p>
	授業の教案は、山下先生と私が一緒に作ります。実際に授業をするのは山下先生です。山下先生はベナンに来る前、10年以上も日本の会社で働いていた経験をお持ちです。そんな山下先生の授業を見ていて、いつも「かなわないな」と思います。残念ながら私は、日本の会社で働いた経験がありません。ですから、おそらく私は日本の会社やビジネスについて非常に限られた情報しか持っていません。生徒にビジネスについて教えることはできるかもしれませんが、例えば山下先生のように、自分の経験とからめて何かを生徒に伝えるということは、残念ながらできません。</p>
<p>
	教師にとって、教える技術は確かに大切ですが、いろいろな経験もそれと同じくらい大切なんだなと最近痛感しています。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年5月14日（金）文房具屋</h3>
<p>
	<img alt="文房具屋の姉妹" class="imgright" height="266" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/06/2010051401-thumb-200x266-1755.jpg" width="200" />毎週金曜日は買い出しの日です。ジャパンハウスを車で出発して、まず最初に行くのは郵便局です。郵便局でIFEの私書箱に郵便がきていないか、チェックするのです。ジャパンハウスに直接郵便が来ることはないので、毎週郵便局へ行って私書箱を確認するシステムなのです。</p>
<p>
	その郵便局の前には、文房具屋の露店が並んでいます。店番をしているのは、大体おばちゃんですが、その中の一軒に小さな姉妹がお母さんと一緒に店番をしている店があります。この姉妹、本当にしっかりしていて、おそらく10歳位だと思うのですが、お母さんがお店にいない時も立派に店番を務めています。昼間店番をしている所を見ると、おそらく学校には行っていないのでしょう。とにかく、私達はその姉妹が大好きなので、いつもその店でコピー用紙やファイルやボールペンや蚊取り線香を買います。</p>
<p>
	他の店のおばちゃんがどんなに呼んでも、その姉妹の店に行きます（笑）。買うものがなくても、店に寄ってあいさつします。</p>
<p>
	先日、二人の写真を撮らせてもらいました。今日はそのお礼に現像した写真をプレゼントしました、二人ともとても喜んでくれました。</p>
<p>
	そろそろジャパンハウスのコピー用紙がなくなりそうなので、来週は姉妹の店でコピー用紙を買おうと思っています。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年5月15日（土）Rクラスの合併</h3>
<p>
	毎週土曜日と日曜日の昼は、Rクラスです。このクラスは人数がとても少なく、常時生徒が3〜5人という状態です。入学希望者も50人を超えてきたので、新しいクラスを開講するために、Rクラスを他のクラスと合併することになりました。今後は、生徒が通いやすい時間や、生徒のレベルを考えながら、Rクラスの生徒がどのクラスに編入するか、調整していかなければなりません。</p>
<p>
	<img alt="Rクラス" class="imgleft" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/06/2010051501-thumb-250x187-1757.jpg" width="250" />そのRクラスの中に、毎週休まずに授業に通って来てくれる「お母さん」がいます。お母さんの名前はフンカンリンさんです。彼女はもう退職して、主婦として生活しているそうです。フンカンリンさんは、いつも笑顔です。間違えても笑顔です。フンカンリンさんがクラスに来ると、クラスの雰囲気が明るくなります。フンカンリンさんは50代ですが、いつもシャキシャキ歩いていて「小粋なお母さん」という感じです。私と山下先生の誕生日にはワインをくれます。日本のことが本当に大好きだといつもいってくれます。</p>
<p>
	今回の合併で、フンカンリンさんは少し上のレベルのクラスに編入しなければならなくなりそうです。Rクラスと同じレベルのクラスが日曜日の朝にあるのですが、教会に行かなければならないそうで、そのクラスには来られないらしいのです。上のレベルのクラスに行くのは、もちろん生徒には大きな負担になります。なんとかフンカンリンさんが日本語の勉強を続けられるように、しっかりフォローしていきたいと思っています。</p>
<p>
	写真の一番右に写っているのが、フンカンリンさんです。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>お便り 71 - 4月後半</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/letters/001075.html" />
<id>tag:www.zomahoun.com,2010:/ife/columns/teacher//44.1075</id>
<published>2010-06-19T09:03:00Z</published>
<updated>2010-06-19T09:15:37Z</updated>
<author>
<name>日本語教師の窓</name>

</author>
<category term="お便り" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />

<content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/">
<![CDATA[<h3>
	2010年4月16日（金）日本人とカレーの関係</h3>
<p>
	今日は珍しく電気ががんばりました。いつも通り短い停電はあるものの、すぐに復旧。午後はほとんど停電することなく乗り切りました。</p>
<p>
	金曜日は授業がない代わりに、週末の授業の準備に追われます。そんな時電気があるのは非常にありがたいです。おかげで仕事がはかどりました。</p>
<p>
	金曜日は、いつもご飯を作ってくれるベロちゃんが休みなので、私と山下先生でごはんを作ります。外食はほとんどしません。日本に比べて物価が安いとはいえ、やはりレストランで食事をするとかなりの金額を払わなければならないからです。今日の食事当番は山下先生。メニューは、肉なしカレーです。肉はとても高いので、ちょっと手が出ません。ですからいつもジャパンハウスのカレーは肉なしです。ちなみにカレールーは日本のものです。しかし、肉なしカレーってやっぱり何か物足りないんですよね。おいしいんだけど、妙にサラサラしていて物足りない。例えば肉じゃがも、肉がないとおいしくないですよね。当たり前ですが。やはりあの脂身は重要な役割を果たしているわけです。せめて油揚げでもあればもうすこし違うのかもしれませんが、さすがにベナンに油揚げはないですね・・・。</p>
<p>
	でもやはりカレーはカレーです。肉なしでもやっぱりカレーはおいしいです。日本人は（少なくとも私と山下先生は）一か月に一回はカレーを食べないと生きていけない人種のようです。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
<![CDATA[<h3>
	2010年4月17日（土）雨とＷクラス</h3>
<p>
	今日は朝から雨でした。土曜日の朝は、8時からはＷクラスがあります。Ｗクラスは今年の1月に始まったばかりのクラスで、レベルは初級の初級です。</p>
<p>
	朝8時からのクラスに生徒が来るのか？とお思いになるかもしれませんが、ベナン人は早起きですから、そこは問題ありません。それに、土曜日の早朝は学校や会社、教会の用事もないので、意外と生徒が集まりやすい時間なのです。先生は眠いですが。</p>
<p>
	しかし、いくらベナン人が早起きでも、雨が降った日は出席率ががくんと落ちます。なぜなら交通手段がバイクだからです。それに町の至る所に水たまりもできるので、学校までたどり着くのが困難になります。今日、学校に来た生徒は7人でした。いつもこのクラスは20人以上の生徒が集まるので、今日は半分以下です。それでもこれは「7人も来た」と言うべきです。みんなびしょ濡れになりながら、学校まで来てくれたのです。こういう時は、本当に「ありがとうございます」という気持ちになります。びしょ濡れになりながら来てくれたからには、いつもよりもっといい授業をしますよ、という風にこちらも燃えてきます。というわけで、8時から11時までの3時間、はりきって授業をしました。来週は、今週来られなかった生徒のために、復習の時間を少し長めにとってあげようと思っています。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年4月19日（月）おかえり</h3>
<p>
	<img alt="空" class="imgright" height="240" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/06/2010041902-thumb-180x240-1730.jpg" width="180" />最近、ベナンの空に私の好きな雲が戻りつつあります。大乾季まっただ中の2月3月あたりは、ベナンの空にあるのは入道雲（のような雲）ばかりです。個人的にはそういう空はあまり好きじゃないです。</p>
<p>
	しかし、最近徐々に私好みの雲が出てきました。ちぎってうすく伸ばした雲が時々見られるようになったのです。イメージとしては、日本の秋の空にあるような雲です。大乾季も終わり、そろそろ雨の季節に入ろうとしているようです。ベナンは一番暑い季節を終え、涼しい季節へと移ろうとしています。日本はこれから少しずつ暑くなっていきますから、正反対ということになります。早く、去年の8月、9月頃に見られた、鱗雲や腹筋雲が見られるといいなと思っています。</p>
<p>
	写真は去年の9月頃の空です。</p>
<p>
	<img alt="空" class="imgcenter" height="360" src="/ife/columns/teacher/img/2010041901.jpg" width="480" /></p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年4月23日（金）偉大なる</h3>
<p>
	「だしのきいた料理」というのはいいものですね。今日、日本から私の家族が送ってくれた味の素でチャーハンを作ってみました。厳密には味の素は「だし」ではないのかもしれませんが、でもそんなことはどうでもいいのです。とにかくおいしかった。それだけです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年4月24日（土）天才日本語クラブ</h3>
<p>
	<img alt="天才日本語クラブ" class="imgleft" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/06/2010042401-thumb-250x187-1733.jpg" width="250" />たけし日本語学校の生徒兼先生であるトスさんの発案により、先々週からスタートした「天才日本語クラブ」。毎週土曜日の夜20時半から21時半まで、たけし日本語学校の教室で日本語の勉強や日本文化の紹介が行われます。その週に何をするかは、全てトスさんが決め、山下先生と私はその準備を手伝います。クラブは全てトスさんが仕切り、山下先生と私は教室の後ろで見ているだけです。まさに生徒主体のクラブということができます。このクラブの入会資格は、「たけし日本語学校の生徒であること」のみです。ですから、ひらがなやカタカナをやっと覚えたばかりの生徒から、敬語を上手に操れる生徒までが、ひとつの教室に集まるわけです。当然レベルは初級の生徒に合わせなければならなくなるので、残念ながら上のレベルの生徒は2回目以降、ほとんど来なくなってしまいました。というわけで、天才日本語クラブは初級日本語の授業のような感じになってしまいましたが、それでも初級の生徒にとって日本語に触れる機会が増えるのはとてもいいことです。</p>
<p>
	この天才日本語クラブには、3つのスローガンがあります。その3つとは「長生きします」「こつこつ努力します」「日本語が上手になります」です。これもトスさんが考えました。スローガンに「長生きします」が入っているというのがユニークだし、ただ「努力します」ではなく、「こつこつ努力します」にした所が非常におもしろい、と私は思っています。<br />
	このスローガンを毎回、出席者全員で唱和するのです。こんな風に・・・</p>
<p>
	トスさん「天才日本語クラブ！」<br />
	生徒全員「長生きします！」<br />
	トスさん「天才日本語クラブ！」<br />
	生徒全員「こつこつ努力します！」<br />
	トスさん「天才日本語クラブ！」<br />
	生徒全員「日本語が上手になります！」</p>
<p>
	いいでしょう？天才日本語クラブの今後の展開が楽しみです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年4月25日（日）涼しい夜</h3>
<p>
	昨日はほぼ一日中雨が降っていました。乾季も終わったようです。雨が降ると、決まって涼しくなります。昨夜は本当に久々に涼しいと感じる夜でした。気温はおそらく20度ちょっとという所でしょうか。寝苦しさがなく、非常に快適でした。また、涼しいと体の疲れ方が全然違うということに驚かされます。一日に5時間も6時間も立ちっぱなしで授業をすると、夜は本当に足が火照ってだるいのですが、涼しいとそれもそんなにひどくならないようです。</p>
<p>
	しかし、雨が降ると、涼しく快適な夜が過ごせるようになる一方で、別の問題も出てきます。それは、ジェフェリと蚊です。雨が降ったその日の教室は、ジェフェリと蚊だらけです。本当に雨が降った瞬間に出てくる、という感じで、その瞬発力には本当に驚かされます。しばらくは、昼間はジェフェリ、夜は蚊と闘わなければなりません。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年4月26日（月）今日のワイドショー</h3>
<p>
	今日の晩ご飯の時、山下先生が日本のワイドショーネタを教えてくだしました。沢尻エリカ離婚のニュースです。久々に日本のワイドショーネタに触れたという感じがしました。</p>
<p>
	ジャパンハウスでテレビを見る時は、ベナンのテレビ局の番組か中東のアルジャジーラのニュース専門番組をよく見ます。ベナンのテレビ局の番組は、大体はベロちゃんの好みにより、歌（踊り）番組かドラマが多いです。山下先生と私がニュースを知るために見るのは、中東のアルジャジーラの英語放送が多いです。アルジャジーラと聞くと、イスラム系の衣装を着たキャスターがアラビア語でニュースを読む、というようなイメージがあるかもしれませんが（少なくとも私はそういうイメージでした・・）、英語放送はスーツ姿のお姉さんやお兄さんやおじさんが出てきて、当たり前ですがきれいな英語でニュースを読みます。アメリカのCNNや、イギリスのBBCのようなイメージです。</p>
<p>
	アルジャジーラは当然のことながら、中東地域や西アジアのニュースを多く流します。ですから、例えばイランの核開発だとか、アフガニスタンやパキスタンで自爆テロがあって何人が犠牲になりましたとか、ガザ地区の問題とか、イエメンに国際的なテロリストがいるとかそういったニュースが非常に多いです。おそらく私は、日本に帰るまでに中東地域の情勢にかなり詳しくなっていると思います（笑）。</p>
<p>
	とにかく、アルジャジーラから得ることのできるニュースは、お世辞にも楽しいものではありません。いつも若干沈んだ気分になります。じゃあ、見なければいいじゃないか、とお思いになるでしょうが、見てしまうのです。英語の勉強にもなるし、おそらく外のニュースも少しくらいは知っておきたいという気持ちがあるのだと思います。</p>
<p>
	そんなこんなで、日本のワイドショーのニュースは何となくほっとするようなニュースでした。アルジャジーラを見ていて知ることのできる日本のニュースは、首相が辞めましたとか、車のリコールの問題や、まぐろや捕鯨の問題と言った話題です。当たり前ですが、日本で今どんな歌が流行っているかとか、どんなお笑い芸人が人気があるとか、誰と誰が結婚したとか、そういうニュースは知ることができません。そういうニュースに飢えているというわけではないのですが、とにかく今日、そのニュースを聞いて何となくほっとしてしまいました。沢尻エリカさんには本当に申し訳ないのですが・・・。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年4月30日（金）灌漑工事</h3>
<p>
	<img alt="灌漑工事" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/06/2010043001-thumb-250x187-1735.jpg" width="250" />私が住んでいるコトヌーは、ベナンで一番大きい街です。そして、いろいろな問題を抱えています。その問題のひとつに、水の問題があります。飲み水も問題なのですが、それと同じくらいに雨水をどう処理するか、というのが大きな問題です。毎年雨季になると、町中に池のような水たまりができます。普通のバイクや車は通れないほどの水たまりができるところも多々ありますし、土地が低い所では床上浸水は当たり前です。その問題を解決するべく、町のあちこちで、道路の穴を埋める作業が行われています。ですが土の道に土を足すだけなので、結局は雨で土が流れてしまって、一時しのぎにしかなりません。</p>
<p>
	私がコピー屋に行く途中の道には、大きな池があります。そこは周りよりも土地が低いので自然と水が集まってきて池になったようです。ちなみに、以前書きましたが、そこはゼミジャン（バイクタクシー）の運転手のトイレになっていて、そこを通るたびに池から漂ってくるなんとも言えない匂いを楽しむことができます。</p>
<p>
	今日、いつものようにその池にかかっている橋を渡っていると、池の脇にショベルカーやダンプカーが数台並んでいるのが見えます。どうやら、池を拡張して、「水の逃げ場」を作ろうとしているようです。つまり、ジャパンハウス周辺の地域に降った雨は、全部そこに流れ込むようにしようというわけです。果たしてうまくいくのか・・・。これから雨季を迎えるにあたり、差しあたってこの地域の命運を左右する重要なプロジェクトになりそうです。</p>
<p>
	ちなみに、わたしがコピー屋からの帰り道に工事現場を覗いてみると、大型のショベルカーが一台、沼地にはまって動けなくなっていました。ちょっと先が思いやられます・・・。<br />
	写真は、その動けなくなったショベルカーです。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>お便り 70 - 4月前半</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/letters/001069.html" />
<id>tag:www.zomahoun.com,2010:/ife/columns/teacher//44.1069</id>
<published>2010-06-03T21:23:22Z</published>
<updated>2010-06-03T21:31:53Z</updated>
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<name>日本語教師の窓</name>

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<category term="お便り" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />

<content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/">
<![CDATA[<h3>
	2010年4月1日（木）小刻みに</h3>
<p>
	小刻みな停電に悩まされました。恒例の10時間停電の後、やっと復旧したと思うと10分から30分おきくらいの感覚で小刻みに停電します。</p>
<p>
	こういう時はもうあきらめて寝るしかないんですね。暗闇の中で寝ころがりながら授業の構成を考えています。</p>
<p>
	授業の時の停電もやっぱり困ります。先日は、授業中10分おきに短い停電があって、授業に出席していた秘書のダベデさんはその度に発電機の所まで走って行って、発電機を回したり止めたりしていました。何回も教室と発電機の往復を繰り返していたので、ダベデさんは疲れきってしまい、それはそれでおもしろい光景だったのですが、さすがにベナン人の皆さんもこの停電には呆れ気味のようでした。</p>
<p>
	しかしいつまで続くのでしょうか、この停電は。このまま今の状態が普通になってしまいそうでこわいです・・・。たぶんそうなったらそうなったで、私達も何とかやっていくんでしょうが・・・。すでにこの停電地獄に慣れてきている自分にちょっと驚きます。こうやって、人間は環境に適応していくんですね〜。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
<![CDATA[<h3>
	2010年4月2日（金）強力粉でうどん</h3>
<p>
	<img alt="うどん" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/06/2010040201-thumb-250x187-1714.jpg" width="250" />山下先生の夢は、将来ベナンでうどん屋を開くことらしいです。今日はその夢の実現のための第一歩として、ジャパンハウスでうどんを作ってみました。強力粉で。</p>
<p>
	なぜ強力粉で作ったかというと、強力粉しか見つけられなかったからです。スーパーで薄力粉も探してみましたが、どうしても見つけることができませんでした。</p>
<p>
	というわけで、以前うどん屋で働いていた経験をお持ちの山下先生に、強力粉でうどんを作っていただきました。強力粉のうどんは、当たり前ですがかなりこしがあります。おそらく「こし」という言葉は適切ではないと思うのですが、とにかく硬いです。そして、太いです。しかし、山下先生は工夫に工夫を重ね、比較的細めの麺を作ることに成功しました。それを茹でて、麺つゆでいただきました。</p>
<p>
	すいとん風のうどんでしたが、とってもおいしかったです。やっぱりうどんはいいですね。日本の料理は偉大です。ベナンに来て本当にそう思います。<br />
	ちなみに今私が一番食べたいものは、納豆です。しかしさすがにこれは作れないし持って来られないので、もう少し我慢したいと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年4月4日（日）ミスコンテスト</h3>
<p>
	最近やたらとミスコンテストに招待されます。もちろん私個人が呼ばれているわけではなく、たけし日本語学校（IFE財団）としてミスコンテストに招待されているのです。</p>
<p>
	その理由は、ミスコンテストの主催者が、上位入者の賞品として「たけし日本語学校で勉強できる権利」をつけているからです。もともと無料のたけし日本語学校を賞品にしてどうするのだろうという疑問はありますが、とりあえず私はきれいな女の人を見る機会が増え、若干精神的な潤いを得ています。</p>
<p>
	そのミスコンテストのコンセプトは「きれいで、頭がいい女性を選ぶ」ということらしいです。つまりきれいなだけじゃだめなのです。教養もなければいけません。ミスの候補者は8名で、ほとんどが高校生です。審査項目は歌（歌自体は口ぱくなので、表現力を見るためのものだと思われる）、ダンス、ベナンの伝統的な踊り、1対1のディスカッション、グループディスカッション、ペーパーテストと多岐にわたります。それら全てを、ステージ上で行い、それを審査員が審査するのです。観客は候補者の家族が多いようでしたが、とにかく野次がすごい。野次に負けて途中でディスカッションを放棄してしまう候補者もいました。</p>
<p>
	わたしはトス先生と一緒に、たけし日本語学校代表として参加しました。当初は座っているだけでいいということだったのですが、着いてからプログラムを見てみると、しっかりスピーチすることになっていました。もちろん事前の打ち合わせ等はありません。スピーチをして下さいという正式なオファーもありません。この辺は予想の範囲内なのですが、なんと、審査員が来ないとかでトスさんが急きょ審査員をすることになってしまいました。トスさんはまじめな性格なので、真剣に審査員をしていました。私はトスさんの隣に座って、「絶対に2番がいい」と言い続けていたのですが、トスさんに「先生、2番はとてもきれいですが、フランス語があまりきれいじゃありません。テストもあまりよくないです。」とあっさり却下されてしまいました。</p>
<p>
	<img alt="ミスコンテスト" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/06/2010040401-thumb-250x187-1716.jpg" width="250" />コンテスト自体は、いつも通り2時間遅れで始まり、いつも通りの行きあたりばったり進行で、なかなかスムーズに進みません。さらに、隣の審査員席では、トスさん対他の2名の審査員の間で何やら戦いが繰り広げられています。トスさんに聞いたところによると、トスさん以外の審査員とミスコンテストの主催者は賄賂をもらっているらしく、不自然にある一人の候補者を一位にしたがるらしいのです。ベナンの政治は賄賂の噂ばかりですが、ミスコンテストで賄賂に遭遇するとはちょっと驚きました。しかし、これは一体どうなるのか。主催者側が一位にしたい候補者はどう考えてもベスト3に入れるかどうかも怪しいレベル。私がいち押しの2番と、ずば抜けて優れている4番の争いになりそうなのは、誰が見ても明らかでした。賄賂が勝つのか、良識が勝つのか・・・。</p>
<p>
	結果は、4番が一位、2番が二位でした。トスさんが一人で最後までがんばったらしいです。えらい！しかし3位は賄賂組に押し切られたらしく、こちらから見ていても「あの子が3位？」という結果でした。</p>
<p>
	なんだかとてもおもしろいミスコンテストだったのですが、終わって時計を見ると、なんと深夜12時半・・・。予定を3時間近くオーバーしています。ま、楽しかったからよしとしましょう。6時間近く一人で賄賂組と闘い続けたトスさん、本当にお疲れ様でした。</p>
<p>
	写真は、ミスコンテストの1位から3位の皆さんです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年4月5日（月）眠れない夜</h3>
<p>
	なかなかうまくいかないことがあります。理不尽なことが山ほどあります。でも、そこでふてくされたりへこんだり、集団で理不尽さに対して愚痴っても何の意味もありません。眠れないほど悔しいけど、そこでどれだけ自分と生徒に対して厳しくなれるか、そこが勝負の分かれ目だと思います。集団で傷を舐め合っても仕方がないので、その理不尽さに対してどうやって立ち向かっていくか、どうやって状況を好転させるか、それを考えなければなりません。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年4月10日（土）ビジネスマン</h3>
<p>
	たけし日本語学校には、よく日本人の方が見学に来られます。多くはアフリカ一周や半周旅行中の方や、短期旅行中の方が多いです。</p>
<p>
	しかし、今日たけし日本語学校にいらっしゃった方は、ビジネスが目的でベナンに滞在されている方でした。その方が働いている商社では、今後ベナンでのビジネスを前向きに考えているとのことでした。こういう話は本当にうれしいです。日本企業がベナンに進出してくるということは、それだけたけし日本語学校の生徒のチャンスが広がるということです。</p>
<p>
	もちろん話はそう簡単ではありません。ビジネスで通訳をできる程のレベルに達している生徒はごくわずかです。それに現時点では企業側も、日本語&mdash;フランス語の通訳ではなく、英語&mdash;フランス語の通訳を探す可能性が高いです。実際に今回見学に来られた方も、英語&mdash;フランス語の通訳の方と一緒でした。日本人が英語を流暢に話せるのであれば、それで問題ないわけです。</p>
<p>
	しかし、もちろん進出してくる企業が増えれば、そしてひとつ、ふたつと前例ができれば、たけし日本語学校の生徒が通訳として、また現地社員としてその企業で働くことも夢ではないと思います。道はまだ遠いですが、日本大使館ができたことで、少しはその夢に近づいているような気もします。現在3ターム目に入ったビジネスコースは、基本的に日本で働く時に必要な日本語を教えていますが、もちろんそれはベナンで日本人と働く時にも役立つものです。いつか、このビジネスコースの内容が、生徒の役に立つ日がくればいいなと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年4月11日（日）気を抜くと・・・</h3>
<p>
	ベナンに来て、ほぼ10ヶ月になろうとしています。今まで、トータルで400コマ位は授業をしてきたと思います。毎回の授業の前に作っている教案もかなりの数になりました。だからと言って油断していたつもりはないのですが、知らないうちに少し気が緩んでいたのかもしれません。</p>
<p>
	今日の夜のOPQクラス。授業をしながら、何となく生徒の反応が悪いことは感じていました。そして授業が終わる間際に一人の生徒が言いました。「先生、○○（今日の指導項目）は何ですか？」。つまり今日勉強した内容が全く伝わっていなかったということです。非はもちろん教師にあります。いきなり横っ面を平手打ちされたような気分です。</p>
<p>
	このOPQクラスは、来週も同じ内容をしますが、来週こそは絶対にわかりやすい授業をしてやる！と心に誓いました。他のクラスでももう一度初心に返って授業をしたいと思います。何事も初心を忘れちゃいけませんね、ほんとに。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年4月12日（月）<em>Honda</em></h3>
<p>
	今日の午前中、ホンダの営業担当の方がたけし日本語学校に見学にいらっしゃいました。この方は、以前にも一度たけし日本語学校に来て下さっていて、私や山下先生とはすでに顔なじみです。ベナンの交通はバイクが主なので、ベナンでホンダのバイクをもっと流通させたいということでした。</p>
<p>
	先日たけし日本語学校にいらっしゃった商社の方と言い、今回のホンダの方のといい、日本人のビジネスマンの方がたけし日本語学校にいらっしゃることが増えてきたように思います。それだけ日本企業がベナン（西アフリカ）に目を向けているということでしょうか。この流れが、もっと強い流れになればいいなと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年4月14日（水）荷物が</h3>
<p>
	ついに日本の家族から送ってもらっていた荷物が私の手元に届きました。国際宅急便の会社の営業所に足を運ぶこと7回、費やした時間は、荷物がベナンに到着してから約2ヶ月。さらにさらに、完全にどこかに行ってしまったと思ってあきらめていた郵便の荷物も、郵便局の倉庫で見つかりました。こちらは日本を出発してから私の手元に届くまで、航空便で5ヶ月ほどかかりました。とにかくよかったです。</p>
<p>
	ふたつの荷物は、ほぼ内容物が同じだったため、私の部屋にはいきなり物があふれてしまいました。おそらくふりかけや梅干しは半年分くらいはあると思います（笑）。さらには味の素も手に入りました。日本の家族に感謝です。梅干しとふりかけと味の素があれば、私と山下先生の食生活はかなり豪華なものになります。私達が自炊するのは基本的に毎週金曜日だけですが、うめぼしとふりかけは、今後週一回のささやかな楽しみになりそうです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年4月15日（木）されどインターネットは使えず</h3>
<p>
	今回、私が日本から送ってもらった荷物の中で、ある意味最も重要なものは、インターネット接続のための電話回線の変換アダプターと、アナログモデムでした。ジャパンハウスのインターネットはダイヤルアップですが、私のパソコンは比較的新しいタイプのものだったため、ダイヤルアップ用のモジュラージャックがついていいなかったのです。まさか自分のパソコンにダイヤルアップ用のジャックがないなんて、ベナンに着くまで気がつきもしませんでした。</p>
<p>
	とにかくそういうわけで、私はベナンに来てから10ヶ月程、インターネットはネットカフェに自分のパソコンを持ち込んでするか、山下先生にパソコンを借りてしてきました。しかしながら、頻繁にネットカフェに行けるわけではありません。さらに埃だらけのネットカフェで、しかも半分屋外という環境で自分のパソコンを使うというのはかなり度胸がいります。雨期には道が水溜まりだらけになるので、水没のリスクも増します。山下先生にパソコンを借りる時も、山下先生の仕事を中断させてしまうことになり、迷惑をかけることになってしまいます。時にはネットに接続するまでに30分近くかかってしまうこともあり、そういう時は長時間パソコンをお借りすることになってしまうので、本当に申し訳ない気持ちになります。</p>
<p>
	というわけで、何とかこの状況を打開するべく、日本から電話回線変換アダプターとUSBアナログモデムというものを送ってもらいました。そして、先日やっと日本からの荷物が届きました。期待するな、期待するな、と自分に言い聞かせながらも、つい期待は膨らんでしまいます。</p>
<p>
	そして結果は・・・、残念ながらインターネットは使えませんでした。</p>
<p>
	非常に、残念・・・。</p>
<p>
	かくなるうえは、日本で中古のパソコンを買ってもらい、ゾマホンさんがベナンに一時帰国する際に持ってきてもらおうか、などと考えています。私はもう一年ベナンにいることにしたので、日本の事務局と連絡を取るためにもインターネットはどうしても必要なのです。しかも山下先生は6月で日本に帰ってしまいます。何とかしなければなりません。今後もしばらくはインターネットとの戦いが続きそうです。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
</content>
</entry>
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<title>お便り 69 - 3月後半</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/letters/001057.html" />
<id>tag:www.zomahoun.com,2010:/ife/columns/teacher//44.1057</id>
<published>2010-05-27T06:03:00Z</published>
<updated>2010-05-27T06:09:31Z</updated>
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<name>日本語教師の窓</name>

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<category term="お便り" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />

<content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/">
<![CDATA[<h3>
	2010年3月16日（火）苦情</h3>
<p>
	最近どうやら、日本からの荷物がうまくベナンに届かないようです。私が日本から郵便で送ってもらった荷物も届きません。前任の先生が日本から送って下さった荷物も届きません。イギリスの知人から送ってもらった郵便も届きません。届く確率は5割というところでしょうか。</p>
<p>
	郵便があまりに信用できないので、日本から宅急便で送ってもらった荷物は、こちらの営業所に届いていることが確認できているにもかかわらず、「手続き上の理由」とかで何回営業所に足を運んでも荷物を受け取れません。ものすごい金額の関税を払ったのにも関わらず、です。この状況にはちょっと呆れてしまいました。</p>
<p>
	何回も郵便局に行ったり宅急便の営業所に行ったりするのは、本当に時間の無駄ですが、フランス語の練習にはなります。苦情を言うのは本当にいい練習になるんです。そういう場合は秘書のダベデさんやドライバーのイレネーさんが一緒についてきてくれるのですが、とりあえず自分が言いたいことはできるだけ自分で言うようにしています。</p>
<p>
	しかし、どれだけ文句を言っても相手は「だって仕方ないじゃん」という態度を崩そうとしません。誰が文句を言っても、答えはいつも「だって仕方ないじゃん。もう少し待ってよ。」です。前回は「もう3回も来て、お金も払ったのに荷物が受け取れないというのは、おかしいでしょう？」と文句を言ったら、「3回？それじゃ足りないわ。30回は来ないと受け取れないわよ。」と言われてしまいました。私は思わず笑ってしまいました。それまでは結構いらいらしていたはずなのに、その発言を聞いた瞬間に、その怒りはどこかへ行ってしまいました。ここまで徹底して「私に責任はない」という態度を貫かれると、客に対して全く媚びないその態度が逆にいいものに思えてくるから不思議です。</p>
<p>
	とりあえず私はあと27回ほど営業所に通う必要があるようです。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
<![CDATA[<h3>
	2010年3月19日（金）ガスとオレンジジュースを求めて</h3>
<p>
	<img alt="ガンヒの街の様子" class="imgleft" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/05/2010031901-thumb-250x187-1693.jpg" width="250" />今日は授業がない金曜日です。週一回の買い出しに出かけました。まだマラリアが完治していない山下先生をジャパンハウスに残して、今日は私とイレネーさんの二人でコトヌーの商業エリアであるガンヒに出かけました。今日買わなければならないものは、ガスとオレンジジュースです。ベナンではガスのボンベが町中のいたるところで売られていて、ガスがなくなったら空のボンベを持ってそこに行き、新しい、ガスがつまっているボンベを買うのです。ジャパンハウスの台所で使っているガスがなくなりそうだったので、ベロちゃんに買ってくるように頼まれたのです。それからオレンジジュースです。オレンジジュースは山下先生に頼まれたのですが、マラリアで苦しんでいる山下先生のためにも、こちらも是が非でも手に入れなければなりません。</p>
<p>
	ガンヒまでは車で15分程の距離です。いつも行くスーパーには、今日に限ってオレンジジュースがありませんでした。仕方がないので他のスーパーにも行ってみましたが、そこにもオレンジジュースはありませんでした。コトヌー最大のマーケットであるダントッパマーケットにも行ってみました。オレンジジュースはあるにはあるのですが、果汁何％かもわからない怪しげなものしかありません。山下先生は果汁100％のオレンジジュースが飲みたいのと言っていたので、ここは意地でも果汁100％のジュースを探さなければなりません。しかし、なぜか今日に限ってないのです。オレンジジュースを探しながら、通りにいくつもあるガス売り場（？）にも立ち寄りました。しかしどこのガス売り場にもガスがありません。何らかの理由でガスの供給がストップしているようです。いくつガス売り場を回っても、いくつスーパーや露店を回っても、ガスもオレンジジュースもありません。</p>
<p>
	最終的に、小さなスーパーでオレンジジュースは見つけることができたのですが、ガスは見つけることができませんでした。それにしても、今日に限ってガスとオレンジジュースが街中から姿を消してしまったようです。コトヌーの、特にガンヒには本当に物がたくさんあふれています。しかしながら、時々買いたいものがどこに行っても見つからない、というようなことが起こります。しかしそれは本当に一時的なものです。おそらく来週同じスーパーやガス売り場に行ったら、オレンジジュースもガスもちゃんとあることでしょう。</p>
<p>
	写真はガンヒの町の渋滞の様子です。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年3月23日（日）断水と停電とストライキと</h3>
<p>
	最近は、毎日長時間の停電やら断水やらとお付き合いしなければならない毎日なのですが、そういう生活の大変な所は、停電や断水の原因がわからない、という点にあります。</p>
<p>
	なぜ停電、断水しているのか。いつ復旧するのか。復旧のめどが立っているのか、いないのか。そういった情報が一切ありません。生徒曰く、水道局や電気会社に電話しても、冷たくあしらわれるだけだそうです。日本にいると情報がありすぎて疲れてしまうことがありますが、ベナンでは逆に情報が極端に不足しているので不安になります。何事もほどほどがちょうどいいということですね。</p>
<p>
	停電や断水が続いた時に文句を言う人はいないのだろうかと思うのですが、どうやら大多数の人は仕方がないから、ということであきらめてしまうようです。たしかにそういう境地でないと、暮らしていけないと思います。私も最近は、できるだけ何事にも期待しないようにて生活しています。それは別に全てに対してマイナス思考で、下を向いて生きるということではなく、「実現したらラッキー」というような考え方をした方が喜べるチャンスが増えるからです。その方がどう考えても合理的です。でも、市民がみんな「仕方ない」という考え方になると、誰も政府や水道局や電機会社を批判する人がいなくなってしまいます。批判する人がいないと、何も改善されません。批判することって実は大切なんだ、と最近気づきました。</p>
<p>
	それでも国の制度に対して異議を唱えている人たちもいます。学校の先生です。ベナンの学校の先生の給料はとても安いそうで、教師の仕事の他にアルバイトをしないと食べていけないそうです。日本語学校の生徒の中にも高校の先生がいますが、その人も家庭教師のアルバイトをしているそうです。そして、あまりにも給料が安いので、先生たちはよくストライキをします。生徒が学校に行っても先生が来なかった、ということは頻繁にあるようです。大学の先生がストライキをするのはまだ想像できるのですが（実際、ベナンの大学の先生もストライキが大好きです）、高校や中学校や小学校の先生がストライキをしてしまうのは、あまりよくないと思います。学校の建物自体は増えているけれど、先生の質や先生への待遇が悪すぎる、というのがベナンの現状だとJICAの隊員の方も話しておられました。</p>
<p>
	先生がストライキをして被害をうけるのは、結局生徒です。ストライキは頻繁に行われていますが、先生の給料がよくなったという話は聞きません。じゃ、誰が国や政府を批判できるのか、と考えると・・・、やっぱりマスコミなのかなあ、と思います。マスコミの仕事って大切なんですね。<br />
	ベナンに来て、批判することの大切さやマスコミの大切さを実感している毎日です。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年3月23日（火）停電</h3>
<p>
	なんだか最近停電だとか断水だとか、そんな話ばかり書いているような気がしますが、でもあまりにも頻繁に起こるので、ついつい書きたくなってしまうのです。</p>
<p>
	昨日と今日と明日は、たけし日本語学校は授業がありません。タームとタームの間の短い休みです。この授業のない3日の間に、たまっている事務仕事を一気に片付けてしまおう！と私も山下先生も思っていました。普段は授業の準備で手いっぱいで、なかなかその他の仕事まで手がまわりません。ですから、次のタームを気持ちよくスタートさせるためにもこの休みはがんばらねば！と気合いを入れていた矢先、そんな気合いに水を差してくれるのはやっぱり停電です。</p>
<p>
	停電は昨日の9時頃から始まりました。大体いつものパターンだと、20〜30分位で復旧するので、今回もそれくらいかなと思っていたのですが、1時間経っても2時間経っても復旧しません。ということはこれは少し長めのパターンか。たぶん復旧は夜中の2時頃だな、と思ってとりあえずちょっと寝てみることにしました。深夜2時、まだ電気は来ません。まさか朝までってことはないだろうと思いながら、もうひと眠り。朝、電気は来ません。パソコンを使う仕事が多いので、全く仕事がはかどりません。焦ってもしかたないと自分に言い聞かせながらも、明らかに焦っている私。昼の12時、まだ電気はきません。まさかこのまま永遠に電気がこないのかしら、と思っていたら、2時過ぎに電気がつきました。私も山下先生もほっと一安心。が、そこで安心していてはいけません。いつまた停電がやってくるかわからないので、その前にできるだけ仕事を進めておかなくてはなりません。というわけで、がんばって働きました。案の定、その後も短い停電が何度かあって、その度にドキッとさせられましたが、なんとか20〜30分程度の短い停電ですんでいます。</p>
<p>
	断水よりは停電の方がまだましです。しかし、定期テストを作っている時や、事務仕事が溜まっている時、コピー屋で教材をコピーしている時などに長時間の停電に出くわすとさすがに少し困ってしまいます。最近ずいぶん停電が多いので、なんとかしてこの停電と仲良くできないものかといろいろ考えているところです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年3月26日（金）たけし日本語学校全体ミーティング</h3>
<p>
	今日は、たけし日本語学校の生徒全員が集まって、現在ベナンに一時帰国中のゾマホンさんを交えて会議が開かれました。この会議の主旨は、ゾマホンさんがたけし日本語学校の生徒の皆さんに対して、学校設立の目的や心構えなどを伝えるというものです。</p>
<p>
	ゾマホンさんはいつも通り1時間遅れで到着し、いつも通り予定の時間を1時間程オーバーしても話し続けるという感じでしたが、特に今回初めてゾマホンさんの話を聞く生徒は、いろいろと感じるものがあったと様子で、うんうんとうなずきながら聞いている生徒も多かったです。こういう時のゾマホンさんの話術というか、カリスマ性はすごいなといつも思います。ゾマホンさんのスピーチの後は簡単な質疑応答があり、会議はお開きとなりました。</p>
<p>
	今日はゾマホンさんのお話以外にも、1月から始まったたけし日本語学校の新しいシステムについての話や、日本の事務局からのメッセージなど、内容の濃い会議になりました。とにかく、無事に終わってよかったよかった。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年3月28日（日）お出迎え</h3>
<p>
	今日は、日本からいらっしゃるテレビ局の皆さんのお迎えに、空港へ行ってきました。今回の撮影の企画は、北部の小学校で、小学生とたけし軍団の方が一緒に芸術作品を作るというものらしいです。テーマは「水」ということでした。たけし軍団の方は、本当に気さくな方でした。</p>
<p>
	10数名の生徒と一緒にお出迎えに行き、ベナンと日本の国歌を歌い、空港の前で本当に簡単にですが歓迎のセレモニーのようなものをしました。</p>
<p>
	テレビ局のクルーの皆さんはこれから約一週間ほどベナンに滞在し、北部を主な拠点として撮影をされるそうです。この番組を通して、ベナンのことが日本に少しでも伝わればいいなと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年3月29日（月）どうにかなるさ</h3>
<p>
	前回、停電と仲良くなる方法を考えたい、というようなことを書きましたが、その結論が出ました。残念ながら、停電とは仲良くできません・・・。</p>
<p>
	しかし最近はちょっと異常です。今までも停電はほぼ毎日起こっていたのですが、せいぜい1日に1時間程度でした。最近は、毎日10時間近く停電します。どうしてしまったのでしょうか。私達は基本的に昼間は授業をして、夜、授業の準備やその他の仕事をするわけですが、その大切な夜の時間に停電されるととても困るのです。</p>
<p>
	そこで私は考えました。これだけ停電するということは、おそらくこの停電に対して、私自信が何らかの態度を決めなければならないのではないか、と。停電の度にイライラしていたのでは、精神衛生上よくありませんし、非合理的です。どういう心構えでこの停電に対するか、考えた方がいいと思ったのです。</p>
<p>
	停電にたいしてとり得る態度として、まず第一に思いつくのは、「電気は最初からないものとして生活する」というものでしょう。しかしこれは私には無理です。今までずっと電気の恩恵を受けて生活をしてきましたので、それがない生活はちょっと・・・。パソコンを使わねばならない仕事も多いので、現実的に難しいという理由もあります。</p>
<p>
	そこで、もうひとつ考えられるのは、「どうにかなるさ」という態度です。1日に何時間も停電されると、当然のことながら仕事ははかどりません。ですから当然焦ります。イライラします。しかしそこで、「どうにかなるさ」という心境になれたら、気分はだいぶ楽です。もちろん現実は、「どうにもならない」ほど仕事が溜まっていくわけです。そこで、停電の時は「どうにかなるさ」と思っておいて、電気が復旧したら必死で働くわけです。「どうにかなるさ」と思っていても、仕事を投げ出したりするわけではなく、あくまで「どうにかなるさ」でその場をしのぎ、後でがんばるのです。</p>
<p>
	そう簡単にいくわけがないとお思いになるでしょうが、ところがどっこい、時々はうまくいくのです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年3月30日（火）大使館オープニングパーティ</h3>
<p>
	今日、コトヌー市内にあるMARINA HOTELで、在ベナン日本大使館のオープニングセレモニーがありました。MARINA HOTELはおそらくベナンで一番の高級ホテルで、中はまるで別世界です。</p>
<p>
	参加者は、日本側は大使館の職員の方々と、ベナンの政府関係者、西アフリカの大使館関係者の方々、JICAの皆さん・・・ととにかくたくさんです。誰が誰だか、正直に言ってよくわかりませんでした。当たり前と言えば当たり前ですが・・・。IFEからは、ゾマホンさんと山下先生と私が出席しました。セレモニーは立食パーティの形式で行われ、在ベナン日本大使とベナン側の代表のスピーチが行われました。大使とも直接お話しさせていただきましたが、とても穏やかな方でした。今回の大使館の設立で、今後は日本語能力試験の実施や、ベナン人の日本留学者数増加や、日本企業のベナン進出など、いろいろな可能性が出てくると思います。可能性だけでなく、それらを実現できるように、日本語学校としても大使館にいろいろ働きかけていきたいと思っています。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>お便り 68 - 3月前半</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/letters/001046.html" />
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<published>2010-05-17T06:41:55Z</published>
<updated>2010-05-17T07:02:12Z</updated>
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<name>日本語教師の窓</name>

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<category term="お便り" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />

<content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/">
<![CDATA[<h3>
	2010年3月1日（月）ベナンの電気事情</h3>
<p>
	ベナンは電気を他の国から輸入しています。ベナン国内にも発電のための設備はあるようなのですが、その発電所だけでは国内の全ての電力を供給することができないので、例えばトーゴなどの近隣諸国から電気を買っているのです。</p>
<p>
	自分の国で使う電気を国内でつくれないというのは、なかなかつらいことだと思います。もちろん日本も石油や食料を大量に外国から輸入しているので、そういう状況はベナンと同じと言えます。</p>
<p>
	しかし、電気を長い距離送るとなるとさすがにロスも大きいでしょうし、他の国で何か問題が生じて発電ができなくなるとたちどころにベナンもその影響を受けてしまいます。何年か前にベナン政府は、電気の自給率を上げるべくガス発電用の施設を建設し、機械等も輸入したそうですが、現在それは稼働していないそうです。なんでも、すぐに壊れてしまって使い物にならなかったとか・・・。政府の詳しい状況はわからないのですが、道路とか電気とか水とか、その辺は早急にがんばってほしい所だなと思います。それからもちろん教育も。しかし、この国で生活していると、その道は果てしなく長く険しいもののように感じてしまいます。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
<![CDATA[<h3>
	2010年3月2日（火）フォン語の授業</h3>
<p>
	毎週火曜日の朝、私と山下先生はフォン語の授業を受けています。先生は、JKLMクラスのジェラさんです。フォン語はベナンの言葉で、ベナン国内で一番話者が多い言語です。特にベナンの南部ではフォン語が多く話されています。</p>
<p>
	ベナンの公用語はフランス語ですから、テレビ番組や会議、イベント等で使われる言語は全てフランス語です。しかし、日常会話では民族の言葉も多く使われます。それでも使われている割合はフランス語の方が少し多いような気がします。私は、どんな場面でフランス語が使われ、どんな場面でフォン語が使われるのかいつも観察しているのですが、また明確な答えは出ていません。最初はまじめな話をする時はフランス語で、世間話をする時と喧嘩する時はフォン語が使われるのではないか、という仮説を立てていましたが、どうやらそういうわけでもなさそうです。ただ自信を持って言えるのは、日本人にあまり聞かれたくない話をする時はフォン語が使われます（笑）。別に悪口を言っているわけではないと思いますが、意外と相手に聞かれたくない（相手が知らない方がいい）話というのは多いもので、そういう時に仲間内だけで通じ合える言葉を持っているのは便利だなと思います。</p>
<p>
	とにかくそのフォン語を勉強しているわけですが、英語ともフランス語とも全然違うので、なかなか大変です。現時点では全然は話せません。ただ、フォン語と戯れている、という感じです。こういう言葉を勉強していると、生徒が日本語を勉強する大変さが身にしみてわかります。生徒にとっての日本語は私にとってもフォン語みたいなものだと思います。しかも日本語には「漢字」という厄介なものまであります。生徒の大変さが何となくわかるというだけでも、フォン語を勉強している価値はあるのかな、などと思いながら、授業を受けています。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年3月3日（月）牛追い祭り？</h3>
<p>
	<img alt="捕獲された牛" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/05/2010030302-thumb-250x187-1679.jpg" width="250" />今日、ジャパンハウスの前の道で、ちょっとした騒ぎがありました。</p>
<p>
	昼過ぎ、私は自分の部屋で夜の授業の準備をしていました。なんだか外が騒がしいなと思っていたら、いきなりジャパンハウスの秘書兼お料理係のベロちゃんが「先生！！！」と大声で私を呼びました。</p>
<p>
	あまりにも切迫していて、しかも楽しそうな声だったので、こいつはなにかハプニングが起こったなと思い、素早く外に出て、屋上に駆け上がりました。屋上から下の道を見ると、そこには大きな人垣ができています、そしてその真ん中にいるのは、「牛」でした。</p>
<p>
	<img alt="牛捕獲の瞬間" class="imgleft" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/05/2010030301-thumb-250x187-1677.jpg" width="250" />何かのお祭りで使う予定だった牛が逃げ出してしまったらしいのです。牛はかなり気が立っている様子で、いろんな所に向けて突進を繰り返しています。トタンの壁に頭から突っ込み、「ガシャン」という音があたりに響き渡ります。そして、周りにいる人たちは楽しそうに逃げ回っています。そのうち、数人の男達が縄をもって現れました。その中にはなぜか、ジャパンハウスの運転手のイレネさんもいました（笑）。どうやら、「縄を牛の足に引っ掛け転ばせよう作戦」が開始されるようです。何度か縄を足に引っ掛けようと試みますが、その度にうまくかわされ、怒った牛が突進する、という状況が続きます。そしてついに、牛の足に縄がかかりました。縄が強くひかれ、牛は「ドテ」という感じで地面に転がりました。そして、大歓声、拍手喝采です。</p>
<p>
	牛はその後、縄で足を縛られ、どこかへ運ばれて行きました。今回の捕獲作戦で大活躍だったイレネーさんは「おれがあいつを転ばしてやったんだぜ〜」と言ってとってもうれしそうでした。</p>
<p>
	私はいわゆる高みの見物でしたが、非常に楽しかったです。今日もベナンは平和です。</p>
<p>
	写真は、牛が捕獲された瞬間と、それを取り囲むご近所のみなさんです。ちなみに写真の中で、うれしそうにどこかを指さしている黄色いシャツの男性がイレネさんです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年3月6日（日）葬儀</h3>
<p>
	今日は、生徒のお父さんの葬儀に出席するために、コトヌーから車で2時間半程の距離にある、パオヤンという村へ行ってきました。同じクラスの生徒数名とバスで行きました。</p>
<p>
	葬儀は屋外で行われたため、非常に暑かったです。約2時間程の葬儀に出席し、生徒にあいさつをして帰って来ました。それにしても、最近はいつもにも増して「○○さんの家族がなくなった」というニュースを聞くことが増えたような気がします。やはり、乾季の天候も影響しているのでしょうか。雨が降らず、常に気温が常に高いこの季節はベナン人にとっても大変な季節なようです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年3月7日（日）暑い</h3>
<p>
	当り前のことなんですが、毎日暑いです。太陽の日差しが痛いです。ベナン人も暑い暑いと言っています。特に暑いのは教室とジャパンハウスです。教室はドアと窓がないので、涼しそうな感じがするのですが、コンクリートで作られているので、昼間の授業は非常に暑いです。先生も生徒も汗だくです。</p>
<p>
	しかし、夜外に出ると、風は若干涼しくなっているような気がします。夜の授業が終わってから屋上に上がると、夜風が気持ちいいです。ただ、残念ながら風がない夜も多いわけですが・・・。</p>
<p>
	ここに2年近くすんでいる山下先生によると、今の大乾季を経験すると雨季の6月あたりは天国のように感じる、とのことでした。とりあえず、天国目指してがんばりたいと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年3月8日（月）生徒が好きな話題</h3>
<p>
	<img alt="JKLMクラスの皆さん" class="imgleft" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/05/2010030801-thumb-250x187-1681.jpg" width="250" />たけし日本語学校の生徒は愛の話や恋の話、そして下ネタが大好きです。これはおそらく、たけし日本語学校の生徒やベナン人に限ったことではなく、全世界的な傾向だと思うのですが、詳しく調査したわけでもないので、とりあえず「たけし日本語学校の生徒は愛の話や恋の話や下ネタが好きです」ということにしておきたいと思います。</p>
<p>
	もちろん四六時中そんな話をしているわけではありませんが、ふとした時に話題がそういう方向にいった場合、本当に楽しそうに話し始めます。もちろん日本語で話すのですが、その時の表現の仕方が面白いのです。</p>
<p>
	例えば、明日の朝早く生徒と会う用事がある時、私はその生徒に「○○さん、明日遅れないで下さいね」というようなことを言います、すると生徒は「ん〜先生、私は今夜ベッドのスポーツをしますから、明日早く起きられません」などと言います。この表現は比較的によく聞く言い方ですが、ある生徒は、「すみません先生、私は今晩ベッドで泳ぎますから、明日早く起きられません」という表現を使いました。私は、ちょっと感心してしまいました。「ベッドで泳ぐ」、なるほど、という感じです。</p>
<p>
	以前このブログ上で「希望は生命保険」という生徒の書き初めについて紹介しましたが、今回の「ベッドで泳ぐ」にしても「希望は生命保険」にしても、そういうセンスあふれる（と私には思える）言葉に出会えるのは日本語教師の役得だ、と私は思っています。</p>
<p>
	写真は、特に下ネタ好きが多いJKLMクラスの皆さんです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年3月9日（火）コネの世界</h3>
<p>
	ベナンで仕事を探す場合、コネがとても重要らしいです。特に政府系の機関や、国営企業への就職はほとんどコネで決まるらしく、ある国営企業が10年近く一般への求人を出していない、という信じられないような事実もあるようです。欠員が出た場合、知りあいや家族でそれを埋めてしまうため、一般に求人を出す必要がないのです。</p>
<p>
	大学生が卒業後に就職できるかどうかは、実力があるかではなく、コネがあるかにかかっているようです。当然のことながら、優秀な人材よりもコネを優先する組織にいい仕事ができるわけもなく、それによる弊害もいろいろと出ているようです。</p>
<p>
	単純に考えて、能力のある人に仕事をさせないのは国にとって大きなマイナスだと思うのですが、なかなかその状況は変えられないようです。似たようなことは日本にもあるのかもしれませんが。</p>
<p>
	いつも真面目に日本語を勉強している生徒が、コネがなくて職にありつけないというような状況を見ると、せめてチャンスくらいはあげてほしいと思ってしまいます。国や企業のトップにいる一部の人とその関係者だけがいろいろな恩恵を受けているというのが現在の状況なわけですが、なんとかその状況が改善されないと、今後いろいろなことを良くしていくのは難しいのではないだろうか、と思ってしましまいます。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年3月10日（水）マラリア</h3>
<p>
	なんと山下先生がマラリアにかかってしまいました。最近、体調が悪い日が続いていたので念のため病院へ行ってみたところ、軽いマラリアという診断を受けたそうです。</p>
<p>
	「マラリア」という言葉を日本で聞くと、「なんだかとても恐ろしい病気」という感じがしますが、ベナンではそこまで深刻な病気としてはとらえられていません。ただ「非常に厄介な病気」であることはたしかで、かかってしまうと体のだるさや発熱、吐き気などの症状が強く出て、完治するまでに時間がかかります。生徒もよくマラリアにかかっていますが、本当につらそうです。</p>
<p>
	山下先生のマラリアは比較的軽いものだそうですが、それでもかなりつらそうです。マラリアを媒介する蚊はそこら中にいますが、それでもその中でマラリアの菌を実際に持っている蚊は数百分の一とか数千分の一というような確率でしか存在しないらしく、蚊に刺されたからといって即マラリアにかかるというわけではありません。しかし菌を持っている蚊も確実に存在するので、その蚊に出会うかどうかは運次第ということになるわけです。</p>
<p>
	今回山下先生は運悪くその蚊にあたってしまったわけですが、とりあえず完治するまでは無理せず、休養することに専念してもらいたいと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>お便り 67 - 2月後半</title>
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<id>tag:www.zomahoun.com,2010:/ife/columns/teacher//44.1041</id>
<published>2010-04-23T12:20:27Z</published>
<updated>2010-04-23T12:36:09Z</updated>
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<name>日本語教師の窓</name>

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<category term="お便り" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />

<content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/">
<![CDATA[<h3>
	2010年2月16日（火）水が出ました</h3>
<p>
	やっぱり水がある生活っていいですね。体も気持ちもさっぱりします。</p>
<p>
	というわけで、今日、ようやく水道から水が出ました。本当によかった。本当に月並みな感想ばかりで恐縮ですが、これからはもっと水を大切に使いたいと思います。そして、洗濯物は溜めずに、できる時にまめに洗うようにしたいと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
<![CDATA[<h3>
	2010年2月17日（水）高倍率</h3>
<p>
	<img alt="コピー屋のお姉ちゃん" class="imgleft" height="293" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/04/2010021701-thumb-220x293-1664.jpg" width="220" />私がひいきにしているコピー屋には、いつもアルバイトのお姉ちゃんがいます。お姉ちゃんというよりは女の子と言ったほうが正しいのかもしれません。17歳らしいので。てっきり私と同じくらいの年だと思っていましたが、なんと10歳も年下だということをこの間知りました。</p>
<p>
	その女の子は、いつも元気でかわいいんです。機嫌が悪い時は一言もしゃべらないという難点はありますが、そういう人はこの辺ではあまり珍しくもないので、そんなに問題じゃありません。17歳でかわいいとくれば、当然もてるわけです。コピー屋にいつも来るのは大体決まったメンバーです（もちろん私もその中に入っています）。そして、女の子を口説いているのも大体同じメンバーです（私は口説いていません）。その子を狙っている男は、私が知っているだけで4人はいます。4人のうち、見込みがありそうなのは、1人だけです。他の3人は、大体は冷たくあしらわれて帰って行きます。お気に召さない男が来ると、その子は一気に機嫌が悪くなって一言もしゃべらなくなり、その状態は男が退散してからも続きます。そういう時、私は気まずい雰囲気に耐えきれず、早く帰りたくて仕方がなくなります。</p>
<p>
	実はその4人の他にもう1人、女の子に会うために熱心にコピー屋に通っている人がいます。その人はゼミジャン（バイクタクシー）の運転手をしています。推定年齢35歳。女の子はその人のことが比較的気に入っている様子で、いつも楽しそうにおしゃべりをしています。でも明らかに恋愛対象ではありません。「友達として好き」というやつです。それくらいは見ていれば私でもわかります。それを知ってか知らずか、その人はおそらく毎日コピー屋に通っています。ちなみに何かをコピーしている所を見たことはありません。ただ立ち話をして帰って行くだけです。この人の恋の行方はどうなるのか。おそらく実ることはないと思いますが、何となくその人を応援してしまう自分がいます。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年2月20日（土）安くて危険なガソリンスタンド</h3>
<p>
	コトヌーには2種類のガソリンスタンドがあります。ひとつは、国が定めた法律を守って営業しているガソリンスタンドです。日本にあるガソリンスタンドと全く同じものです。もうひとつのガソリンスタンドは、違法なガソリンスタンです。隣国のナイジェリアなどから密輸されてきたガソリンを、路上でビンやペットボトルに入れて売っているのです。違法なのは間違いないのですが、あまりに数が多くて堂々としているので、全く違法という感じがしません。政府も警察も取り締まったりはしないようです。</p>
<p>
	<img alt="路上スタンド" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/04/2010022001-thumb-250x187-1666.jpg" width="250" />路上スタンドでは、バイクや車の給油口に&quot;じょうご（ろうと）&quot;を差し込み、ペットボトルやビンに入ったガソリンを流し込みます。合法スタンドと路上スタンドの一番大きな違いは値段です。詳細な値段の差はわかりませんが、路上スタンドのほうがかなり安いとのこと。ただし路上スタンドには問題もあります。正規のルートや方法で運ばれてきたガソリンではないので、水やゴミなどが多く混入しており、あまりそのガソリンを使い過ぎると間違いなく車やバイクが壊れてしまうらしいのです。</p>
<p>
	それからこれは私がいつも思うことなのですが、ガソリンを灼熱の太陽の下で、しかも歩道で売って、危険はないのでしょうか。路上スタンドの周りはガソリンのにおいで満ちています。もし誰かがたばこの吸い殻でも捨てたら引火すると思います。間違いなく。幸い、ベナン人で煙草を吸う人はまれなので、あまりその心配はないのかもしれませんが。でもそういう問題じゃない気もします。危ないです。どう考えても。しかし誰もそのことに言及しないので、私も何となく大丈夫なのかな、という気分になっています。</p>
<p>
	おそらく大丈夫なんでしょうね。だって、私はベナンに来て8ヶ月くらい経ちますが、その間一度も、路上スタンドの爆発に出くわしたことも、そんなニュースを聞いたこともありませんから。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年2月27日（土）ダサズメ</h3>
<p>
	今日はゾマホンさんの親戚の葬儀に出席するため、コトヌーから車で3時間ほどの距離にあるダサズメに行ってきました。葬儀は教会で行われ、参列者はとても多かったです。ベナンでは、土葬が一般的です。棺を埋める場所は、墓地の場合もあれば、自宅の建物の下の場合もあります。ゾマホンさんのお母さんも、ダサズメにある自宅の下に眠っておられます。</p>
<p>
	今日は葬儀の後、そのまま墓地に移動して棺を埋めるところまで参加しました。</p>
<p>
	葬儀の後は何をするかというと、地域や家によっても違うようですが、ゾマホンさんの親戚関係の葬儀の後はとにかく踊ります。そこに行くと、当然「ヨボ（白人）も踊れ踊れ」と言われて、人垣の中心で踊ることになります。私と山下先生が躍ると、やはり下手らしく皆が笑って結構盛り上がります。ようは下手くそなのです。しかし私は最近、この踊りに関して、何となく何かをつかめそうな気がしています。何しろ毎日何かしらの形でベナンの踊りを目にしているので、イメージトレーニングはばっちりです。そのうち、なんとかびっくりさせてやりたいものです。</p>
<p>
	そんなことをしているうちに、夜になり、今日はダサズメのホテルに泊まることになりました。ダサズメにきた時はいつも泊まっているホテルで、シャワーもちゃんと出ます。もちろん水ですが。明日はベテクク村に行きます。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年2月28日（日）ベテクク</h3>
<p>
	ベテクク村はダサズメから車で1時間程の場所にある小さな村です。村には、いのうえ小学校があります。今日は、1ヶ月ほど前にココさんやセポンさんと言ったIFEの農園に、ゾマホンさんとその親戚の方々と一緒に行ってきました。</p>
<p>
	前回と同じようなコースで、荒れた土地の多い農園を見て回りました。</p>
<p>
	帰りのバスの中で、ゾマホンさんは親戚の人たちに農園を見ての感想を聞いていました。いろいろな意見がありましたが、ベテククの農園を大きくして、将来ベテククブランドの農作物や乳製品をベテクク村の外に売りに出せるようにできたらいい、という意見が多かったように思います。今回ゾマホンさんがベテクク村に連れて行ったメンバーは、若い人が中心でした。おそらくゾマホンさんは、若い人に農園を見せたかったのだと思います。</p>
<p>
	たけし日本語学校もそうですが、やりたいことや、こうしたらいい、ということはいろいろあります。ただ、そういうことを言うのはとても簡単ですが、実際にやるのは大変です。結局はそこにいる人が、イメージを持って自分達で動かなければなりません。「そこにいる人」というのは、たけし日本語学校だったら私や山下先生や生徒の皆さんのことです。ベテククだったら、今回農園を見に行った若い人たちということになるのでしょうか。</p>
<p>
	とにかく、言うだけではなく、動かなければ何も始まらないのです。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>お便り 66 - 2月前半</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/letters/001038.html" />
<id>tag:www.zomahoun.com,2010:/ife/columns/teacher//44.1038</id>
<published>2010-04-13T15:57:47Z</published>
<updated>2010-04-13T16:16:53Z</updated>
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<name>日本語教師の窓</name>

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<category term="お便り" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />

<content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/">
<![CDATA[<h3>
	2010年2月3日（水）どんなベナンが</h3>
<p>
	今日、ちょっとした用事があって、大使館の前の道で2時間ほど人待ちをする時間がありました。することもなかったので、イレネーさんと二人で車の中で昼寝をしていました。大使館がある一角は、最近できたばかりの建物が立ち並んでいて、ちょっとした高級住宅地のようです。この付近は政府の建物や会議場なども多く、富裕層が多くすんでいるエリアです。海が近いので、少し強い海風が常に吹いています。静かで、虫もいなくて、涼しい風が吹いていて、まさに昼寝にはもってこいの場所だったので、私もイレネーさんも気持ち良く昼寝することができました。そんな時にふと考えたのは、こういうところに住んでいる人たちには、ベナンという国はどんな風に見えているのだろうか、ということでした。きっと、もう少し庶民的な場所に住んでいるベナンの人たちとは見え方は違うのだろうと思います。たぶんそれは仕方のないことなのでしょう。どうがんばってみても、その国の全てを見て全てを理解することは不可能です。私にしてみても、電気も水道もあるコトヌーという街に住んでいるので、おそらく電気も水道もないような村に住んでいる人の状況などほとんど見えていないのだろうと思います。今までに数回、そういう村を訪れたことはありますが、それはただ「訪れた」というだけであって、そこに「住んでいる」わけではありません。「訪れる」と「住む」では見えるものが全然違います。そう考えると、自分はベナンに住んでいるけれど、きっと非常に限られたものしか見られていないんだろうなと思いました。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
<![CDATA[<h3>
	2010年2月4日（木）節分</h3>
<p>
	最近たけし日本語学校では、各クラスで毎年恒例の豆まきが行われています。ひとりを鬼役にして、その人に向かってまず「鬼は外」。その後教室の中に向かって「鬼は内」と言いながら豆を投げます。イベントとしては5分程度で終わる短いものですが、どのクラスもかなり盛り上がります。</p>
<p>
	クラスによって盛り上がり方は様々ですが、鬼役をめぐってひともんちゃくあったり、教室の中に向かって豆を投げる時に豆のぶつけ合いになったりと、まあ大騒ぎです。</p>
<p>
	これだけ大騒ぎして豆をまいたので、今年もたけし日本語学校に福はやってくるはずです。</p>
<p>
	<img alt="節分1" class="imgnone" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/04/2010020401-thumb-250x187-1658.jpg" width="250" /><img alt="節分2" class="imgnone" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/04/2010020402-thumb-250x187-1660.jpg" width="250" /></p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年2月7日（日）憧れられる国</h3>
<p>
	私はこの国で日本語を教えているわけですが、時々、生徒の日本に対する憧れや日本人に対する尊敬の言葉を聞いて、ちょっと戸惑ってしまうことがあります。</p>
<p>
	<img alt="ベナンの子供" class="imgright" height="293" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/04/2010020701-thumb-220x293-1662.jpg" width="220" />たしかに日本はいろいろな面でベナンよりも発展している国ですが、本当にそこまですごい国なのかと、考え込んでしまうことがあるのです。むしろベナンの方がいいなという点もいくつかあります。例えば子供の育て方です。ベナンでは、子供は地域の人がみんなで育てます。子供が悪いことをすれば、親は容赦なくひっぱたきます。ちょっとやりすぎじゃないのというくらいにひっぱたきます。近所のおじさんやおばさんも他人の子どもをちゃんと怒ります。時々ひっぱたきさえします。はたから見ていても、大人と子供の境界線がはっきりわかります。子供は小さい時から親の仕事を手伝いますが、それでも子供は子供です。大人と子供の間にはちゃんと境界線があるのです。その点は日本よりもいいなと思います。ただ、ベナンの場合は初等教育のシステムがきちんとしていないので、その点が非常にもったいないわけですが。</p>
<p>
	以前生徒に、「どうして日本の首相は、いつも残念ですか」と聞かれたことがあります。「どうして日本の首相はいつもダメなんですか」という意味ですが、その質問をされた時に、ちょっと恥ずかしい思いもありましたが、それでもそういう所も見てくれているということがちょっとうれしくもありました。日本だっていいところばかりじゃないのです。実はベナンの政治家にしても相当残念なわけなんですが、まあ、それはさて置き・・・。要は、日本のどんな所を学べば今のベナンにとってプラスになるか、ということです。それを考えた上で、日本の技術を盗むなり、利用するなりすればいいと思うのです。当たり前のことですが、それを常に意識していないと、日本にとってもベナンにとっても何もプラスになりません。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年2月8日（月）私にできること</h3>
<p>
	最近、各クラスでニーズ調査をしています。どういう目的で日本語を勉強しているのかをアンケートをとって集計し、それをもとに今後の授業の内容やコース編成をする際の参考にするのです。</p>
<p>
	日本の企業と何らかの取引をしたい、日本の企業で働きたい、という生徒も多くいます。明確に日本のこの企業とこういうビジネスをしたいというビジョンを持っている生徒も、時々ですがいます。そういう人たちにとって、今回のニーズ調査は、別の意味をもってしまったようです。例えば自分がやりたいビジネスの内容を書けば、私達日本人が日本の企業とその生徒との仲介をしてくれるのではないか、という期待を持っている生徒がいました。実際に、コンピューター関係の企業をいくつか紹介してください、と頼まれたこともあります。残念ながら、それはできません。私にはそういう企業とのコネクションと呼べるようなものがひとつもありません。また、例えコネクションがあったとしても、簡単に紹介できるわけではありません。</p>
<p>
	私はベナンの皆さんの就職を斡旋するためにここにいるわけではありません。そんなことはわかっていますし、そもそも先生に仕事の紹介を頼むこと自体、安易な考えであることもわかっています。しかしそれにしても、私にできることなど本当に限られたことでしかないと、こういうことが起こる度に思わされます。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年2月9日（火）視点</h3>
<p>
	たけし日本語学校には、教室がひとつしかありません。ですから、一人の先生が授業をしている時、もう一人の先生は手が空きます。その時、手の空いている先生は何をするかというと、教室の後ろに座って、授業の記録をとります。これが結構いい勉強になるのです。他の先生の授業を見る機会というのは、意外とないものです。後から授業を見ていると、毎回発見があります。</p>
<p>
	今日はひとつ、新鮮な体験をしました。</p>
<p>
	今日の山下先生の授業の時、私は、しばらく授業に来ていなかった生徒の隣に座ってその生徒をサポートしました。その生徒が前の方に座っていたので私も初めて前の方の席に座って、山下先生の授業を見ました。普段私は、生徒の後ろ姿を見ています。自分が授業をしている時は、座っている生徒を上から見下ろすようして見ています。その二つの視点しかないのです。しかし今日は、生徒と100％同じ目線、視点で生徒の様子を観察することができました。すると、授業に対する生徒の反応が一目瞭然で、とても新鮮に感じました。今まで見ているつもりで全然見えていなかったんだなと思いました。</p>
<p>
	視点が少し変わるだけで新鮮な発見があるということを忘れずにいたいと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年2月13日（土）断水</h3>
<p>
	昨日の夜から断水が続いています。今回の断水は計画的なものらしく、月曜日には復旧するようです。断水になると困るのは、体を洗えないことと服を洗えないことです。トイレは、ジャパンハウスの敷地内にある井戸から水を汲んで来て、それで流すことができます。でもその井戸の水は飲むことも何かを洗うこともできないほど汚れた水です。飲み水はミネラルウォーターを飲んでいるので問題ありません。</p>
<p>
	停電と断水とどちらが困るか。これはなかなか興味深い質問ですが、答えを出すのは簡単です。断水の方が困ります。停電は毎日のように起こりますが、それでも年に数回しか起こらない断水の方が私は嫌です。たった二日きれいな水がないだけでも、いろいろな問題が生じます。</p>
<p>
	例えば、</p>
<ol>
	<li>
		大乾季で一日中汗をかくこの季節に、体を洗うことができない。</li>
	<li>
		皿をきれいな水で洗うことができない。</li>
	<li>
		洗濯ができない。</li>
</ol>
<p>
	などなど。清潔な水がない状態が病気の発生につながるという状況が容易に想像できて、ベナンの田舎の井戸も水道もない地域の深刻さが少しわかった気がしました。もちろん、そんな地域の状況は、私が体験しているものとは比べ物にならないほど深刻なわけですが・・。</p>
<p>
	いろいろ小難しい理屈を述べましたが、要はただシャワーが浴びたいんです。私は（笑）。2日体を洗わないだけでもちょっとかゆいんです。情けない話、なんだか仕事の効率まで落ちてしまいます。何だかんだ言っても、結局は数日間断水しただけでこれだけの影響を受けてしまう自分って、全然大したことないなと実感させられます。「人間は自分で生きているのではなく、生かされているんだ」なんて大仰なことを言うつもりはありません。でも、これだけは自信を持って言えます。「水はとっても大切です」。月並みですみませんが、本当にそうなんです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年2月14日（日）生徒の怒り</h3>
<p>
	今日の授業の後、一人の生徒が私に怒りをぶちまけてきました。怒りの原因は、最近ベナンにできた日系の組織の現地スタッフ募集の方法がフェアじゃないということです。</p>
<p>
	その日系の組織は設立が決まった当初、私達（たけし日本語学校）に対してこのような話をしてくれました。「この組織の仕事をスタートする際には、たけし日本語学校さんにも現地スタッフの募集をまわします」と。しかし、たけし日本語学校にはそんな情報は全く届きませんでした。私達が後日その組織の事務所に行ってみると、すでにベナン人の現地スタッフは全員採用済みでした。</p>
<p>
	生徒の一人はその事実を知り、憤っていたわけです。そういう情報を回してくれないのは全くもってフェアじゃない。たけし日本語学校としてもそういう状況が改善されるように力を尽くしてほしいと。</p>
<p>
	正直言って私も憤りを隠しきれませんでした。何に憤っていたかというと、まず情報を回してくれなかったその組織に対して。そして、ただの口約束を安易に信じて、何もしなかった自分達にも非常に腹が立ちました。もちろんたけし日本語学校は職業紹介所ではありません。基本的に生徒は仕事が欲しければ自分達でアクションを起こさなければなりません。もちろん生徒から奨学金などについての質問や依頼を受けた時は、私達も手を尽くしていろいろな情報を集めます。そういう風にしてこちらに働きかけてくる生徒もたくさんいます。基本的には生徒は自分達で動き始めなければならないのです。そういった意味では、その生徒も考え方があまかったのです。</p>
<p>
	大きい組織にはその組織なりのやり方や人材調達のルートがあるようです。そのルートがフェアかフェアじゃないかを論じるより、何とかしてそこに食い込んでいく方法を考えなければなりません。ゾマホンさんがいつも言っている通り、やはり「人生はあまくない」ようです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年2月15日（月）断水は続くよいつまでも</h3>
<p>
	残念ながらと言うべきか、やっぱりと言うべきか、今日も水は出ませんでした。シャワーを浴びたいです（笑）。全くもって自分のひ弱さを呪いたくなりますが、3日体を洗えないだけで、体のベタベタ感につい苛立ってしまいます。</p>
<p>
	そんなベタベタ感と一緒に今日も授業をしていたわけですが、その授業中に信じがたい事実を耳にしました。なんと、コトヌー市内の他の場所では、すでに水道から水が出ているというのです。どうやら、ジャパンハウスの周辺は復旧が遅れたようです。やれやれ・・・。でも望みも出てきました。他の地域で水が出ているということは、この地域も明日には復旧するかもしれません。とにかくあまり期待しすぎずに明日を待ってみたいと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>お便り 65 - 1月後半</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/letters/001024.html" />
<id>tag:www.zomahoun.com,2010:/ife/columns/teacher//44.1024</id>
<published>2010-03-23T05:45:27Z</published>
<updated>2010-03-23T05:58:59Z</updated>
<author>
<name>日本語教師の窓</name>

</author>
<category term="お便り" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />

<content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/">
<![CDATA[<h3>
	2010年1月17日（日）希望は生命保険</h3>
<p>
	<img alt="書初めAクラス" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/03/2010011701-thumb-250x187-1642.jpg" width="250" />「希望は生命保険」「持続します。愛」「幸福多量」「向上倍増」</p>
<p>
	新年を迎え、たけし日本語学校では毎年恒例の書き初めが各クラスで行われています。とは言っても全てのクラスの生徒が書き初めをするわけではありません。漢字をある程度勉強している生徒だけです。</p>
<p>
	生徒達は自分達で書く内容を考え、日本語がわからない時は辞書で調べながら書くわけですが、その内容がなかなかおもしろいのです。人気のある言葉は、「健康」「幸福」「成功」「愛」などで、ほとんどの生徒はそれを書くのですが、みんな欲張りなのか、1枚の紙に3つも4つも言葉を書きます。例えば「健康・結婚・幸福・お金持ち」というような具合です。</p>
<p>
	さらに、独創的な言葉も数多く飛び出します。例えば、トスさんは「良く成るか亡くなる」。これは、「今年自分自身が向上しなければ死ぬ＝死ぬ気でがんばる」という意味らしいです。他にも「持続します。愛」、「幸福多量」「向上倍増」などが飛びぬけて個性的でおもしろかったです。日本語としては正しくありませんが、ちゃんと意味は伝わりますよね。そして私と山下先生が一番いいと思ったのは、セポンさんの「希望は生命保険」です。これも日本語ではあまり使わない表現ですが、意味は伝わります。「希望が一番大切。希望があれば大丈夫。」というような意味でしょう。果たして、日本語を母語としている日本人はこういう個性的な言葉達を作り出すことができるのでしょうか。少なくとも私には無理です。自分の考えていることをそのままダイレクトに表わそうとすると、こういう独創的な言葉が出てくるのだと思います。</p>
]]>
<![CDATA[<p>
	生徒の皆さんが書いた書き初めは1ヶ月ほど教室に掲示し、その後、特に上手な、あるいは言葉が独創的な人のものを1年間掲示します。この中かから何枚かを選ばなくてはならないというのは、極めて難しい作業になることでしょう。</p>
<p>
	写真はAクラスの生徒のみなさんです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年1月19日（火）最高！！</h3>
<p>
	今日はとってもいいことがありました。ココさんとセポンさんのビザがおりたのです。</p>
<p>
	2人は今日、無事に日本大使館でビザを受け取りました。今日は私も一緒に大使館に行くことができました。</p>
<p>
	2人がビザを取れたということだけで十分めでたいのですが、なんと、在ベナン日本大使館のビザ発行第1号というおまけまでつきました。セポンさんが第1号、ココさんが第2号です。第1号だから特別に賞品がもらえたり、ビザが1年延長できたりするわけではもちろんないのですが、やっぱりうれしいです。何といっても一番ですから。すごいです。最高です。</p>
<p>
	これで2人は晴れて日本に行くことができます。それにしても、本当によかった～。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年1月20日（水）ベナン人は・・・</h3>
<p>
	私はこのブログ上で、「ベナン人は、」「コトヌーの人々は、」という書き出しでいくつも日記を書いてきました。しかし当然のことながら、ベナン人と一言で言ってもいろいろな人がいるわけで、とてもひとくくりにまとめることはできません。もちろんいくらかの傾向のようなものはあると思いますが。</p>
<p>
	ベナン人としてというよりも、ひとりの人間としてその人を見ることができないと、大きな間違いを犯すことになります。例えば、私が約7ヶ月ベナンで暮らして来て感じることは、ベナン人は時間にルーズです。そして約束を守りません。こういうと非常にイメージが悪いのですが、言いかえれば、「時間」と「約束」に対する意識、あるいは言葉の意味そのものが違うのだ、とも言えます。しかしながら、その概念に囚われて個々の人間を見ることができなくなるのは非常に危険です。時間に正確で、約束をきちんと守るベナン人も私の周りにはたくさんいるからです。</p>
<p>
	ベナン人の中にも日本人や欧米人に対するイメージはあります。アフリカ人に比べて力が弱いとか、体が弱いとか、いろいろと感じることはあります。そして多くの人が持っているイメージは、日本人はお金持ちだ、ということです。これを面と向かって言われると、こちらとしてはなぜか結構傷付きます。「私達とは違う」と言われているような気がしてしまうからかもしれません。確かに私達はパソコンやiPodを持っています。多くのベナン人には買うことができないものです。しかしながら、少なくともジャパンハウスで暮らしている日本人は、自分達がお金持ちだとは思っていません。お金に余裕のある生活もしていません。でも、ベナン人にとってはそれでもお金持ちなのです。「お金持ち」の持つ意味がベナンと日本では違うのです。そういうギャップは、しばしばストレスにもなります。しかし逆に、ベナン人は「時間にルーズだ」と思われることを心外だと感じているかも知れません。ベナンと日本ではおそらく「時間」や「約束」の持つ意味が違うからです。</p>
<p>
	そういうギャップの存在を理解することが、ひとつの異文化理解なのかなと最近考えます。でも、実際は2時間も待たされるとイライラしてしまうんですけどね（笑）そういうイライラは、理屈じゃありません。時間は守るものだという日本の文化がしみついているので、頭と体が勝手に反応してしまうのです。そこでどう折り合いをつけるか、そこがなかなか難しいところです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年1月21日（木）社交辞令</h3>
<p>
	今日の日記は昨日の続きのようなものです。なぜ、昨日異文化理解などという難しいことを書いたかというと、最近日本の文化に違和感を持つことが何回かあるからです。これはちょっとした事件です。私は日本人なのに、日本の昔からの文化に違和感を持ってしまうというのは由々しき事態です。日本に帰れなくなってしまいます。</p>
<p>
	さて、その問題の日本文化というのは、「社交辞令」です。どうやら日本をはなれて7ヶ月しかたっていないのに、社交辞令の感覚を忘れてしまったらしく、日本人の社交辞令を真に受けてしまうことが多々あります。もちろん社交辞令なので、その約束（？）が実現されることはなく、後でがっかりしてしまうわけです。日本以外の国にも社交辞令はあると思います。しかし、日本の社交辞令はちょっとすごいのだということを今さらながら気づかされています。逆に言うと、外国人にとって日本人の社交辞令は特殊なものうつるのだということが言えると思います。外国人に対して社交辞令を言う時は気をつけなければなりません。</p>
<p>
	それにしても、日本に帰ってからのことが心配です。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年1月22日（金）海辺の高級レストラン</h3>
<p>
	<img alt="海辺のレストラン" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/03/2010012201-thumb-250x187-1644.jpg" width="250" />レストランに入ってメニューを見て、あまりの高さに冷汗が出てくるという体験を、今日はじめてしました。</p>
<p>
	ジャパンハウスで一緒に暮らしているIFEスタッフの寺嶋さんが、今月の27日、日本へ帰ります。寺嶋さんは大学を休学してベナンで約一年間、現地調査やベナンと日本にビジネスのつながりを作るために働いてきました。たけし日本語学校の生徒とジャパンハウスのメンバーからは、「嶋さん」の愛称で親しまれています。その嶋さんがあと5日で帰ってしまうということで、今日は海辺の高級レストランへ行きました。メンバーは、ジャパンハウスの秘書兼お料理係のベロちゃんと、ドライバーのイレネーさんと、山下先生と私、そして嶋さんです。ベロちゃんは気合いを入れて、浴衣と下駄で参加しました。</p>
<p>
	場所はコトヌーのはずれにある、海辺のレストラン。席は全席屋外にありました。照明は柔らかいオレンジ色。海風が心地よく、波の音もはっきりと聞こえます。すぐそばは砂浜です。ヤシの木が風に揺れ、バンドの生演奏までついています。そのバンドが演奏するのは、静かなバラード調の曲ばかり。日常とかけ離れた空間を束の間楽しんでいると、メニューが運ばれてきました。その金額を見て私はいきなり現実に引き戻されました。そして冷汗。今日の支払いは私と山下先生もちということにしてあったので、二人で5人分を払わなければなりません。山下先生は一度来たことがあるらしく、冷静な表情。ひそかにうろたえる私。情けない・・・。</p>
<p>
	しかし入ってしまったものは仕方ないので、腹を決めて注文をしました。</p>
<p>
	一度腹を決めてしまうと、またバンドの生演奏が耳に届くようになりました。静かな曲は、やっぱり泣けました。Beatlesなど演奏された日にはなにかこみあげてくるものがありました。そして料理も、やっぱり泣けました。うまい。ベナンのご飯がおいしくないと言っているわけではありません。ベナンに来る前に食べていた料理の味は、やはり自分の中の何かを刺激してきます。静かな音楽もしかり。そんなこんなで、びっくりするほどの値段でしたが、こんないい気分にさせてもらえたならいいかという結論に達し、満足して帰りました。</p>
<p>
	もちろん帰りの車は、イレネーさんがいつも通りのにぎやかな音楽で盛り上げてくれました（笑）。</p>
<p>
	写真は嶋さんと浴衣姿のベロちゃんです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年1月23日（土）ベテクク村</h3>
<p>
	今日は、ココさん、セポンさんと一緒にベテクク村に行ってきました。ベテクク村はコトヌーから車で4時間ほどの距離にある村で、この村にはいのうえ小学校があります。そしてこの村にはゾマホンさんが所有しているIFEの農園があります。今回は、その農園を見学し、ベナンの農業の問題点を確認するのが目的です。ココさんとセポンさんは2月から1年間、北海道で農業研修を受けることになっているので、その前にベナンの農業の現状をもう一度確認しようというわけです。<br />
	コトヌーから車で3時間程の距離にあるダサズメまでは、穴だらけではありますが一応舗装された道路があります。しかし、ダサズメからベテクク村までは赤土のでこぼこ道を行かなければなりません。イレネーさんの運転する車でダサズメから約１時間、ようやく農園に到着しました。</p>
<p>
	<img alt="IFE農園" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/03/2010012301-thumb-250x187-1646.jpg" width="250" />農園は現在開墾の真最中。広大な土地ですが、まだ畑としては使用できない部分が多くあります。現状では日本にあるような整備された農園ではありません。広がる荒れ地の中にぽつぽつとヤムイモやキャッサバの畑がありました。他の部分は木や草を焼き払い、これから農地として整備していく段階です。それらの作業を数名が住み込みで行っているのです。トラクターなどの機械もなく、水の供給源も井戸がひとつあるだけです。近くに大きな川が流れているので、そこから水を引くことができれば一番いいのでしょうが、現時点ではそのめどはたっていないそうです。この場所を農地として開拓していくのかと思うと、気が遠くなりました。しかし、何か始めなければ何も始まりません。セポンさんとココさんが日本で農業を学び、その知識をこの農園の発展に役立ててほしいと思います。そしていつの日か、ベテククブランドの野菜や肉、乳製品がベナン国内に、できれば他の国にも輸出されるようになればいいなと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年1月24日（日）嶋さんさよならパーティ</h3>
<p>
	<img alt="寺嶋さんさよならパーティ" class="imgleft" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/03/2010012401-thumb-250x187-1648.jpg" width="250" />昨夜は、ベテクク村から帰ってきてすぐに、もうすぐ日本に帰国する寺嶋さんのさよならパーティ兼誕生日パーティがありました。会場はたけし日本語学校の教室です。たくさんの生徒が集まり、みんなでごはんを食べたり、写真を撮ったり、踊ったりしました。<br />
	寺嶋さんは私と山下先生のように日本語の授業をすることはありませんが、生徒の皆さんとはとても仲良しで、みんな彼を慕っています。そんな寺嶋さんのさよならパーティですから、盛り上がらないわけがありません。手作りの料理やケーキ、プレゼントも寺嶋さんのために用意されていました。</p>
<p>
	パーティは夜中の12時頃まで続き、みんなで寺嶋さんとの最後のパーティを楽しみました。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年1月27日（水）嶋さん帰国</h3>
<p>
	<img alt="寺嶋さん帰国" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/03/2010012701-thumb-250x187-1650.jpg" width="250" />今日の早朝の飛行機で、IFEスタッフの寺嶋さんが日本へ帰国しました。空港にはたくさんの生徒が見送りに来てくれました。</p>
<p>
	寺嶋さんは大学を休学してベナンで約1年間、IFEスタッフとして働いてきました。おもな仕事はベナン北部の現地調査や、ベナンと日本のビジネスの土台を作ることでした。言葉もうまく通じない中で、難しい仕事も多くあったと思います。それでも彼は1年間、自分の仕事を全うしました。</p>
<p>
	寺嶋さんとは、私が去年の7月にベナンに到着してから約8ヶ月間、ジャパンハウスで生活を共にしてきました。ジャパンハウスにいるのはベロちゃんを除けば男ばかりなので、なんとも気楽というか居心地のいい空間でした。みんな部屋のドアは常時開けっ放しでプライバシーと呼べるようなものはあまりありませんでしたが、そんなことを気にするメンバーではありません。ベロちゃんや秘書のダベデさんやドライバーのイレネーさんとも時々けんかしながら仲良くやってきました。そんな生活の中から、寺嶋さんがいなくなってしまうのは、何ともさびしいものです。私達は、たけし日本語学校を訪れて下さった日本人の方を見送るために頻繁に空港へ行くのですが、今日の見送りはまたなんとも言えない寂しさがありました。もう日本人の男3人でバカ話ができないのかと思うと非常に残念ですが、これからは山下先生と2人で、寺嶋さんの分もカバーするべくくだらない話をしたいと思います。</p>
<p>
	しかし、おそらく今日から1,2週間は、なんとなくさびしい気分で生活することになりそうです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年1月31日（日）ココさんとセポンさん、日本へ。</h3>
<p>
	今日、ココさんとセポンさんが日本へと旅立ちました。2人は東京と北海道で約1年間、農業研修をする予定です。正直なところ、私も山下先生もまさかこんなに早く2人の日本行きが実現するとは思っていませんでした。しかし、信じられないスピードで話が進み、めでたく在ベナン日本大使館ビザ発行の第一号というおまけまでついて、今日の出発となりました。なんだか夢のようです。これも、日本のIFEスタッフの皆さんや、2人を受け入れることを承諾して下さった、日本のJICEや花畑牧場の皆さんの努力や協力があって実現したことです。本当にありがとうございました。</p>
<p>
	<img alt="ココさん・セポンさん出発" class="imgleft" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/03/2010013101-thumb-250x187-1652.jpg" width="250" />ココさんとセポンさんは、たけし日本語学校が自信をもって送り出せる生徒です。でも、私と山下先生は2人のことが心配でなりません。まず、ベナンは今、1年で一番暑い大乾季の時期ですが、日本は真冬です。しかも2人が生活するのは北海道なのです。この気候の違いに適応することが2人にとっていかに大変なことかは容易に想像がつきます。それからもちろん日本語でも苦労することになるでしょう。2人はたけし日本語学校で一番上のレベルのクラスに在籍していましたが、それでも日本人の話す日本語を完全に理解することは当然できません。しかも、これからはいろいろな専門用語も覚えていかなければならないのです。そんなこんなで、私と山下先生は喜び半分、心配半分というような複雑な心境なのです。</p>
<p>
	でも、何はともあれ2人は日本へと向けて旅立ちました。それも大きな希望と目標を持って。そういえば、セポンさんの今年の書き初めは「希望は生命保険」でした。あの2人なら、お互いに助け合いながらきっと1年間を有意義に過ごせるはずです。1年後、日本語がペラペラになって帰ってきた2人に会うことを楽しみにしながら、私は明日からまた日本語を教える生活に戻りたいと思います。</p>
<p>
	写真は出発直前に撮ったものです。私と山下先生の間にいるのが、ココさんとセポンさんです。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>お便り 64 - 1月前半</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/letters/001022.html" />
<id>tag:www.zomahoun.com,2010:/ife/columns/teacher//44.1022</id>
<published>2010-03-17T13:55:19Z</published>
<updated>2010-03-17T14:05:57Z</updated>
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<name>日本語教師の窓</name>

</author>
<category term="お便り" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />

<content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/">
<![CDATA[<h3>
	2010年1月1日（金）新年</h3>
<p>
	<img alt="山下先生の誕生日パーティ1" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/03/2010010101-thumb-250x187-1455.jpg" width="250" />午前0時になった瞬間、山下先生の誕生日パーティが始まりました。出席者はたけし日本語学校で一番長く日本語を勉強しているABDHIクラスの生徒4人と、ジャパンハウスのベロちゃん、山下先生、寺嶋さん、私です。1月1日生まれの山下先生のために、12月31日の23時30分頃からジャパンハウスに集まってきてくれていたのです。みんなでワインを飲みながら、山下先生の誕生日を祝いました。</p>
<p>
	というわけで、2010年はパーティとともに幕を開けました。</p>
<p>
	今年の抱負。たけし日本語学校をもっといい学校にします。たけし日本語学校はいい学校です。でも、問題点も山ほどあります。変えるべき所は、たとえ手間がかかっても変えていきたいと思います。日々の仕事を言い訳にして後回しにせず、学校全体を常に見て仕事ができるようにしたいと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
<![CDATA[<h3>
	2010年1月2日（土）今日もパーティ</h3>
<p class="pkg">
	<img alt="山下先生の誕生日パーティ2" class="imgleft" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/03/2010010201-thumb-250x187-1457.jpg" width="250" />今日も山下先生の誕生日パーティが行われました。昨日とは別の生徒が夕食を用意してくれました。年明け早々2日連続パーティとは、日本ではあまり考えられないパターンです（笑）たぶん授業が始まったらもう一回ぐらいあるんだろうな・・。何回パーティがあるか楽しみです。<br />
	<br />
	藤波</p>
<h3>
	2010年1月4日（月）いよいよ</h3>
<p>
	明日から新タームが始まります。この何とも言えない緊張感がたまりませんね。やっぱりしばらく授業をしないと、何となく不安になってしまいます。授業の仕方を忘れるわけはないのですが、でもなんとなく、大丈夫かな・・という気分になってしまいます。</p>
<p>
	明日からまた忙しい日々が始まります。乗り遅れないように、気を引き締めて行きたいと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年1月5日（火）Vクラス</h3>
<p>
	今タームから、新しく2つのクラスが開講されます。VクラスとＷクラスです。今日は、Vクラスの初日の授業でした。授業が始まる13時までに、約30人程の生徒が集まりました。今日は初日ですから、フランス語でIFEの活動と、たけし日本語学校のシステムやルールについての説明を行い、最後に生徒ひとりひとりから、職業や日本語を勉強したい理由を聞きました。</p>
<p>
	今回私は、IFEの活動と学校のシステムやルールについて、自分でフランス語を使って説明してみました。いつもはトス先生が説明の部分を全て担当してくれるのですが、やはりこれは私のクラスなので何とか自分で説明してみたい、と思ったのです。もちろんその場で文を考えてスラスラ言えるわけはないので、事前に文を用意し、ダベデさんやトス先生に直してもらい、それを丸暗記するという方法をとりました。なんとか言いたいことは伝わったようですが、丸暗記しただけなので当然生徒からの質問にはほとんど対応できず、質問への対応はトス先生にお願いせざるをえませんでした。悔しかったので、近いうちに絶対質問にも対応できるようになってやると心に誓った次第です。</p>
<p>
	生徒の職業はいつも通り、学生や会社員が多いようでした。会社員の中でも目立って多いのは、情報や通信関係の仕事です。具体的にどんな場所でどんな仕事をしているのかはわかりませんが、とにかく通信関係の仕事は何かとニーズがある仕事らしいです。生徒が日本語を勉強したい理由も様々ですが、目立つのは戦後の日本が急速に発展した理由を知りたいとか、日本に行って技術を学びたいというものでした。たしかに日本は戦後急速に発展しましたが、それと引き換えにいろいろな問題も抱え込むようになりました。ベナンの方が日本よりいいと言い切れる部分もたくさんあると思います。そういう点も踏まえながら、日本のいい所と悪いところをきちんと伝えていけるようにしたいと思っています。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年1月7日（木）いざ</h3>
<p>
	いよいよ在ベナン日本大使館がその業務を開始しました。そして今日、たけし日本語学校の生徒のセポンさん、ココさんと山下先生が大使館へ行ってきました。たけし日本語学校にとって、初の大使館訪問です。ココさんとセポンさんは、一年間の農業研修を受けるために来月から日本へ行く予定になっています。今回の大使館訪問の目的は、その研修のためのビザの申請です。</p>
<p>
	出発前、何となくみんながソワソワしていました。大使館に行くというのは、それだけでひとつの大きなイベントのようなものです。それだけ、この日本大使館設立のニュースは、たけし日本語学校にとって大きな意味を持っているのです。山下先生もココさんもセポンさんも、みんなきちんとした服装をして、車に乗り込みました。そして留守番の私と寺嶋さんは、ジャパンハウスの門の前で3人を見送りました。私はなんとなく、「頑張ってください」という言葉を3人にかけてしまいました。よくよく考えてみると何をがんばるのか全くわからないのですが、でもそう言わずにはいられないような緊張感がそこにはあったのです。後で思い返してみると、あまりにも大げさすぎてちょっと笑えますが・・・。</p>
<p>
	そんなこんなで、3人は車で約20分ほどの距離にある大使館へと旅立って行きました。</p>
<p>
	あとで山下先生から聞いたところによると、大使館はできたばかりの建物で、とてもきれいだったとのことです。また大使館員の方々もとても親切に対応して下さったとのことでした。来週、もう一度書類をそろえて申請に行き、その後１週間くらいでビザが下りる予定だそうです。とりあえず２人のビザ取得のめどがたったのでひと安心です。わたしも早く大使館に行ってみたいです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2010年1月8日（金）山下先生、歯医者へ行く。</h3>
<p>
	今日は金曜日です。仕事はお休みです。それなのに山下先生は朝から元気がありません。</p>
<p>
	その理由は、今日、歯医者に行くからです。</p>
<p>
	山下先生は、数か月前から奥歯の虫歯に悩まされてきました。しかし、虫歯に正露丸を詰めるという荒治療でここまで虫歯の痛みを抑え続けてきました。私は虫歯になったことがないのでわからないのですが、正露丸というのは本当に虫歯にも有効なのでしょうか。とにかく、正露丸のおかげでここまでは医者に行くことなく乗り切ってこられたわけです。しかしついに痛みが正露丸では抑えきれないほどのレベルに達したとのことで、万を持して本日、歯医者へ行くことになりました。山下先生が数か月間も歯医者行きを拒んで来たのにはちゃんと理由があります。それは、「歯医者が怖いから」です。ベナンの医療技術は日本ほどではないにせよ、病院によってはそれなりにきちんとしているようです。ただ、治療の仕方や薬に対する考え方は日本のそれとは明らかに違います。詳しくは私が入院した時の日記をお読みになっていただきたいと思います。</p>
<p>
	歯医者に行くとなると、心配なのはその治療方法です。虫歯を治療するというよりは、一気に抜かれてしまうのではないかという心配がまずあります。これは想像しただけでもゾッとします。また山下先生には、医者が麻酔の量を間違えて死んでしまうのではないか、という心配もあるようです。</p>
<p>
	山下先生は、「死ぬかもしれない」という言葉を残し、病院の中へと入って言きました。</p>
<p>
	数時間後、山下先生は生きてジャパンハウスに戻って来ました。命を落とすこともなく、親知らずを一本抜いただけで治療は済んだそうです。ただ、やはり麻酔の量が少し多かったらしく、舌が必要以上に痺れてフガフガ言っておられましたが、おそらくそれも明日までにはおさまるでしょう。とにかく無事に戻ってこられてよかったです。私と寺嶋さんは、全くの他人ごとなので今回の騒動を楽しんでいられたわけですが、自分の身に同じことが起きたらおそらく冷静ではいられないでしょう。アフリカだからというわけではなく、海外で病院に行くというのはちょっと怖いものです。とにかく、防げる病気や怪我は防ぎたいので、これからも朝晩の歯磨きはきちんとしようと心に決めました。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年1月9日（土）Ｗクラス</h3>
<p>
	今日は今タームから新しく開講されるＷクラスの初日の授業でした。このＷクラス、授業時間は朝の8時から11時までです。なぜこんな時間かというと、他の時間帯は授業が詰まっているので、土曜日の早朝しか空いている時間がなかったからです。</p>
<p>
	今日は新しいクラス恒例のIFEの活動とたけし日本語学校のシステムやルールについての説明、そして生徒の自己紹介だけで3時間の授業が終わりました。生徒の人数はだいたい30人程です。担当は私、藤波です。こういう早朝授業は、生徒のテンションは低めです。それは仕方がないこと。そういう場合は先生がテンションを高くして引っ張るしかありません。来週から本格的に日本語の授業を始めますが、力をセーブすることなく、最初からハイテンションで頑張りたいと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年1月10日（日）ブードゥ祭り</h3>
<p>
	<img alt="ブードゥ祭り" class="imgleft" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/03/2010011001-thumb-250x187-1459.jpg" width="250" />今日は祝日でした。詳しく言うと、土着宗教であるブードゥ教の祝日です。今日はベナン国内の各地でブードゥのお祭りが開かれました。私達ジャパンハウスのメンバーも、奴隷海岸のあるウィダ（Ouidah）へお祭りを見に行ってきました。</p>
<p>
	ウィダの砂浜には、日本の運動会で見るような大きなテントがいくつも立てられ、特設のステージも設置されていました。観客は、そのテントの中に座って、次々に出てくるブードゥの神様たちやそのブードゥを信仰している人々の踊りを見るのです。</p>
<p>
	以前にもこのブログ上で書きましたが、ブードゥは日本の神道と似ている部分があります。それは、自然の中に神様が存在しているという点です。人間の力では抗いようのないもの、つまり自然を神様として崇めているのです。ですから、ブードゥと一口に言っても、いろいろな神様がいます。例えば、水のブードゥ、木のブードゥ、雨のブードゥ、海のブードゥ、石のブードゥ、といった具合です。御神体は、例えば木そのものであったり、あるいは岩のようなものを御神体として祀っています。それらは仏像のように洗練された形をしているわけではありませんが、荒削りな分だけ凄味というか威厳のようなものを感じます。写真に写っている、傘のおばけのようなものも御神体のひとつです。何のブードゥかは、すみません、わかりませんでした・・・。実はベナン人に聞いても、それが何のブードゥかわからないことも多いのです。ブードゥは本当に謎が多い宗教です。ブードゥの力で他人を呪い殺すというようなことも行われているようです。もちろんその呪いがどれほどの力をもっているのかはわかりませんが、ブードゥをあまり信じていないベナン人でも、ブードゥに対する畏れのようなものは共通してもっているようです。私もベナンにいる間に呪いをかけられないように気をつけたいと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年1月14日（木）無事にビザ申請終了</h3>
<p>
	今日、2月から日本へ行くことになっているココさんとセポンさんのビザ申請が無事に終了しました。何も問題がなければ、ビザは数日でおりるとのことです。無事にビザがおりることを祈るばかりです。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>お便り 63 - 12月後半</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/letters/000793.html" />
<id>tag:zom.canarygraphics.co.jp,2010:/ife/columns/teacher//44.793</id>
<published>2010-01-22T17:43:02Z</published>
<updated>2010-03-09T11:25:10Z</updated>
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<name>日本語教師の窓</name>

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<category term="お便り" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />

<content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/">
<![CDATA[<h3>
	2009年12月18日（金）ダベデ先生の特別授業</h3>
<p>
	<img alt="ダベデ先生の特別授業" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/63_3-thumb-250x187-1015.jpg" width="250" />今日は、たけし日本語学校は休みです。しかし、ドライバーのイレネーさんがなぜか教室でノートを開いていました。なんでもフランス語の勉強をするとのこと。フランス語を勉強すると言っても、イレネーさんはいつもフランス語をペラペラ話しているので、一体何を勉強するのかと思っている所に、先生役のダベデさん登場。ダベデさんはジャパンハウスの秘書です。いつも、新しい生徒の受け付けや、IFEに関する仕事をしてもらっています。たけし日本語学校の生徒でもあります。</p>
<p>
	そのダベデさんが今日は教壇に立って、アルファベットを黒板に書き始めました。そして「アー（Ａ）、ベー（Ｂ）、セー（Ｃ）・・・」とフランス語の授業を始めました。イレネーさんはフランス語を話すことはできるけれど、読み書きはあまりできないらしいのです。そういう人がベナンにはかなり多くいるようです。私もイレネーさんと一緒にダベデさんの授業を受けましたが、アルファベットの読み方や、フランス語特有の発音など、日本人がフランス語の勉強を始めた時、まず一番最初に勉強することをダベデさんは教えていました。</p>
<p>
	読み書きは言語を学ぶ際の大切な要素です。自分が今まで、読んだり書いたりする中でいかに多くのことを知り、学んできたかを考えると、読み書きができないことはそのチャンスが減ってしまうことを意味しているように思います。だから子ども達に教育を受ける機会を提供して読み書きを教えることは、とても大切なことだと思います。文字を学ぶだけで、彼らの世界は一気に広がると思うからです。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
<![CDATA[<h3>
	2009年12月19日（土）上を向いて・・・</h3>
<p>
	テストも終わったので、最近の授業では主に日本の歌を取り上げています。今日はRクラスとOPクラスで「上を向いて歩こう」を歌いました。</p>
<p>
	山下先生と私は、この「上を向いて歩こう」をほとんど全てのクラスで教えました。驚かされるのは、この曲に対する生徒の反応です。みんなが、「いい歌だ」と言います。これはちょっとすごいことだと私は思います。はずれがないわけです。試合に出せば必ず結果を出してくれるのです、この歌は。ベナンに来て、坂本九の偉大さを改めて知りました。そして、以前にも同じことを書きましたが、やっぱり名曲はどの国の人が聞いても名曲なのです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年12月20日（日）静けさと騒々しさと。</h3>
<p>
	<img alt="ククさんの養殖場" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/63_5-thumb-250x187-1017.jpg" width="250" />トス先生が教えているSクラスに、ククさんという生徒がいます。ククさんは、魚の養殖の会社を経営しています。今日はそのククさんに招かれて、10人程の生徒と一緒に魚の養殖場に行ってきました。</p>
<p>
	その養殖場は、ベナンの政治的首都Port-Novo（ポルトノボ）から車で20分位でこぼこ道を行った村の中にありました。たけし日本語学校からは車で約1時間半くらいです。敷地内には10以上の池があり、そこでナマズとティラピアの養殖が行われていました。稚魚の段階から育て、やがて大きくなると池に移し、その後出荷するというシステムのようです。養殖の規模の大きさにも驚きましたが、私が一番驚き、そして素晴らしいと思ったのは、養殖場に小学生や中学生を招待して体験授業をしたり、敷地内に学校や寮を作って、養殖について勉強したい人を集めて学校を開こうというプロジェクトが計画されていることでした。自分の利益のためではなく、ベナンの子供たちや勉強したい人に学びの場を提供しようとしているククさんには本当に頭が下がります。</p>
<p>
	ククさんの養殖場は都市部から離れた村の中にあるので、コトヌーと違って本当に静かです。その中で久々にゆっくりとした時間を過ごすことができました。バイクや車の音は全く聞こえず、聞こえてくるのは牛や鶏の鳴き声と池の中で魚がはねる音だけです。近くには川があって、村の人たちがそこで水浴びをしている所にも遭遇しました。うっそうと生い茂った濃い緑の葉をもつ植物に囲まれて、川はほとんど流れている様子もなく、静かにそこにありました。その川はナイジェリアとの国境から近いため、石油の密輸にもよく使われるそうです。国境で余計な税金を徴収されずにベナン入国を果たした石油は、数日後に空き瓶に入れられて路上で売られるわけです。施設の見学が終わると、それぞれに昼寝をしたり、トランプをしたりして過ごしました。ベナン人は基本的に綿密な計画を立てるということをしないので、養殖場にたどり着くまで余計に時間がかかったり、昼ごはんが5時過ぎになってしまったりしましたが、まあそれはいつも通り、想定内の出来事です。その遅くなった昼食では、その日池からとったばかりのティラピアをおいしくいただきました。</p>
<p>
	そんなこんなで久々に静かな時間を過ごして家路についたわけですが、移動手段は行きも帰りも生徒たちと一緒のバスです。すると当然のことながら、音楽を大音量でかけて踊ったり手拍子したり歌ったりが始まるわけです。日本人はついて行けません（笑）。特に帰りのバスでは、リラックスしきった心と、満腹の胃袋と、炎天下を歩きまわった疲れとで、日本人3人は静かにしたい気分でした。でもベナン人のエネルギーは半端じゃないので、狭い車内でパーティが始まります。出発から1時間半後、ジャパンハウスに到着し、パーティも終わりました。</p>
<p>
	そんなこんなで、終わってみると、今日は静かな休日だったのか賑やかな休日だったのか全くわからなくなってしまいましたが、まあ、いつものように楽しかったのでそれでよしとしましょう。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年12月25日（金）ベナンのクリスマス</h3>
<p>
	<img alt="クリスマスの教会" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/63_10-thumb-250x187-1019.jpg" width="250" />昨日はクリスマスイブ。ということで、昨晩10時頃から山下先生と寺嶋さんと私とで、近所の教会へでかけました。</p>
<p>
	教会はとても大きく、500人位は収容できそうなホールが3つありました。その中の一つに入ったわけですが、10時15分の時点でほぼ満席。やはりキリスト教の国だなと実感しました。</p>
<p>
	11時前から司祭と思われる人が壇上に上がり、何やら演説のようなものを始めました。教会の中には静かな空気が流れています。祈りと歌を繰り返しているうちに、午前0時になりました。その瞬間、ホールにいた人達が握手をし始めました。とても静かに。そんな風にして、今年はベナンの教会でクリスマスを迎えました。</p>
<p>
	教会と言えば「パイプオルガン」というイメージがありましたが、今回行った教会にはオルガンはありませんでした。あるいは宗派の違いなのでしょうか。オルガンの代わりにどんな楽器を使うかというと、やはり太鼓や小さい鐘です。太鼓や鐘と聞くとなんだか賑やかな感じがしますが、意外とそうでもありません。ヨーロッパの教会とは明らかに違いますが、それでも教会の中は静かな、おだやかな雰囲気です。同じ太鼓や鐘を使うにしても、本気で踊る時はにぎやかになります。同じ楽器なのに不思議です。ちなみにベナンのお葬式では、太鼓とトランペットとトロンボーンといった、見るからににぎやかな楽器を演奏しながら行進します。教会でも太鼓や管楽器は使われます。初めて見た時は、なんてにぎやかな葬式なんだとびっくりさせられましたが、2回目の時は楽器の音はにぎやかでも周りはちゃんと静かな雰囲気になっていることに気付きました。楽器がにぎやかな分だけ、逆にとても悲しい空気が漂っている感じがしましました。今日のミサでは、最後に司祭が壇上で踊り始めてみんな大盛り上がりだったのですが、でも最終的には静かな雰囲気で終わりました。「静」と「動」という感じです。</p>
<p>
	ベナンのキリスト教は、しっかりベナン風にアレンジされているようです。でもにぎやかな中にもヨーロッパのような厳かな雰囲気も持っています。</p>
<p>
	さて、明日はJapan Dayです。一週間前に急きょ決まったため今回は規模を縮小して行いますが、生徒の皆さんが今までいろいろ練習してきたことを披露する場であることに変わりはありません。子ども達ももちろん歌います。ちゃんと歌ったらクリスマスプレゼントをくれと言われているので、今日はそのプレゼントを買いに行かなければなりません。ヨーグルトが欲しいとの要望が出ていますが、なかなかの値段なので、なんとかビスケットあたりで許してもらえないかな〜などと思っていたら、事前にしっかり「ただのビスケットはいらない」と釘をさされてしまいました。どうやらチョコレートがのっかったやつがいいらしいのです。財布と相談しながら、お互いが満足できるビスケットを探したいと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年12月26日（土）Japan Day</h3>
<p>
	<img alt="子ども達の歌" class="imgleft" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/63_11_1-thumb-250x187-1021.jpg" width="250" />ちょうど一週間前、日本にいるゾマホンさんから連絡がありました。12月26日にJapan Dayを行う。ただし今回は規模を縮小して行う。という内容でした。</p>
<p>
	いつものことながら、急な決定でした。しかし今まで準備はそれなりにしてきたので、そこまで慌てることもなく、詰めの準備に入りました。山下先生と寺嶋さんと私の３人は、前日にJapan Dayで出すカレーとすいとんを作りました。2日ほど前から続いている断水の影響で、かなり手間がかかりましたが、それでも何とかカレーとすいとんは完成しました。</p>
<p>
	日付が変わっていよいよJapan Day当日です。このJapan Dayというお祭りは、たけし日本語学校の生徒が出し物をすることで進んでいきます。その内容は茶道のデモンストレーションや、歌や、浴衣のファッションショーなどです。マスコミも呼んで、IFEとたけし日本語学校の活動をアピールする機会にもなっています。</p>
<p>
	<img alt="茶道" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/63_11_2-thumb-250x187-1023.jpg" width="250" />開始は8時の予定ですが、予想通り約2時間遅れの10時から今年のJapan Dayは始まりました。ベナンと日本の国歌を歌い、生徒が「上を向いて歩こう」や「時代」を歌い、茶道のデモンストレーションへと進んでいきます。茶道グループは毎週日曜日の朝に練習をしてきました。私達日本人も茶道は素人でしたから、本を読んだり電話で日本人の知人に聞いたりしながら、一緒に茶道について勉強してきました。釜は料理に使う鍋、お湯を捨てる建水という器もその辺に転がっていた陶器の器をきれいにして使う、生徒が着ているのは浴衣、というような有様でなかなか茶室の雰囲気は出せませんが、それでも動きや作法はできるだけ忠実に再現したつもりです。ものがないことに悩むより、あるもので何とかする、という心構えはベナンでは大切さです。あるもので何とかならなかったら、それは仕方がないのです。そんなこんなで、茶道のデモンストレーションをした4人の生徒達は、ここにあるもので茶道を再現し、お客さんの心をしっかり掴みました。</p>
<p>
	その後は浴衣のファッションショーです。モデルの歩き方や登場の仕方に工夫が凝らされていて、正直言って驚きました。お客さんも盛り上げ方がうまい。別に無理やり盛り上げようとしているわけではないのに、すごい盛り上がり方になってしまいます。さすがベナン人、という感じです。</p>
<p>
	その後は子ども達の「世界にひとつだけの花」です。何人集まるかなと心配しましたが、10人程の子ども達が壇上で歌ってくれました。サビの部分の振り付けもほぼ完璧でした。子ども達はやはり目立つのが好きなようです。本当に楽しそうに歌っていました。歌い終わった後で、子供たちにお菓子を配りました。やはり私と山下先生の財力では、全員分のヨーグルトを買う余裕はありませんでした（笑）ごめんなさい。</p>
<p>
	その後はみんなでカレーとすいとんを食べ、午後からは海岸へ移動して、Japan Dayの第2弾です。到着すると、なぜか海岸でしりとりが始まりました。トスさんの発案により、サムライチームとヤクザチーム、各20名ずつに分かれてのチーム戦です。これがまたすごい盛り上がりでした。1時間以上はしりとりをしていたと思います。その後は砂浜でサッカー大会。炎天下の砂浜でサッカーをするのは当たり前ですが非常に疲れます。山下先生は見学でしたが、私と寺嶋さんは生徒と一緒に死にそうになりながらサッカーをしました。</p>
<p>
	海岸から帰ったあとは、ジャパンハウスの前でパーティです。みんなで踊りました。まったくベナン人のパワーには本当に驚かされます。彼らは疲れというものをしりません。結局みんなが帰って、片付けも終わったのは午後10時過ぎでした。怒涛のような一日でした。でも、これで一番大きなイベントが終わりました。あとは年を越すだけです。来年の1月4日まで、たけし日本語学校はしばしのお休みです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年12月27日（日）祭りのあと</h3>
<p>
	今日は本当に静かな一日でした。ジャパンハウスのメンバーはみんな疲れきっていたので、みんな一日中ぐったりしていました。</p>
<p>
	朝起きて、昨日の後片付けを少しした後は、みんな自分の部屋やリビング兼事務所のような部屋で本を読んだり昼寝をしたりしていました。さすがに今日は生徒も訪ねてきません。昨日の大騒ぎから一転して、今日は静かすぎるほど静かな一日でした。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年12月28日（月）Magic Land</h3>
<p>
	<img alt="Magic Land" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/63_13-thumb-250x187-1025.jpg" width="250" />夏休み、クリスマス、年末年始に人が集まる所と言えば、テーマパーク。それはコトヌーも例外ではありません。コトヌーには二つのテーマパークがあります。ひとつはVillage de No&euml;l（訳すとクリスマス村？）、もうひとつはMagic Landです。ちなみにVillage de No&euml;lは、一年の中で数回名前を変えるらしいです。例えば、夏休み中はVillage de Vacance（休暇村？）という名前になります。中身は変わりません。</p>
<p>
	今日は、Magic Landへ行ってきました。メンバーは、山下先生と寺嶋さんと私、それからジャパンハウスで働いているベロちゃんとイレネーさん、そしてイレネーさんの奥さんと息子さん、さらにイレネーさんの奥さんの弟さんです。</p>
<p>
	到着してみると、Magic Landはガラガラでした。敷地は端から端まで3分も歩けば着いてしまいます。乗り物はメリーゴーランドや、日本の『タイムショック』というクイズ番組に出てくるのとそっくりなぐるぐる回る乗り物、ブランコのようなイスに座って回転する乗り物などがあります。ゴーカートのようなものもあります。ジェットコースターやお化け屋敷は残念ながらありません。乗り物に乗る前にチケットを買います。ガラガラだったので、全く待つこともなく、寺嶋さんと二人でぐるぐる回る系の乗り物に、気分が悪くなるまで乗りました。それで1000FCFA（250円）です。その後は、することがなくなってしまったので、イレネーさん家族の写真をとったり、ゴーカートに乗ってはしゃいでいる山下先生の写真を撮ったりしていました。遊園地としてはちょっと物足りないのですが、久々にテーマパークの雰囲気を味わえたのでよしとします。どうやらMagic LandよりもVillage de No&euml;lの方が人気があるようなので、次回はそちらに行ってみたいと思います。</p>
<p>
	Magic Landの後は、日本人3人とベロちゃんの4人で中華料理屋へ行きました。年末だし、たまには贅沢しようということになったのです。そこはきちんとしたレストランで、料理もとてもおいしかったです。多分、中華料理をこれほどおいしいと感じたのはこれが初めてではないか、と思えるぐらいおいしかったのです。しばらくアジアの味から離れていたので、余計おいしく感じたのかもしれません。日本に帰って寿司でも食べたら、あまりのおいしさに失神してしまうんじゃないかと今から少し心配です。</p>
<p>
	そんなこんなで、今日は2009年の遊びおさめをしました。今年もあと3日で終わりです。あと3日はどこにも行かず、屋上で素振りでもしながら過ごしたいと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年12月31日（木）紅白歌合戦 in ベナン</h3>
<p>
	大晦日です。今日は山下先生の発案により、カラオケ大会をしました。会場の教室に行ってみると、黒板には「年忘れ・大カラオケ大会」の文字が踊り、さらにトイレットペーパーの芯と柔らかいボールで作ったマイク、コーラまで準備されていました。私と寺嶋さんは二人でただただ驚いていました。山下先生に何があったのでしょうか。</p>
<p>
	というわけで、カラオケ大会が始まりました。カラオケと言っても、もちろんテレビに歌詞が出るわけでもないし、カラオケ用の曲がかかるわけでもありません。たけし日本語学校にあるCDの中かから曲を選び、ラジカセで曲を流します。もちろん歌詞がわからない歌もたくさんあるので、全部は歌えない歌ばかりなのですが、約2時間程の間、スピッツやらモンゴル800やらミスチルやら中島みゆきやらを歌いました。途中でイレネーさんも仲間に加わり、『上を向いて歩こう』を歌ってくれました。山下先生は演歌も披露してくれました。</p>
<p>
	<img alt="カラオケ大会" class="imgleft" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/63_16-thumb-250x187-1027.jpg" width="250" />カラオケの後は、これまた山下先生の発案により映画鑑賞会が開かれました。一本目は『ホテル・ルワンダ』。私は初めてこの映画を見ましたが、アフリカにいる時に見ることができてよかったと思いました。その後はジブリの『耳をすませば』。それが終わると『天才たけしの元気がでるテレビ』。全くつながりのない2本の映画＋バラエティー番組を見ながら、いろいろと考えさせられたり、笑ったりしました。ベナンにいると、紅白歌合戦もゆく年くる年も格闘技番組も見られないので（当たり前ですが）、全くと言っていいほど年の瀬気分が盛り上がってきません。それでも大晦日にここまでイベントを集中させると、さすがになんだか特別な気分になって来ました。外では爆竹が鳴らされています。あとは年が明けるのを待つだけです。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
</content>
</entry>
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<title>お便り 62 - 12月前半</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/letters/000792.html" />
<id>tag:zom.canarygraphics.co.jp,2010:/ife/columns/teacher//44.792</id>
<published>2010-01-08T17:07:08Z</published>
<updated>2010-03-09T11:26:59Z</updated>
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<name>日本語教師の窓</name>

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<category term="お便り" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />

<content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/">
<![CDATA[<h3>
	2009年12月2日（水）暑い</h3>
<p>
	12月になりました。日本はクリスマスムード一色でしょうか。街はイルミネーションに包まれているんでしょうね。</p>
<p>
	ベナンは一年で最も暑いシーズンに突入しました。気温は35度前後ですが、日本と違って湿気がないので、そこまで暑くは感じません。でももちろん暑いです。そして日差しが痛いです。</p>
<p>
	特に昼間のクラスはとても暑いので、生徒も大変そうです。ベナン人にとってもこの季節はやっぱり暑いのです。ちょっと動くたびに体中から汗が吹き出てきます。特に授業をしている時とご飯を食べている時は汗だくです。夜は夜で、コンクリートの建物が昼間のうちにしっかりと熱を吸いこんでくれているので、とっても暑いです。</p>
<p>
	そんなこんなで、ベナンはこれから暑いクリスマスへと向かっていきます。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
<![CDATA[<h3>
	2009年12月3日（木）天気予報</h3>
<p>
	今日、夜の授業を終えて晩ご飯を食べていると、テレビで天気予報をやっていました。思い返してみると、ベナンに到着してからというもの、ベナンのテレビで天気予報を見た記憶がありません。おそらく6か月目にして、初めてベナンの天気予報を見ました。どちらかというと大雑把な天気予報でした。ベナンを大体大まかに半分に区切って、上半分はとっても暑いです。下半分は暑いです。各地の気温はこれぐらいです。というような感じです。大乾季に入ってしまうと、雨はほとんど降らないので、そこまで詳しい天気予報をする必要もないのかもしれません。それに比べると、日本人の天気に対する意識はすごいと思います。毎日必ず天気予報を見るし、天気予報もかなり詳細です。それは天気が毎日変化するということと、天気が生活に少なからざる影響を与えるからなのでしょう。天気予報ひとつとってみても、日本とベナンの文化の違いを感じます。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年12月4日（金）Ｗ杯抽選会</h3>
<p>
	今日の夕方、サッカーのワールドカップの抽選会が行われました。初めて一部始終をテレビで見ました。</p>
<p>
	日本の初戦はカメルーンですが、きっとこれから先日本では「カメルーンの身体能力に要注意」のような放送が繰り返し行われるのではないかと思います。確かにアフリカ人の身体能力は総じて高いと言えるかもしれませんが、なんだかアフリカ人が身近になったせいか、昔ほどその身体能力とやらを脅威に感じていない自分がいて、ちょっとおもしろかったです。昔は、アフリカと言うと、「視力がすごく良くて、みんなチーターみたいに走るのかな〜」などと思っていましたが、ベナンでは意外と眼鏡をかけてる人も多いし、ドテッとした体の人もたくさんいます。もちろん都会に住んでいる人と田舎に住んでいる人とでは違うだろうし、サッカー選手と一般の人とでは全然運動能力が違うとは思いますが、なんとなく、自分のアフリカ人に対するイメージというか捉え方が変わっているのに気が付きました。</p>
<p>
	それから、ベナンと同じ西アフリカにあるコートジボアールとナイジェリアに対しては、妙に親近感を覚えて応援したくなってしまいます。コートジボアールはポルトガルと同じリーグですが、昔だったら絶対にポルトガルを応援していたであろう自分が、「コートジボアールがんばれ！」などと言っているのは、なんとも面白いというか、いいかげんなやつというか、そんなことを感じた抽選会でした。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年12月6日（日）島唄</h3>
<p>
	今日はトス先生が担当しているＳクラスで『島唄』を歌いました。「でいごの花が咲き〜♪」で始まるあの歌です。Ｓクラスはまだ初級の最初の段階なので、島唄の歌詞の意味を理解するのはとても難しいのですが、トス先生たっての希望ですることになりました。歌詞全部の意味を説明するのは難しいので、サビの部分だけトス先生がフランス語で説明し、その部分をみんなで歌いました。島唄の背後にある、戦争に対しての悲しみのようなものはおそらく生徒には伝わりませんでしたが、その音と言葉の美しさに対して、生徒は何か感じるものがあったようです。</p>
<p>
	今回の島唄もそうですが、授業で生徒達と一緒に日本の歌を歌うと、何か泣きたいような気分になります。その理由は、日本のことがなつかしく思い出されるから、というのとも少し違う気がします。日本から遠く離れた国の人たちが、一生懸命に日本の歌を歌ってくれているという事実に対して、ある種の感動のようなものを覚えているのかもしれません。</p>
<p>
	以前、私が担当するOPクラスで「大きな古時計」を歌った際、3番の「天国へ昇るおじいさん。時計ともお別れ〜♪」という所で、本当に、冗談抜きで涙が出そうになりました。大人数で合唱している、ということが影響しているのかもしれないし、歌詞の意味を生徒に伝えるために、言葉の意味や使われ方を吟味するので、余計に歌詞の意味が沁みてくるのかもしれません。まだはっきりとした理由はわかりませんが、泣きたいような気分になる度に、また、生徒がその歌を気にいったと言ってくれる度に、日本にこういう歌があってよかった、と思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年12月7日（月）Santa Claus is coming？</h3>
<p>
	<img alt="おもちゃ屋" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/62_7_1-thumb-250x187-1005.jpg" width="250" />もうすぐクリスマスです。日本の街はイルミネーションに包まれていることでしょう。</p>
<p>
	コトヌーの街ではあまりクリスマスのイルミネーションや飾りつけは見られません。では全くクリスマスの気配がないのかというと、そういうわけでもありません。街に出ると、クリスマスが近いことをはっきりと意識させてくれるものを見つけることができます。おもちゃ屋です。</p>
<p>
	コトヌーでは至る所に露店があります。売っているのはベナン料理、パイナップルやマンゴーなどの果物、文房具、かばん、服などです。面白いのは、この露店が季節ごとに装いを変えることです。もちろん果物などは季節によって取れるものが変わりますから、露店でも旬の果物が多く売りに出されることになります。</p>
<p>
	<img alt="おもちゃ売り" class="imgleft" height="200" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/62_7_2-thumb-150x200-1007.jpg" width="150" />でも季節を感じるのは果物の露店からだけではありません。例えば夏休みが終わる頃になると、文房具や教科書を売る露店が多くなります。子ども達がノートなどを必要とするからです。それと同じようにクリスマス前にはおもちゃ屋が増えます。頭の上にたらいのようなものを乗せ、そこにおもちゃを乗せて売り歩いている人もいます。そういう所から、クリスマスが近いことを感じることができます。</p>
<p>
	しかし個人的には、いまひとつクリスマス気分が盛り上がってきません。その要因のひとつは間違いなく天候だと思います。気温35度のクリスマスというのは、やはりピンとこないというかしっくり来ません。やっぱりクリスマスは冬だよな〜と日本生まれ日本育ちの私は思ってしまうのです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年12月9日（水）テスト週間</h3>
<p>
	<img alt="Qクラス" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/62_9-thumb-250x187-1009.jpg" width="250" />今週からたけし日本語学校はテスト週間に入りました。明日は私が教えているQクラスのテストです。Qクラスは日本語を勉強し始めて1年半程のクラスです。1年半というと長い気がしますが、多くの生徒は教科書や辞書を持っておらず、一週間に3時間しか日本語に触れる機会がないため、実質勉強している時間数としてはまだかなり少ないのです。Qクラスはまだ初級の教科書が4分の1終わった段階です。</p>
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	このQクラス、なかなかの個性派揃いです。このクラスの雰囲気は、鋭い質問を投げかけてくるOPクラスやJKLMクラスとは明らかに違います。また、静かな生徒が多いRクラスとも違います。</p>
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	いつも来る生徒は大体6人です。英語教師をしているアキノラさんは、出席率は一番なのですが、授業中はにこやかに笑っているか、寝ているかのどちらかです。アキノラさんがわからなくて困っている時、いつも説明してあげているのがフントンジさん。とにかく人に説明するのが大好き。でもその説明は間違っていることも多いので要注意（笑）。それから写真家のアディカさん。なんとなくアキノラさんと雰囲気が似ていて、いつもにこやか。そしていつもにこやかに間違えます。クラスの中で一番おしゃれなのがカポさん。服だけでなく、発言もおしゃれです。以前、授業中にカポさんがやたらと語尾を上げて話しているので、どうしてそういう話し方をするのか聞いてみると、「ファッションです」という答えが返ってきました。Qクラスで一番の優等生はフンコヌさん。出席もテストもずば抜けていいです。アキノラさんやアディカさんが困っていると、ため息をつきながらもちゃんと教えてあげます。ちなみに彼はクラスで一番年下の生徒で、大学を卒業したばかりです。そして最後はボサさん。職業は車関係のエンジニア。いつも油で汚れたＴシャツを着ていて、いつもエキセントリックな質問を私にぶつけて来ます。そして一度質問し始めると止まりません。ボサさんが質問をすると、何を言っているのかわからなくてもみんな笑ってしまいます。Qクラスは個性派揃いののんびりとした雰囲気のクラスです。実はこのＱクラス、来タームからOPクラスとの合併が決まっています。あの鋭い質問を飛ばしてくるOPクラスの中で、Qクラスのメンバーが生き残っていけるのかどうか、今から若干不安です。</p>
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	そのQクラスは、明日テストです。今回のテストで50％以上をとれば、ジュニアコースの修了証書をうもらうことができます。私はアキノラさんとアディカさんのことがとても心配です。テスト前にも何度か復習の機会を設け、わからない所は個別に教えたりもしましたが、果たして・・・。彼らが何とか50％以上とって、OPクラスでの授業に弾みをつけて臨めることを祈っています。</p>
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	藤波</p>
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	2009年12月11日（金）ミセボ</h3>
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	<img alt="ミセボ" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/62_11-thumb-250x187-1011.jpg" width="250" />コトヌーは市内のいろいろな所に市場があります。食べ物を売っている市場なら、ジャパンハウスの周りにもいくつかあります。そしてその中でも最も大きいのが、以前にもこのブログ上で紹介したダントッパです。では衣料品などはどこで売っているのかというと、これまたきちんと服や靴のマーケットがあるのです。そのマーケットはミセボという町にあります。コトヌー市内には、服や靴を売っている店も多くありますが、やはり割高です。もちろんそういう店の商品は品質がいいわけです。対してミセボではそこまで質のいい品を求めることはできません。しかし、とにかく種類が豊富で安いのです。今日は、そのミセボへ行ってきました。</p>
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	ミセボのいくつもの通りには、小さい店がひしめき合うようにと並んでいます。商品はおそらくいろいろなルートでかき集められてきているのだと思います。シャツやズボンはぐじゃぐじゃに丸めた状態で運ばれて着て、アイロンをかけられることもなくそのまま店頭に並びます。ですからもちろんしわだらけです。本当にいろんな服があります。日本の某建設会社の作業着から、イギリスのスーパーマーケットの制服、アニメのキャラクターや漢字がプリントされたＴシャツまで、とにかくありとあらゆるものが売られています。サンダルや靴やカバンもたくさん売られています。</p>
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	マーケットで買い物をする時に大切なのは、いかに値切るかということです。特にアフリカ人ではない人間が単独で行くと、店員は絶対にぼったくろうとします。そこをいかにかわすかが勝負の分かれ目なのです。今日は寺嶋さんが服を買うのについて行ったのですが、私もついでにサンダルを買いました。日本で買った300円のサンダルがついに壊れてしまったので、新しいものを買おうと思っていたところだったのです。何軒か回って、やっと比較的作りがしっかりしているサンダルを見つけました。店のお兄ちゃんに聞くと、12000FCFA（3000円）とのこと。しかしそれは高すぎる。交渉してみると、とりあえず8000FCFA（2000円）までは下がったものの、その後はなかなか下がりません。「同じ物を4000FCFA（1000円）で売ってる店を知ってるよ」と言ってみても下げる気はない様子。仕方がないので、最後の手段。「じゃ、いらない。またね。」と言って立ち去ってみると、案の定追いかけてきます。そこですかさず、「じゃ、5000FCFA（1200円）で。」と言うと、あっさり&ldquo;ok&ldquo;のお返事。</p>
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	こういうやりとりは結構楽しいのですが、お店のお兄ちゃんはたぶん生活が苦しいので、有利なのは客です。それを考えると何となく悪いことしたかな、という気にもなりますが、イレネーさん曰く、「5000FCFAでもまだ高い」とのこと。最初の言い値から7000FCFAも値切りましたが、それでも十分儲けの出る値段だったようです。ベナン人にはいくらで売るのか、非常に気になる所です。</p>
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	藤波</p>
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	2009年12月12日（土）風</h3>
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	たけし日本語学校の教室では、よく風で紙が飛びます。私は紙の教材をたくさん使うので、気がつくと教卓の上に置いておいた教材がない、ということが時々あります。ですから、いろいろな重しを教卓の上に置いて、教材やプリントが飛ばされないようにします。ベナンは雨季の間は結構風が強いのです。</p>
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	しかし先日、ふと気が付きました。最近あまり紙を飛ばされなくなったな、と。もちろん重しをおいているからということもあるのですが、それでもついつい油断して飛ばされてしまうのです。でも最近はあまりそういうことがありません。どうやらあまり風が吹かなくなったようです。</p>
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	大乾季に入って気温が上がると同時に、風もあまり吹かなくなりました。比較的涼しい季節に嫌というほど風が吹くのに、一番風がほしい季節にピタッとやんでしまうなんて、なかなかうまくいかないもんだなと思いますが、それは仕方のないこと。とにかく、教室で教材が飛ばされなくなったという事実からも、季節が変わったことが明確にわかるわけです。</p>
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	藤波</p>
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	2009年12月13日（日）かえると飛行機と中島みゆき</h3>
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	<img alt="紙飛行機" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/62_13-thumb-250x187-1013.jpg" width="250" />今日は仕事の都合で授業ができないトス先生に代わって、私がSクラスの授業をしました。前半は形容詞の過去形について勉強し、後半は日本の文化ということで折り紙をしました。</p>
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	今日作ったのは「カエル」。ちゃんとジャンプもするカエルです。若干難易度が高いので、かなり苦戦するだろうなと思っていたら、なんと40分位であっさりできてしまいました。私と山下先生と寺嶋さんの3人体制で教えたのがよかったのかもしれませんが、それにしてもとても上手にできたので、びっくりしてしまいました。カエルの製作が予想外に早く終わったので、残りの15分位で紙飛行機を作りました。一番シンプルなやつです。そして、教室の前に全員で立って、恒例の「誰の飛行機が一番遠くまで飛ぶでしょうか選手権」をしました。なかなか盛り上がりましたよ。授業の後の生徒の皆さんの満足そうな顔を見るにつけて、「あ〜、この顔を見るために先生やってるんだな〜」と思いました。</p>
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	午後からは山下先生のＡBDHIクラスがありました。このクラスはたけし日本語学校で一番上のレベルのクラスです。今日は中島みゆきの「時代」を歌いました。この曲、実は私が山下先生にすすめたのですが、実際にやってみるまでは生徒が気に入ってくれるかどうか非常に心配でした。でもそれは杞憂でした。生徒の皆さんはとても気に入ってくれたようでした。やはり、国籍に関係なく、名曲は名曲なんですね。ベナンでベナン人と一緒に中島みゆきを歌う。これ、なかなかいいもんですよ。</p>
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	藤波</p>
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	2009年12月14日（月）大野君と杉山君</h3>
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	昨夜、山下先生と寺嶋さんと私とベロちゃんの4人で、91年に公開された「劇場版ちびまるこちゃん」を見ました。夕食の時にベロちゃんがそれを見始めました。ちなみにベロちゃんは、日本語がほとんどわかりませんが、時々一人でちびまるこちゃんを見ています。特に、その映画の中で歌われる「おおきな古時計」がお気に入りらしく、昨夜は、歌詞を紙に書いてほしいと頼まれました。もちろん、あとでちゃんとローマ字で歌詞を書いて、ベロちゃんにあげました。</p>
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	さて、映画の内容ですが、ご存じまるちゃんのクラスにいるガキ大将2人組、大野君と杉山君の友情物語でした。運動会の騎馬戦でピンチにおちいっている大野君を杉山君が助けてあげられなかったことが原因で二人の友情にひびが入ってしまう。しかし、冬の合唱コンクール本番で、独唱パートで声が出なくなった大野君を杉山君が助けて友情が復活。最終的には大野君が東京に引っ越してしまうが、おれたちの友情と夢は永遠さ！・・・というようなお話。</p>
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	「大野君と杉山君熱い！」というのがわたくしの率直な感想。正直に言うと、ちょっと胸が熱くなってしまいました。「ちびまるこちゃんで何を言ってるの。」とおっしゃるかもしれませんが、ちょっと学生の時の部活を思い出してしまいました。そういう熱さってスポーツでも仕事でも絶対必要だと思うんですよね、私は。そういうわけで、なぜかベナンで劇場版ちびまるこちゃんを見て、ちょっとセンチメンタルな、そして熱い気分になってしまいました。</p>
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	藤波</p>
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	2009年12月15日（火）なんか悔しい</h3>
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	以前、「私はたんたんとベナンで日本語を教えています」というようなことをこのブログ上で書いた記憶があります。たしかにひたすら朝から晩まで日本語を教えるためだけに生活しているようなものなのですが、決してボケーっと日本語を教えているわけではなく、喜んだり、腹を立てたり、悔しがったりと日々感情の起伏は意外と激しいのです。</p>
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	悔しいと思うのは、授業が全然うまくいかなかった時と、自分の無力さを思い知らされた時です。自分の無力さを思い知らされる時というのは、例えばベナンの教育について考える時です。ベナンが抱える問題の多くはやはり教育の環境が整っていないことに原因があると私は思います。しかしながら、生徒の中に「教育について勉強したい」という人はほとんどいません。「日本で技術を学びたい」「金融や経済を学びたい」という人はたくさんいるのに、「教育」という言葉が出てきません。</p>
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	生徒の中には問題意識はあります。「田舎できれいな水が飲めない」という問題の根本には「教育のシステムが未発達である」という問題がある、という意識はあるようです。が、そこでそれを何とかしようというふうにはならない・・。自分でもよくわからないのですが、そういう時とても悔しいのです。別に生徒を洗脳しようという気はありませんが、そういう方向にも目を向けてほしいなと個人的には思うわけです。</p>
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	確かに技術や経済の知識も大切だけど、長期的に見ると、子ども達にいろんな可能性を見せてあげた方が絶対にベナンの将来のためにはいいはず！と私は思うのですが、どうでしょうか。</p>
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	藤波</p>
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</content>
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<title>お便り 61 - 11月後半</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/letters/000791.html" />
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<published>2009-12-25T16:33:20Z</published>
<updated>2010-03-09T11:27:57Z</updated>
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<name>日本語教師の窓</name>

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<category term="お便り" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />

<content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/">
<![CDATA[<h3>
	2009年11月16日（月）いってらっしゃい寺嶋さん。</h3>
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	今日、ジャパンハウスで一緒に生活しているIFEスタッフの寺嶋さんが、小学校の視察のためにベナン北部へ出発しました。今回は1週間ほどの予定で、私達が住んでいるコトヌーから430km程北にあるParakou（パラク）という町と、同じくコトヌーから200km程北にあるDassa- Zoum&eacute;（ダサズメ）という町の近くにある、たけし小学校といのうえ小学校の視察をするそうです。<br />
	全て車で移動するわけですが、舗装されていないデコボコ道が多いのでかなり過酷な旅になることは間違いありません。<br />
	私もベナンの小学校でどのような授業が行われているかということについてはとても興味があるので、いつか見てみたいなと思っています。一度だけたけし小学校といのうえ小学校には行ったことがあるのですが、残念ながらその時は授業がありませんでした。寺嶋さんが帰ってきたら、どんな様子だったか話をたくさん聞きたいと思います。<br />
	それから寺嶋さんが現在栽培中の白菜の水やりはまかせておいてください。</p>
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	藤波</p>
]]>
<![CDATA[<h3>
	2009年11月20日（金）今日のトップニュース</h3>
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	今日のベナンの夜8時のニュースでトップニュースとして報道されたのが、「来年1月にベナンに日本大使館ができる」というニュースでした。今日は1月から着任される大使の方が、ベナンのヤイ・ボニ大統領と会談をしている映像と、インタビューを受けている映像が放送されました。</p>
<p>
	日本大使館ができることで、日本への留学の道が少しでも広く通りやすいものになってくれればと思います。また、アルバイトを含め大使館関係の仕事につく生徒が出てくれれば、さらに日本語を勉強するモチベーションが高まるのではないかと思います。<br />
	もちろんいきなり劇的な変化を期待するつもりはありませんが、大使館の設置は日本とベナンの距離がさらに近くなる、大きな一歩であることは間違いないと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年11月21日（土）自分がベナンにいられる理由</h3>
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	今日は、生徒のお父さんのお葬式に行ってきました。場所はコトヌーから車で3時間ほどの距離にある街です。ベナンに来て、「お葬式」という言葉を聞く機会が本当に増えました。生徒はしょっちゅう家族や親戚のお葬式に行きます。私がベナンに来てから、お父さんが亡くなった生徒は今回で2人目です。20代、30代の生徒の親が亡くなってしまうのがベナンの現実です。</p>
<p>
	葬儀に参列して生徒の本当に悲しそうな顔を見ながら、私は自分の祖父のことを思い出さずにはいられませんでした。私のじいちゃんは、私がベナンに来る直前に亡くなりました。じいちゃんは私が大学に入る前の年に脳梗塞で倒れて、それから10年近く歩くことも満足に話すこともできない状態でした。じいちゃんが脳梗塞の後遺症と闘っている間、私はずっと実家から離れた場所で暮らしていました。私はじいちゃんが亡くなるまで、東京に約5年半、イギリスに約2年半住んでいました。ベナンに出発する6か月前に日本に帰国し、6ヶ月間だけ実家で暮らしていました。じいちゃんは、私が実家で暮らしていた、その6か月の間に亡くなりました。その時期がもう少し早ければ、私はイギリスにいたし、もう少し遅ければアフリカにいました。私がこの8年間で実家にいたのはわずか6か月だけです。その6か月の間にじいちゃんは亡くなりました。<br />
	私は、特に理由はないけれど、じいちゃんが私をベナンに行かせてくれたような気がずっとしています。そして、じいちゃんだけじゃなく、私は親や友達の助けがなければ私はベナンに来ることができませんでした。<br />
	きれいごとじゃなく、私は自分の力でここにいられるわけじゃないということを改めて感じた一日でした。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年11月22日（日）ありがとうございます。</h3>
<p>
	私事ではございますが、昨日、27歳になりました。<br />
	「ありがとうございます」という言葉しか出てこないのですが、各クラスの生徒の皆さんが、私の誕生日を祝って歌を歌ってくれたり、ケーキを持ってきてくれたり、布やワインのプレゼントをくれたり、至れり尽くせりの誕生日でした。教壇に一人で立って、生徒全員に日本語とフランス語と英語とフォン語の「ハッピバースデートゥーユ〜♪」を歌ってもらうというのは何とも言えず恥ずかしいというかくすぐったい感じでしたが、本当にどうもありがとうございました。これからもよろしくお願いします。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年11月23日（月）子どもたちが見ているものは。〜給食プロジェクトの現在〜</h3>
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	<img alt="給食プロジェクト" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/61_8_1-thumb-250x187-995.jpg" width="250" />昨日、ベナン北部の町Palakou（パラクー）とDassa-Zoume（ダサズメ）の小学校を調査・視察しに行っていた寺嶋さんが無事、ジャパンハウスに帰って来ました。今回の視察の主な目的は、今年から始まった給食プロジェクトがどのように行われているのかを実際に現地で確認することです。</p>
<p>
	給食プロジェクトは、日本人の方々から頂いた寄付でベナンの小学生に1年分の給食をプレゼントしようというもので、北野たけしさんの発案によりはじまったプロジェクトです。IFEが主体となって現在進行中のこのプロジェクトは、たくさんの方々のご協力により、ベナンのたけし小学校といのうえ小学校で給食をスタートさせるに至りました。ご協力いただいている皆様、本当にありがとうございます。</p>
<p>
	寺嶋さんが撮ってきてくれたビデオで給食の様子を見ました。子どもたちの顔を見ると、給食が彼らにとっていかに楽しみなイベントであるかがわかります。たけし小学校の生徒は校舎から我先にと給食室へ走って行きます。いのうえ小学校の生徒達は学年ごとに整列して給食を受け取りに向かいます。学校ごとの個性が出ていておもしろいのですが、給食を食べている時の子ども達の顔はどちらの小学校も同じでした。どちらの小学校の子ども達も本当に楽しそうに給食を食べていました。</p>
<p>
	ビデオの中には、給食以外の授業風景もありました。小学生達はその日、算数の授業で九九の練習をしていました。生徒達が順番に前に出て九九の暗唱をします。他の生徒はそれを聞いています。その時先生は教室にいませんでした。どうやらベナンの学校では、先生が教室にいないことも多いようです。会議をしたり、テストを作ったりしているようです。</p>
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	<img alt="給食プロジェクト" class="imgleft" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/61_8_2-thumb-250x187-997.jpg" width="250" />その後、寺嶋さん達が向かったのは、いのうえ小学校から少し奥に行ったところにあるもうひとつの小学校。そこはIFEが建てた小学校ではなく、ベナン政府が建てた小学校です。その小学校の校舎は細い杭の柱と植物の葉でできた屋根のみ。生徒は約30名前後、先生は一人。いのうえ小学校との差に愕然としました。その学校にはきちんとした校舎さえありませんでした。</p>
<p>
	日本の小学校に通っている子ども達は、程度の差こそあれ、先生や教科書、その他のいろいろなメディアを通して、いろいろな可能性を見て、知ることができます。例えば、世の中にはどんな職業があるのか、どんな国があるのか、どんな人種の人がいるのかなど、そういったことを知ることができます。その情報を将来どう活かすかは本人達次第ですが、少なくともいろいろな可能性を見ることができます。では、ベナンの子どもたちはどれだけの可能性を見ることができているのだろうかと考えてしまいます。たけし小学校といのうえ小学校の子供たちは、給食によって間違いなくひとつの可能性を見ることができていると思います。日本という国や日本人の存在、給食というシステムについても知ることができるからです。<br />
	私はベナンの小学校の先生のレベルや授業内容については詳しくわかりませんが、校舎や給食と同じくらい大切なことに、「教育のシステム」と「教師の質」というものがあると思います。情報を与えたうえで、それに対してどういうリアクションをするかは子ども達次第ですが、そういった情報さえも得ることができないというのは、なんというか・・・フェアじゃないような気がします。<br />
	ベナンの子ども達がもっといろいろな可能性を見ることができるようになるように、今私達にできるのは、大人達に日本語と日本を通して、ひとつの可能性を見てもらうことです。</p>
<p>
	写真は、給食を食べているいのうえ小学校の子ども達と、給食の準備をしているお母さんたちです。</p>
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	藤波</p>
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	2009年11月24日（火）アフリカはゴミ捨て場ですか。</h3>
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	毎週火曜日と木曜日の午後は、会話クラスです。生徒はセポンさんとダベデさんとアムスさん。3人とも、たけし日本語学校で一番上のレベルのクラスで勉強している生徒です。会話クラスはいわばこの3人のための特別授業です。ダベデさんはIFE・ジャパンハウスの秘書として、セポンさんとアムスさんはそれぞれ畜産と機械について学ぶために将来日本へ行く生徒として、ある意味最も日本に近い3人です。</p>
<p>
	今日は、ベナンの環境問題についてディスカッションをしました。コトヌーの町はバイクと車の排気ガスで、常に視界が白く濁っています。その原因のひとつは、バイクと車が古いことにあります。すでに数十万キロ走っている車や、一昔前のエンジンを積んだバイクが平気で道を走っています。ジャパンハウスのトヨタも、すでに２０万キロ以上を走破しています。<br />
	なぜ、アフリカにそういう車やバイクが集まるかというと、当然アフリカの人々が安い車やバイクを買いたがるからです。確かに買う時はいいかもしれませんが、長期的に見ると空気は汚れるし、修理にもお金がかかるし、あまりいいことはありません。それでも外国から輸入されてくる安い車やバイクを買わざるを得ない現実があります。<br />
	輸入されてくるのは車やバイクばかりではありません。冷蔵庫などの家電製品も運ばれてきます。もちろん、一昔前のフロンガスを使用している冷蔵庫もしっかり運ばれてきます。</p>
<p>
	「アフリカはゴミ捨て場ですか。」とセポンさんは言いました。それは、ベナンが抱える問題について、その一側面を的確についた意見だと思いました。もちろん、原因は他にもあります。国外に全ての原因があるわけではなく、ベナン国内にもその原因はたくさんあると思います。でも、「アフリカはゴミ捨て場ですか。」という言葉に、ハッとさせられました。その国のために何をするのがいいことなのか、それを常に考えなくてはいけないと感じました。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年11月25日（水）ヨボとシノワ</h3>
<p>
	コトヌーの町を歩いていると、ベナン人によく声をかけられます。何と声をかけられるのか、大まかに２パターンあります。</p>
<ol>
	<li>
		「シノワ」＝仏語で「中国人」、「チャイニーズ」、「ニイハオ」、「フンハオ」、「ジャッキーチェン」など・・</li>
	<li>
		「ヨボ」＝ベナンの言葉で「白人」</li>
</ol>
<p>
	1.は、私達日本人を中国人として見ている場合、2.は白人として見ている場合です。1.と2.の使用頻度を年齢別にみてみると、幼児から小学校低学年の子ども達は「ヨボ」の使用頻度が圧倒的に多く、小学校高学年から大人にかけては「シノワ」が多いです。<br />
	2.の「ヨボ」は、「ヨボヨボ、ボンソワ〜（白人さん白人さん、こんにちは）」という歌のようなものがあって、子ども達は私達を見ると、それをリズムに乗って歌います。厳密に言うと日本人は白人ではありませんが、別に不快感などはありません。むしろ、あまりにも小さい子どもに声をかけられるので、ちょっとしたスター気取りで手を振ってみたりもします。</p>
<p>
	問題は1.の「シノワ」です。別に「中国人」と言われることがいやなわけではありません。その言い方が問題なのです。馬鹿にしたような口調で「シノワ〜」、「ニイハオ」と言われるので、その度にちょっとムカッとしてしまいます。向こうにはおそらくその気はないのでしょう。その証拠に、「中国人じゃなくて日本人だよ。」とこちらが言うと、「そうなの？あ〜、ジャポネ〜！おれの友達が日本の会社で働いてるよ。」というような感じで会話が弾んだりもします。しかし、しかしです。どうしてもその口調が人を小馬鹿にしているとしか思えないような言い方なのです。おそらく、言葉の響きの問題なのでしょうが、暑い中を汗だくで歩いている時に、「ニイハオ」などと言われると、思わずむきになって、「中国人じゃない。」と言い返したくなります。はい、私は小さい人間です。<br />
	しかし私は、ベナン人の「シノワ〜」の中に、どうしても中国人を蔑む気持ちが含まれているような気がしてなりません。実際こんなことがありました。ある日、中学生くらいの女の子に「シノワ〜」と言われたので、私は手を振ってこたえてみました。すると、その子は地面に大の字になって笑いだしました。その態度は明らかに人をばかにする時のそれでした。なぜか中国人はいろんな所で評判があまりよくありません。例えばロンドンに住んでいるイギリス人には、中国人嫌いの人が多いように思います。一部の中国人の行動がイギリス人に嫌悪感を抱かせるわけですが、それと同じような感情がベナン人にもあるのかもしれない、と私はずっと思っていました。</p>
<p>
	ある生徒曰く、おそらく「シノワ〜」にそれほどの悪意はないが、中国人を軽蔑するような気持ちは少しはあるのではないか、とのこと。その理由は中国のベナン進出によるところが大きいとのことです。現在、ベナンの大きな道路や橋を作る工事は、中国企業が請け負うことが多いようです。ベナンの利益というか富を横取りしていくようなやり方が、ベナン人の反感をかうこともあるようです。たしかに中国のベナン進出の勢いはかなりのものです。国をあげてベナンと関わろうとしています。その関わり方は、政府からの援助であったり、企業の進出であったりするわけです。コトヌー市内でもよく中国人を見かけます。そのようなわけで、ベナンにおける中国と中国人、およびジャッキーチェンの存在感がすごいので、アジア＝中国というイメージが出来上がってしまい、アジア人っぽい人を見ると、とりあえず「シノワ」と言ってみるのではないか、とその生徒は言っていました。</p>
<p>
	そんなこんなで、私達は日々「中国人！」と呼ばれ続けています。気持ちに余裕のある時は、笑って「違うよ〜。」と言ったり、開き直って「ニイハオ」などと返したりしますが、あまり気持ちに余裕がない時はイライラしてしまい、「小さいな、おれ。」などと思ったりして、道を歩くだけでも結構忙しいです。毎日私は人間としての器の大きさを試されているのです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年11月26日（木）笑いのツボ</h3>
<p>
	ベナンで一番愛されているスポーツはおそらくサッカーです。W杯には残念ながら出場できませんが、予選の時の盛り上がりは、数年前の日本でのそれと全く同じでした。ベナンにプロのサッカーリーグはないようですが、欧州でプレーしているベナン人選手もいたりして、欧州のサッカーリーグはかなり人気があります。そして欧州サッカーと言えば、チャンピオンズリーグというヨーロッパNo.1のクラブチームを決めるトーナメントが毎年開かれ、ヨーロッパは大変な盛り上がりを見せます。その盛り上がりはベナン共和国コトヌー市セント・リタのジャパンハウス周辺でも同じです。</p>
<p>
	ジャパンハウスの近くに、スポーツバーのようなお店があります。店と言ってもほぼ屋外に近い感じで、広いスペースにテーブルといすが並べられ、欧州で試合がある日はプロジェクターを使用して白い壁にサッカーの試合を映します。その店は試合がある日は大繁盛で、特にチャンピオンズリーグの試合がある時は、店の中だけでなく、入り口付近にも人が群がります。<br />
	私が応援しているイギリスのチームは、あろうことか早々とグループリーグで姿を消してしまったのですが、それでも数少ない娯楽として、月に1、2回は寺嶋さんと一緒に夜、試合を見に行っています。</p>
<p>
	私と寺嶋さんは、ベナン人はてっきりフランスのチームなんか応援しないんだろうなと思っていました。ところが、彼らはしっかりフランスのチームも応援します。そして、元フランス代表のジダンが大好きです。今はフランスで解説者として活躍している彼が画面に登場すると「ジダーン！」と声が飛びます。現役の選手の中でみんなが大好きなのは、ご存じロナウジーニョです。ロナウジーニョ得意のトリッキーなプレイが飛び出すと、もうみんな大喜びです。日本人のリアクションだと、「すごいな〜」とか「お〜」とか、拍手とかそういったものが普通だと思いますが、ベナン人は叫び、更に笑います。なぜか笑うのです。本当に楽しそうで、しかも嬉しそうです。<br />
	楽しいのはわかるけど、今のは笑うところかな？などと思わず考えてしまうのですが、人種や国籍が違うと笑いのつぼも当然違うのです。ジャパンハウスで働いているベロちゃんはよくシリアスなドラマをみて大爆笑しています。例えばどんな場面かというと、「夫の浮気を知った妻がショックのあまり自殺を企て、浜辺から海へゆっくりと入っていく・・・」というような場面です。「ふっ、ありきたりだなぁ。」というような苦笑ならまだわかりますが、ベロちゃんはいつも大爆笑です。<br />
	どうしてそこで笑えるのかは全然わかりません。違う国の人と一緒にいるとわからないことだらけです。笑いのツボなどわかるはずがありません。<br />
	でも、日本のコメディーはベナンでも通用しそうですよ。なぜなら、たけし日本語学校の生徒の中に、熱心な「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで」ファンがいますから。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年11月27日（金）日蓮正宗</h3>
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	今タームから新しく始まったＵクラスの生徒の中に、仏教徒がひとりいます。今日は、その人が信仰している日蓮正宗の集まりに、寺嶋さんと一緒に行ってきました。</p>
<p>
	コトヌーの幹線道路からすこし細い道を入った所に、その日蓮正宗ベナン支部の集会場はありました。民家のような建物の入口を入ると、中には５〜６畳くらいの部屋があり、仏壇もきちんと設置されていました。今日集まったメンバーは10人程。今日は「お勤め」ではなく、経典の勉強会の予定だったようですが、急きょ私達日本人への質問タイムになりました。信徒の中に英語を少し話せる人がいたので、その人に通訳をしてもらいながら、日本の仏教の様子や、日蓮正宗について知っているか、などの質問を受けました。<br />
	彼らの話によると、ベナン国内には約30人程度の信者がいて、アフリカ全体の総本山のようなお寺は、隣の隣の国ガーナにあるらしく、そこのご住職は日本人であるとのこと。12月に一緒にガーナへ行かないかとのお誘いもありましたが、授業の日程やビザ、お金の問題など、障害が多いので今回は丁重にお断りしました。<br />
	最後に「南無阿弥陀仏」と数回唱えて、今日の集会は終わりました。</p>
<p>
	私はベナンに仏教徒がいると言う事実にとても驚きました。今日行ったその集会所の中にはきちんとした仏壇もあって、信者の皆さんはきちんとしたお経の本を持っているのです。漢字で書かれたお経の上にローマ字で振り仮名がふってあるもので、英語版とフランス語版があるそうです。誰がどうやってベナンに仏教を広めたのでしょうか。そして仏教の考え方を受け入れたベナン人が少数ながらいるということが、とてもおもしろいと思いました。以前日本の宗教団体に属している生徒がいるという話を書きましたが、そういうことも含めて、やっぱりベナン人の宗教感はおもしろいなと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年11月28日（土）サプライズパーティ</h3>
<p>
	<img alt="ケーキ" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/61_13_1-thumb-250x187-999.jpg" width="250" />たけし日本語学校の授業は、毎日夜の8時半で終わります。いつも私達は、授業が終わった後、少しほっとした気分で晩ごはんを食べるわけですが、今日は何やら様子が違いました。OPクラスの授業が終わる8時半頃になって、なぜかぞくぞくと集まってくる他のクラスの生徒達。JapanDayの練習かな、などと呑気に考えていると、なぜか授業が終わった瞬間に教室から連れ出されて、徒歩10秒の距離にあるジャパンハウスに押し込まれました。この辺りから、鈍い私にも何となく読めてきたのですが、でもまさかな〜と考えていました。今週、ほとんど全部のクラスの生徒のみなさんから、誕生日おめでとうの歌や、ケーキを頂いていたのでいくらなんでももうないだろう、と思っていたのです。</p>
<p>
	20分後位にまた教室に連れて行かれると、そこにあったのは、手作りのケーキとその周りを取り囲むように置かれたたくさんのろうそく・・・。<br />
	正直に言ってとてもびっくりしました。なるほど、これがサプライズパーティというやつか・・・などと考えていると、いつものように日本語とフランス語と英語とフォン語で「ハッピバースデートゥーユ〜♪」の歌が始まり、ケーキ入刀。その後は写真を撮りまくって、踊りまくりました。<br />
	間違いなく今まで生きてきた中で、一番にぎやかで一番驚いた誕生日パーティでした。言うまでもなく、とても楽しかったです。</p>
<p>
	<img alt="サプライズパーティ" class="imgnone" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/61_13_2-thumb-250x187-1001.jpg" width="250" /><img alt="サプライズパーティ" class="imgnone" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/61_13_3-thumb-250x187-1003.jpg" width="250" /></p>
<p>
	ある意味で私が一番びっくりしたのは、山下先生と寺嶋さんが私のためにプリンを作ってくれていたことです。私は2人がプリンのもとを買っていたのは知っていましたが、まさかこのパーティのためとは夢にも思わず、「ちょっと買い過ぎなんじゃないですか？」などと軽口をたたいていました。</p>
<p>
	私はジャパンハウスに住んでいる日本人の男は、私も含めて基本的に不器用な人しかいないと思っていました。隠し事などできるはずがないと。がしかし、きれいにだまされてしまいました（笑）私が鈍すぎるだけなのかもしれませんが・・・。<br />
	とにかくそんなこんなで、今年の誕生日は非常に豪華な誕生日でした。<br />
	みなさん、本当にどうもありがとうございました。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>お便り 60 - 11月前半</title>
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<published>2009-12-11T16:01:49Z</published>
<updated>2010-03-09T11:29:01Z</updated>
<author>
<name>日本語教師の窓</name>

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<category term="お便り" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />

<content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/">
<![CDATA[<h3>
	2009年11月1日（日）雲</h3>
<p>
	先月から、明らかに雲の様子が変わりました。空を眺めるのが日課になっている私は、必ず朝と夕方、空をチェックしますが、全体としてかたまりの雲が多くなってきたように思います。夕方の腹筋雲も最近は見かけません。変わりに、とても美しい青と赤のグラデーションを見ることができます。</p>
<p>
	雨期が終わっても夕方の空を楽しめそうなことに安心しながら、いよいよ大乾季（アルマタン）がやってくるのだな、と感じます。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
<![CDATA[<h3>
	2009年11月5日（水）オルーさん</h3>
<p>
	たけし日本語学校で日本語を学び、その後日本の大学で勉強をしている生徒が数名います。奨学金の試験をパスした人、自分で日本の大学の教授にコンタクトをとり推薦を取り付けた人、さまざまです。その中にオルーさんという人がいます。現在オルーさんは信州大学で研究をしています。そのオルーさんが自身の研究の調査のために、ベナンに一時帰国しています。今日、数名のJICA隊員の皆さんと、たけし日本語学校に里帰りしました。</p>
<p>
	その時はちょうど、アムスさんとセポンさんとダベデさんの会話クラスの時間でした。いつも日本人の方がたけし日本語学校にいらっしゃった際は、授業を中断して生徒と日本人の方とでお互いに自己紹介や質問をして、できるだけたくさん会話をしてもらうようにしています。たけし日本語学校の生徒にとって、生の日本語に触れるまたとない機会なので、日本人のお客様が帰ってしまう前にできるだけ話をしようということです。今日も、1時間半以上、自己紹介や質問をお互いにして、かなり盛り上がりました。</p>
<p>
	オルーさんがたけし日本語学校で日本語を勉強していたのは6,7年も前です。日本に渡ってからは、それこそ日本語の勉強に大学の勉強にと必死だったのだと思います。オルーさんの日本人っぽい日本語を聞きながら、なんとなくその生活や友達にどんな日本人が多いのかを想像していました。<br />
	そして、今私が教えているたけし日本語学校の生徒といつか日本で再開できたら、日本語教師としてそれに勝る喜びはないなと考えていました。いくら日本に行きたいと言っても、簡単にヒョイと日本へ行けるわけではありません。どうしても奨学金が必要になるので、その試験にパスしなくてはなりません。それは途方もない倍率の試験だったりもします。もちろん、その生徒の目的意識などがはっきりしていることが大前提なのですが、それだけではなく、日本語力、基本的な学力なども問われます。現在留学を希望している生徒の皆さんが、将来、なんとか日本へ行けることを願わずにはいられません。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年11月6日（金）Merci Ship</h3>
<p>
	<img alt="Merci Ship" class="imgleft" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/60_6-thumb-250x187-985.jpg" width="250" />世界には、アフリカを支援しようという様々な団体がありますが、今日は医療という面からアフリカをサポートしようとしている団体の仕事を見学してきました。</p>
<p>
	コトヌーには大きな港があります。そこには漁船、客船、貨物船など様々な船が出入りします。その港に数か月間停泊し、ベナンで医療活動を行っている船があります。その名をMerci Shipと言います。船内では欧米の医師や看護師が大勢働いていて、船を訪れた患者を診察し、症状によっては入院させたりもします。船内はもちろん冷暖房完備で、大きな食堂、ランドリー、娯楽室、病室、診察室、スタッフ用の休憩室、スターバックスまでありました。久々に見たスターバックスの店構え（？）に感動しつつ、そのプロジェクトの規模の大きさに愕然としました。各国のODAもそうですが、やはり規模が大きくて物や医療を提供するプロジェクトは、短期的にすぐに効果が見えるものが多いなと思います。病気や物資が不足して困っている人たちには、本当にありがたい支援だと思います。<br />
	逆に教育は非常に時間がかかる作業ですが、10年後20年後に、現地の人たちが自分達の手で病気を治し、物資を手に入れることができるようになる、という可能性があります。どちらも大切な活動であることは間違いありません。最終的には現地の人たちが自分たちで問題を解決できるようになった方がいいわけですが、そこに至るまでの10数年間、困っている人を見殺しにしてもいいかというと、決してそういうことにはならないからです。</p>
<p>
	何となく「支援」という言葉を使って来ましたが、私は最近この「支援」という言葉に若干違和感を覚えます。それは、自分が「ベナンの人々を支援している」という感覚があまりないからかもしれません。私はただベナンの人達に日本語を教えているだけです。こう言うと何だか素っ気ない感じがするかもしれませんが、本当にただ&ldquo;たんたんと&rdquo;日本語を教えているだけなのです。もちろん毎日の授業は全然たんたんとしてはいなくて、いい意味で毎日が生徒とのぶつかり合いみたいなものなのですが、ただ総じて言うと、「ただ日本語を教えている」という感じなのです。<br />
	たぶん私はある意味で自分のためにここで働いているのかもしれません。「ベナンの人々を助けるために」というよりも、これが自分のやりたい仕事で、アフリカが自分にとって非常に興味深い場所だったからここにいる、ということです。<br />
	こういう考え方がいいのか悪いのかまだよくわかりませんが、おそらく私達は、これからもたんたんと日本語を教えていくのだと思います。Merci Shipの中を見学しながら、そこで働いている医師や看護師の皆さんは、どんなことを思いながら日々働いているのかな〜と考えていました。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年11月7日（土）たけし日本語学校＝託児所</h3>
<p>
	<img alt="子供クラス" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/60_7-thumb-250x187-987.jpg" width="250" />毎週土曜日と日曜日は、一週間で最もハードは2日間です。午前中から夜の9時頃までほとんど休む暇がありません。そして、特に土曜日は、一日が終わったら本当にへとへとです。なぜなら、子どもクラスがあるから・・・。<br />
	私達が昼間の最も暑い時間の授業を乗り切り、ほっとしたその直後、やつらはたけし日本語学校へやってきます。やつらはチョークが大好きで、私達が隠しておいたチョークをどこからか見つけてきて、黒板に幾何学的な模様を描いたり、チョークの粉を顔中に塗りたくって劇団四季のライオンキングみたいな顔にしてみたり、もう大騒ぎです。<br />
	たけし日本語学校の周辺に生息しているギャング共は、チョークだけでなく歌も大好きで、「世界にひとつだけの花」をしっかり覚えてみんなで歌います。もちろん集中力が持つのは15分足らずで、あとは追いかけっこが始まったり、新たなライオンキングが生まれたりして、子供クラスは徐々に学級崩壊の様相を呈してきます。<br />
	以前は私も山下先生も子ども達を追いかけまわしておとなしくさせることに必死でしたが、最近は若干諦め気味です。というよりも、大けがしたり物を壊したりしなければいいか、というような考え方に変わって来ました。ですから、ライオンキングが3匹になろうが4匹になろうが、あまり気にせずカラオケ気分でSMAPを熱唱したりしています。夕日を浴びながら歌うのって最高に気持ちがいいんですよ、これが。そうすると不思議なことに、何人かの子どもはまた一緒に歌いだしたりします。やっぱり大人が楽しそうに熱中して何かをやっているのを見せるのは大切なことなのね、などと思ったりします。</p>
<p>
	そんなこんなで子供クラスが終わります。もちろん歌だけではなく、少しだけ日本語も教えますが、子供が興味を持てなかったり、集中力が切れたりしたらすぐやめます。日本語が話せる子どもを育てるのが目的ではないので・・・。あとは歌を歌ったりじゃんけんをしたり、追いかけっこしたり、キャッチボールしたりします。というわけで土曜日の子どもクラスは、最もハードで最も楽しいクラスです。</p>
<p>
	午後6時に約1時間の子どもクラスが終わり、子ども達を無理やり学校の外に追い出していると、隣の家のお母さんが2歳位の女の子を連れて私達のもとにやって来ました。そして、山下先生に「ちょっとお願い」という感じでその子を手渡し、どこかへ行ってしまいました。あまりにも自然な流れだったので、山下先生も普通にその女の子を受け取ってしまったのですが、30分位経ってもお母さんは戻ってきません。結局山下先生は、自分でその子を「返却」しに行きました。率直に言って、非常におもしろかったです。あのお母さんは、たけし日本語学校を託児所と間違えたんでしょうか（笑）</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年11月9日（月）ベナン的入院生活〜1日目〜</h3>
<p>
	恥ずかしながら私、入院することになりました。この日記は退院後に書いているのですが、今回の入院は非常に貴重な体験だったので、日を追って出来事を書いていきたいと思います。</p>
<p>
	今日の午前4時ごろ、寒さで目が覚めました。この時期に冷えこむなんておかしいなと思いながら、再び眠りにつきました。朝7時に目を覚まして、起き上がろうとすると、体が動きません。腰痛がひどく、全身の筋肉が痛いのです。しかも鳥肌が立つほど寒い・・・。そこで初めて気が付きました、「あ、熱があるんだ」。明らかに風邪とは違う症状です。なんとか起き上がって、顔を洗いました。ご飯を食べようと思うのですが、なんとごはんが食べられません。これはちょっとまずいなと思いましたが、何とかパンを少しだけ食べて朝食終了。授業をしたら治るかもと思い、とにかく10時半からの授業をするために教室へ。しかし、30分でどうにも我慢できなくなって、結局病院へ。</p>
<p>
	病院へ着いて熱を測ると40度の熱。なるほど、寒いわけだ。というわけで個室のベッドに寝かされ、検査のために血をとられ、解熱剤（たぶん）を注射されると、あっという間に体中から汗が出て、熱が下がっていくのがわかりました。「これなら夕方には帰れるな。」とその時は思っていました。もちろんそれが甘すぎる考えであったことは、後でいやというほど思い知らされるわけですが。</p>
<p>
	その後、よくわからない薬を点滴され、あっという間に夜中の12時。さすがにその時は一晩くらいの入院は仕方ないか、という気分になっていました。<br />
	その夜は、熱が再び上がってきたためなかなか寝付けず、しかもひどい腹痛で、1時間おきにトイレに起きていたので、とても疲れました。でも明日は絶対に帰ってやる、というその思いだけでこの夜を乗り切りました。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年11月10日（火）ベナン的入院生活〜2日目〜</h3>
<p>
	ベナンの病院のシステムは、日本の病院のそれとは若干違います。入院中に点滴や薬が必要な場合、患者は医者に渡されたリストをもとに近所の薬局で点滴や薬を自分で買い、それを医者に渡します。そして医者はそれを使って治療をするわけです。<br />
	わたしももちろんリストをもらったのですが、その量がすごい。3日間で点滴を15本ほど、その他にも薬を5〜6種類買いました。点滴の針を刺したまま外に出るわけにもいかないので、秘書のダベデさんやドライバーのイレネーさんにお願いして買ってきてもらったのですが、とにかく毎日何らかの薬や点滴を大量に買いました。病室の点滴の瓶の山を見るたびに、「いつ退院できるんだろう」と絶望的な気分になりました・・。</p>
<p>
	そんなこんなで二日目も朝の9時から点滴スタート。熱は相変わらず39度付近を行ったり来たり。腹も痛い。それでもなんとか帰ってやる・・と思いながら何だかよくわからない薬を点滴され続けました。おそらくビタミン剤やブドウ糖のようなものがメインだったとは思うのですが、それにしてもよくわからない薬を大量に体内に入れられるというのは、ものすごい恐怖ですね。<br />
	午前中、山下先生と寺嶋さんと数名の生徒がお見舞いに来て下さり、本などを置いていって下さいました。私が入院している間、私の代わりに授業をして下さった山下先生や、いろいろ身の回りのお世話をしてくれた秘書のダベデさん、本当にありがとうございました。そしてご迷惑をおかけしてすみませんでした。<br />
	というわけで、寺嶋さんが持ってきてくれた沢木耕太郎の『深夜特急』を読みながら点滴を受け続けました。</p>
<p>
	夜の10時を過ぎても、本日の点滴が終了する気配はありません。その日もすでに朝から5本程の点滴を終えていましたが、どうやら今日は夜通し点滴をするつもりらしいです。その頃になると、私の心境も少し変化してきて、もう好きなだけ点滴してくれ、という気分になってきていました。簡単に言うと、心配するのをやめたのです。ここは日本じゃなくてアフリカだから、アフリカにはアフリカの治療方針があるのだ。だから甘んじてそれを受ける、というような諦めの境地に達したわけです。体調も少しずつではありますが、良くなってきたような気がしていました。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年11月11日（水）ベナン的入院生活〜完結編〜</h3>
<p>
	<img alt="病院" class="imgleft" height="266" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/60_11-thumb-200x266-989.jpg" width="200" />3日目、昨夜は比較的よく眠れました。腹痛も少しましになった気がします。相変わらず点滴は続いています。ひとつの点滴がなくなると、看護婦さんを呼ぶ。その看護婦さんが別の点滴をセットして帰って行く。またその点滴が終わると看護婦さんを呼ぶ・・・というサイクルを何度続けたでしょうか。永遠に続くような気さえしてきました。それでも、好きなだけ点滴してくれ、というあきらめの境地にいた私は、体内に投与され続ける大量の液体を全て受け止めてやる、という仏のような気分で点滴を受けていました。毎日大量の汗をかいてはそれが渇く、というサイクルを繰り返していたので、私の服とシーツは結構いやなにおいがしましたが、それもまあよしとしました。ベナンでこれだけの医療を受けられるだけで幸運なことなのです、本当に。だから着がえられなくて体が臭くなろうが、24時間点滴されようが、文句を言う筋合いはないのです。でも、絶対に今日帰ってやる、という気持ちだけは持ち続けていました。もうこれ以上薬を買わされてはかなわない、と思ったのです。ダベデさんも、この薬の量は異常だと思ったらしく、退院の交渉をしてくれました。その結果、なんとか今日中には帰れそうな雰囲気になってきました。ただし、点滴が全部終わったら、という条件付きですが・・・。</p>
<p>
	何とか今日帰れそうな雰囲気になってきた所で、本日のお薬リストをドクターからもらいました。そのリストの中にはしっかり点滴も入っていました。あれ、今日帰るんですよね・・？ちょっと多すぎませんか、と思いましたが、逆らうわけにもいかないので、再び購入。今日も点滴三昧です。</p>
<p>
	昼を過ぎても、当然点滴が終わる気配はありません。ただ、心なしか点滴を落とすスピードが速くなっている気がします。そんなことを考えていると、点滴の針を刺している辺りに激しい痛みを感じてきました。おそらく点滴の管が少しずれたのでしょう。右腕の前腕がどんどん腫れていきます。一応「痛いんですけど・・・」と看護婦さんに言ってみた所、予想通り「大丈夫！」とのお返事。それから3時間くらい我慢していたら、かなり腕が腫れてきて、今度は何も言わないのに看護婦さんが針の位置を変えてくれました。<br />
	すると、針の位置を変えた直後から点滴のスピードが激変しました。今までのが「ポタ・ポタ・ポタ・・」という感じだとしたら、午後4時頃を境にして「タタタタタ」になりました。私も結構点滴は経験があるほうですが、「タタタタタ」は見たことがありません。正直言ってびっくりしました。時間がないけどなんとか終わらせようという魂胆が見え見えです。さすがにムカッとして冷やかな目線を看護婦さんに送ると、「痛いか？」と聞いてきました。当然いきなりそんなペースで薬を入れられたら痛いに決まっているので、正直に「痛いです。」と答えると、予想通り「大丈夫！」とのお返事。んじゃ聞くなよ！（笑）と思いながら、また痛みに耐えていました。<br />
	それから「タタタタタ」が数時間続き、4時から7時半までの間に、残っていた大小5本程の点滴が終わりました。そんなにつじつま合わせみたいに点滴してくれなくてもよかったのに、と思いながら、やっと病院をあとにし、なんとかジャパンハウスまで帰ってくることができました。</p>
<p>
	ちなみに今回の病名はサルモネラ菌による腸炎とのこと。てっきりマラリアかと思っていたら、意外と身近な菌にやられたようです。いったいどこからサルモネラ菌とやらが私の体に入ったのか見当もつきません。ということはまたサルモネラ菌にやれる可能性もあるわけですが、とりあえずそれについてはまた感染してから考えたいと思います。とにかく、早く体の調子を戻せるようにがんばります。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年11月12日（木）復帰</h3>
<p>
	今日から授業に復帰しました。まだ足に力がはいらず、フワフワした感じがしますが、熱もないのでおそらく大丈夫でしょう。授業をしながら完治させたいと思います。</p>
<p>
	生徒に会うたびに、大丈夫ですか？元気ですか？と質問され、若干恥ずかしいようなうれしいような不思議な気分ですが、とにかく自分が今いるべき場所に戻って来ました。遅れを取り戻すべくがんばります。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年11月13日（金）寺嶋農園の枝豆</h3>
<p>
	<img alt="60_13.jpg" class="imgright" height="150" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/60_13-thumb-200x150-991.jpg" width="200" />うちの寺嶋さんは、相変わらず毎日農作業に精を出しています。毎朝ジャパンハウスの片隅の畑（花壇）に水をやり、着々と農作物を育て、収穫しています。</p>
<p>
	今日は、ついに枝豆を収穫しました。収穫した枝豆は、もちろん茹でて塩をふってビールと一緒にいただきました。本当に日本の枝豆でした。言うまでもなくおいしかったです。</p>
<p>
	前回のとうもろこしに引き続き、枝豆の栽培にも成功した彼は、おそらく将来はベナンの農林水産大臣として働くことになりそうです。ちなみに現在は白菜を栽培中です。彼が白菜の栽培に成功した場合、そうです、私達は浅漬けが食べられるのです。彼ならきっとやってくれるはずです。私と山下先生は今から浅漬けを心待ちにしています。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年11月15日（日）JICAのイベント</h3>
<p>
	<img alt="JICAイベント" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/60_15-thumb-250x187-993.jpg" width="250" />ベナンには日本のJICAから派遣されている隊員の皆さんがたくさん働いています。たけし日本語学校を訪ねてこられる隊員の方も多いので、時々一緒に話をする機会もあります。派遣されている人数が最も多い職種は、「助産師」ではないかと思います。正確なデータを見たわけではないのではっきりしたことは言えませんが、「助産師」や「保健師」といった職業方にはよくお会いします。やはり、ベナン人は子だくさんなわりに婦人科系の医療が発達しているとはいえないので、そういう面でのサポートをしようということなのかもしれません。</p>
<p>
	そのJICA隊員の有志の皆さんが、ベナン各地を定期的に回り、日本文化を紹介するイベントを催しています。今日はそのイベントがコトヌーで開かれるとのことだったので、生徒と一緒に行ってみました。</p>
<p>
	会場はコトヌー市内の中学校。前半は教室で空手、折り紙、習字、日本の遊びなどを子ども達に教え、後半は校庭の特設ステージで、簡単な日本語講座、隊員の皆さんの自己紹介などが行われました。その中で隊員の方から、急きょたけし日本語学校の生徒の皆さんにも壇上で自己紹介をしてもらいたいというオファーを頂き、生徒と一緒にぞろぞろと壇上へ上がりました。とりあえず私がメチャクチャなフランス語で何となくたけし日本語学校の存在をアピールし、その後、10人程の生徒が日本語で自己紹介をしました。もちろん私のフランス語の100倍は上手な日本語でしっかり自己紹介をしました。</p>
<p>
	イベントの締めは隊員の皆さんによる「よさこい節」の演舞。「よさこい節」というのは、金八先生のロックソーラン節と同じですよね、たぶん。とにかくあまりにもロックソーラン節が楽しそうでかっこよかったので、私はいつかたけし日本語学校でも踊ってやると心に決めました。</p>
<p>
	今日のイベントは、生徒の皆さんにとって、日本人と日本文化に触れるとてもいい機会になったように思います。それから、会場にいた小学生中学生の本当に楽しそうな、生き生きとした表情が印象に残りました。彼らは、おそらく今日初めて日本語や日本文化に触れたのだと思いますが、今日のイベントがきっかけになって、将来日本に行ったりする子が出てきたりするかもしれないなと思いました。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
</content>
</entry>
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<title>お便り 59 - 10月後半</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/letters/000789.html" />
<id>tag:zom.canarygraphics.co.jp,2009:/ife/columns/teacher//44.789</id>
<published>2009-11-29T15:49:32Z</published>
<updated>2010-03-09T11:29:40Z</updated>
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<name>日本語教師の窓</name>

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<![CDATA[<h3>
	2009年10月17日（土）ベナン人の宗教感</h3>
<p>
	今週、私が担当しているRクラスの生徒二人が日本へ向けて出発しました。といっても留学や就職ではなく、彼らが信仰している宗教団体の本部が日本にあるらしく、今回はそこに海外からたくさんの信者が集まって、大規模な集会が開かれるらしいのです。まだ二人の日本語は初級の最初の段階ですが、それでも今まで勉強した日本語で、日本人とたくさん会話して帰ってきてほしいなと思います。滞在期間は約3週間の予定だそうです。</p>
<p>
	ベナン人にとって宗教は、生きていく上でとても大切な要素の一つのようです。おそらく大多数の人が何らかの宗教を信仰しています。一番多いのはキリスト教、これはフランス支配が長かった影響だと思われます。それからイスラム教も多いです。ラマダンの期間中はイスラム教信者のことが何かと話題になりますし、ラマダンが終わる時には、大規模なお祭りが催され、テレビでも中継されます。あとは今回のRクラスの生徒のような宗教団体に所属している人もいますし、仏教の信者もいるようです。今タームから新しく始まったUクラスの生徒の中に日蓮宗の信者がいて、彼の話だとコトヌー市内に道場があって、毎日のようにそこで「お勤め」をしている信者がたくさんいるらしいのです。これは、近いうちに行ってみねば、と思っています。<br />
	とにかく宗教は大切なのです。ベナン人にとって。もちろん全員が必ず何かの宗教を信仰しているというわけではありません。あまり宗教には興味がないという生徒もいますし、OPクラスのフィルメンさんのように、一週間ごとにキリスト教徒になったりイスラム教徒になったりする人も時々います。ですがおそらくそういう面白い人は例外中の例外で、基本的にみなさん、ひとつの宗教を信じています。授業中に「昨日何をしましたか」と質問すると、「神様に祈りました。」という答えがよく返ってきますし、「神様に感謝します。」という言葉もよく聞きます。</p>
<p>
	ちなみにベナンの土着の宗教はブードゥー教です。この宗教は、人間の力では説明できないもの、つまり自然を神様として崇めています。ですから日本の神道のように、火の神様や水の神様、山の神様など、いろいろな神様が存在する、とても興味深い宗教です。しかしながら、あまりブードゥ教のみを信仰しているという人は見かけません。ブードゥはあまり好きじゃないという人もいます。でも、ブードゥーの教会はいたるところにありますし、いわゆる司祭のような人もちゃんといます。<br />
	ブードゥ-はベナン人の中にちゃんと生きていて、葬式の時には、午前中はキリスト教式の葬式、午後はその土地のブードゥー教式の葬式をする、というようなことが普通に行われているらしいです。ブードゥーは、ベナン人にとって特別な存在なのです。</p>
<p>
	日本人の宗教感とベナン人の宗教感は少し違いますが、土着の宗教を特別視して守っているという点においては共通しているようにおもいます。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
<![CDATA[<h3>
	2009年10月19日（月）お願いだからけんかはやめて・・</h3>
<p>
	私の周りにいるベナン人は、その時の自分の感情を正直に表に出す人が多いです。例えば、元気な時の声量を10とすると、朝寝起きで機嫌がわるい時の声量は１以下になります。さらに、元気な時はよく歌い踊りますが、元気じゃない時、及び不機嫌な時は動かず、一言もしゃべりません。結構見ていておもしろいです。日本人は、大変な時もそんな素振りを見せずに気丈に振舞う人が好まれたりしますが、ベナンの人はあまりそういう感じではありません。もちろん、私が親しいベナン人を見ていて感じることなので、一般化はできませんが。でもとにかく、外から見ていてわかりやすいです。<br />
	私は相手の機嫌が悪い時や元気がない時、思わずその人に気を使ってしまったりするので、時々疲れます。でも慣れてくると、この人今日は元気がないな、と一発でわかるというのは便利だったりもします。</p>
<p>
	ベナン人はとても穏やかな人が多いと思いますが、このように自分の感情をはっきり表に出すので、意外としょっちゅう喧嘩します。よく道端で、大声でおばちゃん達が言い合いをしているのをみかけます。<br />
	うちのドライバーのイレネーさんも、若干瞬間湯沸かし器の傾向があります。普段は、なんだか動きも性格もグニャグニャしているのに、車で路上に出るとクラションをならしまくり、隣の車や割り込んできたバイクに罵声を浴びせかけます。罵声を浴びせかけられた側も負けじと言い返してきます。見ている分にはおもしろいです。</p>
<p>
	今日はイレネーさんとトスさんがけんかしていました。トスさんは怒りっぽいわけではないのですが、まじめで気難しい所があるので、時々このふたりはぶつかります。グニャグニャのイレネーさん対気難しいトスさんの戦いは、どちらにもそれなりの言い分があって、これまた見ている分にはおもしろいです。巻き込まれると少々厄介ですが・・。<br />
	でも、時々けんかはするけれど、基本的にはみんな仲良しです。これがまたおもしろいのですが、あまり根に持ったりすることはないようです。しょっちゅう喧嘩するけど基本的には仲良しというのは、なんだかとてもいい響きですね。でも、やっぱり巻き込まれると厄介です。やはり喧嘩は外から見てるのにかぎります（笑）</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年10月21日（水）NPOコンテスト</h3>
<p>
	<img alt="NPO展示会1" class="imgright" height="150" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/59_6_1-thumb-200x150-975.jpg" width="200" />今週の月曜日から今日まで、ジャパンハウスの近くにあるスタジアムでNPOの展示会が開かれました。ベナン国内の各地から、さまざまなNPOの団体が集まって、与えられたブースで展示をし、活動内容や展示が評価されたグループには賞金が出るというなんとも魅力的な展示会です。もちろんIFEも参加しました。なんとIFEは昨年3位入賞という輝かしい経歴を持っており、今年も入賞、あわよくば優勝して賞金・・という期待も膨らみましたが、残念ながら今年は入賞することができませんでした。準備から運営まで全てを仕切ってくれたトスさんと、お手伝いに来てくれた生徒の皆さん、お疲れ様でした。</p>
<p>
	<img alt="NPO展示会2" class="imgright" height="150" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/59_6_2-thumb-200x150-977.jpg" width="200" />さて、期間中、他のNPOのブースも見学して歩いたのですが、ベナンには様々な種類のNPOがあることがわかりました。親を亡くした子供のために活動している団体や、ゴミ問題に取り組んでいる団体、女性の地位向上のために活動している団体など、実に様々な団体が集まっていました。中には、NPOなのにしっかり商売をしてる団体や、一週間に2回飲むだけで記憶力が飛躍的に向上するという怪しげな薬を売っている団体もいて、結構おもしろかったです。</p>
<p>
	こういう団体を見ていて、ベナンの現状に対する問題意識をしっかり持って、しかも解決のために動いている人たちがたくさんいるんだなと少し驚きました。やはり、その国の問題を解決するのは外国人ではなくその国で生まれ育った人たちなので、こういう活動がどんどん広がっていけばいいなと思いました。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年10月23日（金）大人のふりかけ</h3>
<p class="pkg">
	<img alt="おとなのふりかけ" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/59_8-thumb-250x187-979.jpg" width="250" />今日の晩ごはんは、ご飯とおとなのふりかけです。<br />
	山下先生と寺嶋さんと私で、涙を流しながら食べました。ベナンに来て、麺つゆとふりかけの偉大さに気付きました。写真はふりかけを食べて喜びの声をあげている山下先生と寺嶋さんです。<br />
	<br />
	藤波</p>
<h3>
	2009年10月29日（木）土砂降り</h3>
<p>
	今日は昼からすごい土砂降りでした。自分は今滝の真下にいるのかと錯覚してしまうほど、ものすごい雨でした。私は台風以外で、これだけすごい雨に出会ったことがありません。</p>
<p>
	今日は昼からＱクラスの授業がありました。雨は授業の少し前から降り始めたので、おそらく今日は誰も来ない（来られない）だろうなと思っていましたが、なんと生徒が2人も来ました。もちろんずぶ濡れで。その根性に少し感動しつつ授業を始めたのですが、雨の音がうるさくて全く声が聞こえません。たけし日本語学校は窓がないので、強い雨が降ると、雨音で声が通りにくくなります。今日は特にひどくて、私が絶叫してもほとんど生徒に声が届かないような状態でした。そこで通常の授業はあきらめ、声を出さなくてもできる漢字の授業に切り替えて、1時間以上ひたすら漢字の勉強をしました。漢字の授業中も、教室内のテレビが雨にぬれないように場所を移動したり、とにかく雨対策に追われながらの授業でしたが、何とか1時間半の授業を終わらせることができました。<br />
	授業が終わる頃になって、雨はようやく小ぶりになりました。その時を見計らって、2人の生徒は帰っていきました。</p>
<p>
	もう10月も終わりで、大乾季も近づいてきているこの時期に、これだけの大雨が降ったことに私は驚きました。最近の雨は、雨季の頃の雨よりも短期間に集中的に降る雨が多くなりました。これもおそらく季節の変化のひとつなのでしょう。最近は雲や雨の降り方から、季節の変化が目に見えてわかります。天気の傾向として、日本の夏の天気に似てきたような気がします。これはそろそろ本格的に暑くなるというサインなのでしょうか。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年10月30日（金）海</h3>
<p>
	<img alt="ビーチ" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/59_15_1-thumb-250x187-981.jpg" width="250" />今日は、山下先生と寺嶋さんと私とドライバーのイレネーさんで、近所のビーチへ遊びに行きました。普段ジャパンハウス周辺からほどんど外に出ることがない私達にとって、片道30分弱の海への道のりも結構楽しいドライブでした。<br />
	ただビーチに行くだけではおもしろくないので、ピクニック気分でおにぎりを持って行くことにしました。ジャパンハウスの飯炊き職人寺嶋さんがタイ米をまるで日本米のようにふっくらと炊きあげ、それを山下先生と私がにぎるという見事な分業体制のもと、約10個のおにぎりが完成しました。</p>
<p>
	<img alt="おにぎりとイレネーさん" class="imgleft" height="266" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/59_15_2-thumb-200x266-983.jpg" width="200" />金曜日恒例の買い出しの後、いよいよ海へ向けて出発。天候はほぼ快晴。絶好のピクニック日より。コトヌーの町の中心部から10分ほど南西方向に走ると、もう海です。<br />
	ビーチには誰もおらず、貸し切り状態。このビーチには、よくヨーロッパ人もバカンスにくるので、浜辺にジュースや簡単な食べ物を出す店が少しあります。そこでコーラを買い、いよいよおにぎりタイム。日本からのお客様がお土産に持ってきて下さったふりかけをおにぎりの上にふりかけ、パリパリの海苔を巻いて、タイ米のおにぎりをいただく。目の前には余計なものが何もないただの海。空は抜けるような青空。波の音以外は何も聞こえない。言うことなしです。4人（イレネーさん含む）で、「おにぎりうまい！」を連発し、ふりかけとのりとごはんの偉大さに感謝しつつ、おにぎりを食べました。</p>
<p>
	ごはんの後は、波打ち際で少し遊んで帰るつもりだったのですが、いたずら好きのイレネーさんのせいがそんな生ぬるい行動をゆるすはずもなく、結局ジーパンがずぶ濡れ状態になるまで波と戯れました。時間的には1時間半くらいでしたが、久々に外で遊んだ！という感じで、とても楽しかったです。</p>
<p>
	写真は、遊びに行ったビーチと、おとなのふりかけをおにぎりにかけているイレネーさんです。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>お便り 58 - 10月前半</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/letters/000788.html" />
<id>tag:zom.canarygraphics.co.jp,2009:/ife/columns/teacher//44.788</id>
<published>2009-11-22T15:39:24Z</published>
<updated>2010-03-09T11:30:27Z</updated>
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<name>日本語教師の窓</name>

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<category term="お便り" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />

<content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/">
<![CDATA[<h3>
	2009年10月1日（木）巡る季節</h3>
<p>
	10月になりました。そしてここベナンでは、10月になった途端に季節が変わりました。</p>
<p>
	具体的にどのように変わったかと言うと、ただ単純に9月よりも暑くなりました、ということです。</p>
<p>
	日本のように、春になったら桜が咲いて、夏になったら蝉と夕立ち、秋になったら紅葉で、冬になったら雪景色、というようなわかりやすい変化はあまりありませんが、でも太陽の日差しは確実に強くなりました。日中外に出ると、日差しで肌が痛いくらいです。</p>
<p>
	日本の学校は、季節の変わり目に先生が児童や生徒に注意をしますよね。「寒くなってきましたから風邪をひかないように気をつけて下さい」とか、「暑くなってきましたが、冷たいものばかり食べすぎないようにしましょう」とか。そういう先生の言葉も、生徒が季節の変化を実感する重要な要素のひとつなんだと思います。<br />
	で、日本ほどわかりやすい季節の変化がないベナンでは、学校の先生は児童生徒にどんな注意をするのかな、と私はいつも考えてしまいます。例えば、「雨期が終わってこれから蚊が増えてきますから、マラリアに注意しましょう」とか？全く想像できません・・。</p>
<p>
	日本はそろそろ紅葉の季節でしょうか。小中学校の時に先生から受けた「季節の変わり目に際しての注意」が、非常に懐かしく感じる今日この頃です。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
<![CDATA[<h3>
	2009年10月3日（土）ビジネスコース</h3>
<p>
	今日から、たけし日本語学校創立以来初の試みである、「ビジネスコース」がスタートしました。「将来日本へ行って働きたい人に、少し上のレベルの日本語と日本人の考え方、行動について教える」というのがこのコースの目的です。<br />
	もちろん、いきなりビジネスの話をするわけにもいかないので、まずは日本人の考え方や、日本で生活する上で知っておくべき日本のシステム、それに伴う日本語を勉強していきます。今まで初級の内容で基礎を築いてきた生徒たちにとっては、その応用編という感じです。授業の内容も、生徒達が自分で考えて話す機会が増えます。このコースを受講できるのは、ある程度レベルが上の生徒のみです。今日の初授業には13名の生徒が集まりました。<br />
	修了証書発行の条件も少し厳しくし、日直制度なども導入しました。日本人の考え方を押しつけるのではなく、日本人の考え方と行動の理由を、文化的、言語的観点から知ってもらうのが目的です。このコースで学んだ日本のシステムや考え方を、実際に日本に行ってからどう生かすかは生徒達次第です。あまり日本的なシステムや考え方を受け入れたくない人も、日本的なシステムや考え方を受け入れたいという人も、その判断の基準となれるような授業を山下先生と作っていきたいと思っています。</p>
<p>
	既存の教科書もシラバスもない、全くのゼロの状態からコースを作っていくのは予想以上に大変な作業ですが、これから先もずっと続いていくような、生徒たちのニーズに合ったコースを作っていきたいと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年10月5日（月）劇の練習</h3>
<p>
	<img alt="劇練習" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/58_5-thumb-250x187-969.jpg" width="250" />今日はJapan Dayに向けての練習風景をご紹介します。Japan Dayは毎年一度行われ、たけし日本語学校の生徒達が茶道や、オリジナルの日本語の詞、歌、浴衣のファッションショーなどを通して日本文化とたけし日本語学校について紹介するイベントです。残念ながら、今年の開催日は未定です。今年中に開催できるかどうか、というところですが、とにかく練習は続いています。今日は劇のグループを紹介します。</p>
<p>
	男5人のグループですが、なんか妙にチームワークがいいこのグループ。劇の練習は、だいたい一週間に一回です。時々二週間に一回のこともありますが・・・。<br />
	劇はフランス語で行います。お客さんは日本語がわからない人が多いので、フランス語でたけし日本語学校や日本語、日本について紹介する劇をするわけです。劇の主な登場人物は、アメリカに留学したいベナン人と、フランスに留学したいベナン人と、日本に留学したいベナン人と、何もしたくないベナン人の4人。何となく結末が想像できてしまった方もいらっしゃるかもしれませんが、アメリカとフランスに留学したいベナン人は、ビザが下りずに夢破れ、日本への留学を希望していて、たけし日本語学校で勉強しているベナン人はめでたく日本に行けました、というような話です。何もしたくないベナン人はどうなるのか、ちょっと忘れました。すみません。ちなみに脚本は、生徒のボサさんが書いたオリジナルです。ちゃんと笑わせどころも作ってあって、そこでお客さんが笑ってくれるかが勝負の分かれ目という感じでしょうか。どうしてもお客さんが笑ってくれない時は、天井から「たらい」でも落そうかと考えています。</p>
<p>
	とにかく今は、台本片手に動きとセリフの確認をしています。果たしてお客さんは笑ってくれるのか。乞うご期待です。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年10月6日（火）リフレッシュ</h3>
<p>
	<img alt="山下先生と子ども達" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/58_6-thumb-250x187-971.jpg" width="250" />今日、日本の伊藤忠商事株式会社の方が2名、ジャパンハウスにいらっしゃいました。なんと日本のお土産までいただいてしまいました。本当にありがとうございました。そのお二人から、「先生方の気晴らしの方法は何ですか。」という質問を受けました。週一回近所のスタジアムでスポーツをすることとか、屋上で空を眺めることとか、屋上で素振りすることとか、いくつか思いつきましたが、何となく3人（山下先生と寺嶋さんと私）とも意見が一致したのが、「子供と遊ぶこと」でした。<br />
	ジャパンハウスの近所に住んでいる子ども達は、とにかく元気です。私達が外に出ると、いつも足もとにどこかの子供がからみついてきます。「たかいたかい」をしてあげたり、振り回してあげたり、追いかけまわしてあげたり、一緒に踊ってあげたりしないと、彼らは満足しません。これは結構疲れます。土曜日のこどもクラスも、山下先生と二人で、死にそうになりながら子供と遊んでいます。<br />
	でも、楽しいんですよ、これが。授業の準備で疲れた時や行き詰った時などは、よく子どもと遊ぶために外に出ます。そして、まとわりついてきた2、3人とひとしきり遊んで、また仕事に戻ります。</p>
<p>
	でも、子ども達もそんなに暇じゃないんです。学校に行かなくてはならないし、家の手伝いもたくさんしなくてはなりません。学校に行けない子は、もっとたくさん家の手伝いをしなくてはいけません。だから、私が外に出ても誰もいない、ということも時々あります。そういう時は、なんだかふられたような気分になって、ジャパンハウスに帰ってきます。さて、私は子どもと遊んであげてるのか、子どもに遊んでもらってるのか、どちらでしょうか?という感じですが、とにかく彼らは私達にとって、なくてはならない存在なのです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年10月7日（水）新クラス</h3>
<p>
	今週の火曜日から、新クラス（Ｕクラス）がスタートしました。担当は山下先生で、時間帯は月曜日と水曜日の昼1:00〜2:30です。会社員や学生が、会社や学校の昼休みの時間を利用して、日本語を勉強しにやってきます。今日はおよそ40名程が集まりました。<br />
	昼のクラスは、すぐに人数が減ってしまう傾向があります。仕事や学校が忙しかったり、職場や学校が変わったりすると、続けるのが難しくなってしまうからです。でも、このクラスは他のクラスにも増して勉強熱心です。授業の後の質問の数がすごいです。できるだけたくさんの人に続けてほしいなと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年10月9日（金）ここはベナンじゃない</h3>
<p>
	<img alt="コマーシャルセンター" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/58_9-thumb-250x187-973.jpg" width="250" />今日は授業がないので、週に一度の買い出しに出かけました。いつもはコトヌーの町の中心部の郵便局やスーパーへ行くのですが、今日は少し足を延ばして「コマーシャルセンター」という（お金持ちの人向けの）大きなショッピングセンターへ行ってみました。<br />
	店内は、まるで日本の大型ショッピングセンターのようでした。個人的には、地元（岩手県）のジャスコ（イオン）を思い浮かべてしまいました。平屋の作りでとにかくだだっ広い売り場。きれいに磨き上げられた床。十分な照明設備。豊富な商品。レジはベルトコンベアで可動式。店員はほとんど白人。寺嶋さんと二人で「すごい」という言葉を合計50回は言ったと思います。それくらい、まるで別世界でした。<br />
	ただ、売り場が広いわりに、商品の種類が少ないようで、売り場の棚をうめるために、同じ商品が大量に陳列されていました。そして、お客さんは数えるほどしかいませんでした。コトヌーの空港周辺は、いわゆるお金持ちが住んでいるエリア。おそらくその人達をターゲットにしているショッピングセンターなのだと思いますが、あそこで買い物できる人はそんなに多くないように思います。値段はやはり少し高め。私も寺嶋さんも、結局食べ物は何も買いませんでした。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年10月12日（月）私はエンジニアです。</h3>
<p>
	前タームから新しくスタートしたTクラスは、今タームで2ターム目です。前タームのひらがな、カタカナの勉強で約半数が挫折し、現在継続して授業に参加している生徒は20人弱になってしまいました。ちょっと、残念ですが、とにかく毎回授業に通ってきてくれる生徒は、がんばって日本語の勉強を続けています。</p>
<p>
	そのTクラス、今日は自分の職業を言う練習をしました。<br />
	たけし日本語学校に通っている生徒はどんな職業の人が多いと思いますか？私は実際にここに来るまで、「おそらく会社員はいないだろう。」などと思っていました。お恥ずかしい話。でも、実際に生徒の職業を聞いてみると、多いのは「エンジニア」と「会社員」。エンジニアと言っても、いろいろなエンジニアがあるでしょうが、詳細はわかりません。すみません。あとは学生（大学生と高校生）も多いです。医者や学校の先生をしている生徒もいます。今回のTクラスではさらに、「起業家」や「法律学者」という職業の生徒もいました。ちょっと実際に何をしているのか想像しづらいのですが、生徒の皆さんの職業が多岐にわたっていることは事実です。<br />
	しかしながら、ゼミジャン（バイクタクシー）の運転手や、露店で芋を売ってるおばちゃんや、靴を直して歩いてるお兄さんは、たけし日本語学校にはいません。バスや車の修理工といった職業の生徒も少数派です。個人的にはちょっと残念な気がします。例えばゼミジャンの運転手は出稼ぎの人が多く、さらにゼミジャンの運賃自体がかなり安いので、儲けを出すためには長時間働かなくてはなりませんから、日本語を勉強する時間などないのかもしれません。でもそれより何より、日本語や他の外国語を勉強するモチベーションが見つからないのかもしれないな、と私は最近思います。外国語を勉強するモチベーションは人それぞれで、その国に行きたいという人もいれば、その国の文化が好きという人もいれば、知識欲を満たしたいから勉強しているという人もいます。でも少なくとも、そういう外の世界に興味を持てる環境や、きっかけ、そしてある程度生活に余裕がないと、外国語を勉強するモチベーションはわいてこないような気がします。そして、その外の世界に目を向けるきっかけになるのが教育なのかな、とも思います。</p>
<p>
	時々ゼミジャンの運転手や、頭の上のたらいに魚を入れて売り歩いているおばちゃんが授業に来たら、どんな感じなのかな〜と想像します。そのおばちゃんの職業は日本語で何というのか、と問われると少し答えに困りますが（自営業？）、きっとおもしろいだろうなと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>お便り 57 - 9月後半</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/letters/000787.html" />
<id>tag:zom.canarygraphics.co.jp,2009:/ife/columns/teacher//44.787</id>
<published>2009-10-08T13:36:25Z</published>
<updated>2010-03-09T11:31:14Z</updated>
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<name>日本語教師の窓</name>

</author>
<category term="お便り" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />

<content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/">
<![CDATA[<h3>
	2009年9月18日（金）寺嶋農園の収穫祭</h3>
<p>
	<img alt="寺嶋さん&amp;とうもろこし" class="imgright" height="266" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/57_3-thumb-200x266-949.jpg" width="200" />9月も半ばにさしかかり、日本はもう少しで「収穫の秋」というところでしょうか。ジャパンハウスでは今日、収穫の秋を迎えました。<br />
	以前このブログで紹介した、寺嶋さんの畑（花壇の片隅）のとうもろこしが実をつけ、今日、その収穫作業が行われました。収穫したとうもろこしは4本。今日は、その4本のとうもろこしを茹でて、みんなでいただきました。味はもちろん最高。甘味が強くて、粒に張りがある、まさに日本のとうもろこしでした。</p>
<p>
	ベナンでは、とうもろこしは主食のひとつです。とうもろこしを乾燥させて粉にしたものをお湯や水に入れて食べたり、とうもろこしを餅のようにして（ウォ・ギ）、野菜や魚のソースをかけて食べたりします。私達も、ジャパンハウスでとうもろこし料理をいつも食べています。しかし、日本人のように、とうもろこしをそのままかじる、ということはあまりベナンではないようです。それだけに、毎日のようにとうもろこしを食べているにもかかわらず、「久々のとうもろこしだ～」という感じで、とても新鮮でした。<br />
	所変われば調理法も食べ方も変わります。ベナン人にとって、とうもろこしは「加工して食べるもの」なのです。日本の夏祭りで売られる、焼きトウモロコシのうまさをベナン人は知らないのか、と思うと、ちょっとかわいそうな気もしますね。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
<![CDATA[<h3>
	2009年9月19日（土）ドブネズミみたいに・・・</h3>
<p>
	<img alt="近所の沼" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/57_4-thumb-250x187-951.jpg" width="250" />昔、「写真には写らない、美しさがあるから〜♪」という歌がありましたね。中学生の時、運動会でその歌を絶叫しながら歌った記憶があります。たしかに、「写真には写らない美しさ」というのはあるのかもしれませんが、言うまでもなく写真には絶対に写らないものもあります。例えば「匂い」。。。</p>
<p>
	今日、いつものコピー屋に向かって道路をてくてく歩いている途中、とてもきれいな景色に出会いました。今日の写真がそれです。ジャパンハウスの近くには、沼があります。正確には川なのか湿地帯なのかよくわからないのですが、とにかく大きな沼のようなものです。その沼に夕日が映って、とてもきれいだったので思わず写真におさめてしまいました。</p>
<p>
	ですがその沼は、幹線道路のすぐ横にあるが故に、とてもかわいそうな運命にさらされています。ゼミジャン（バイクタクシー）の運転手のトイレにされてしまっているのです。わたしは週に１・2回はその道を通ってコピー屋へ行くのですが、行きも帰りもほぼ100％の確率で、沼に向かって用を足している運転手を見かけます。かなりの頻度でその沼は運転手の皆さんの排泄物を受け止め続けているので、その沼の横を通るとなんとも言えない匂いがします。<br />
	雨季になって雨が増えると、町のいたるところに水たまりができますが、その水たまりの水は、あふれ出した沼の水だったりもします。これでは蚊やジェフリが増えるのも無理はないのですが、現状ではおそらく誰も何も言わない（立て看板等も見当たらないので）ためか、毎日運転手のおいちゃん達はそこで用を足し続けています。以前行った水上集落のガンビエにしても、井戸を掘ってもなかなか水が出ない村にしても、とにかくベナンは「水」の問題は解決するのが急務だと日々感じさせられます。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年9月20日（日）茶道</h3>
<p>
	最近このブログ上で、Japan Dayに向けての準備の様子をお伝えしていますが、今日は茶道のグループを紹介したいと思います。練習日は日曜日の朝8時〜9時。大体いつも集まるのは5人くらいです。先週はお茶の飲み方の練習をしました。今週は、実際に正座をしてお茶をいただく手順を確認しました。まず一番はしの人が横を見ながらおじぎをし、茶碗を回してお茶をいただき、茶碗の口を拭いてから隣の人に渡す、という動きを練習します。やはり正座が大変なようで、となりの人からお茶が回ってくるまで、じっと座っていることができない生徒もいます。でもとにかく、興味を持って、一生懸命練習に励んでいます。</p>
<p>
	<img alt="茶道練習" class="imgnone" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/57_5_1-thumb-250x187-953.jpg" width="250" /><img alt="ファッションショー練習" class="imgnone" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/57_5_2-thumb-250x187-955.jpg" width="250" /></p>
<p>
	写真は今日の練習の一コマです。真ん中に座っているコスさんは、足が痛くてつらそうです。<br />
	もう一枚は、浴衣を着てのファッションショー練習。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年9月23日（水）ジレンマ</h3>
<p>
	今日は私が担当するＬクラスのテストの日でしたが、何と誰も来ませんでした。もともと出席者が少ないクラスですが、さすがにテストに誰も来ないというのは珍しいというか、何というか・・・。いつも休まず出席している生徒2名が、病気と大学の試験のために来られなかったというのが大きいのですが、それにしてもね・・・。</p>
<p>
	このクラスは、10月からの新タームで他のクラスとの合併が決まっています。理由は、出席者数の減少と、約50名の入学待ちの生徒のために、新クラスを開講するためです。Ｌクラスと他のクラスを合併すれば、その空いた時間で新しいクラスを開講できる、というわけです。クラスの合併は、たけし日本語学校では結構頻繁に行われます。新しいクラスが始まった当初は、50人前後の人数でスタートするのですが、大体1か月ほど経つと半分から20人くらいまでに人数が減り、その後もモチベーションの低下や仕事、大学の授業の都合などで、人数が減ってしまいます。<br />
	最終的に人数が10人を大きく下回った場合や、入学待ちの人が増えてくると合併を検討するわけですが、合併は、そう簡単な作業ではありません。生徒のみなさんは、基本的には入学当初からずっと毎週同じ曜日、同じ時間に日本語の授業を受け続けてきています。しかし、2つのクラスを合併すると、片方のクラスの生徒は今までと授業の曜日、時間が変わります。なんとか全員の都合のいい時間に開講されているコースと合併できるよう手は尽くしますが、生徒それぞれが違う職場や学校に通っていますから、全員が満足できる合併というのは当然難しくなります。<br />
	また、合併した先のクラスのレベルが、その生徒のレベルに合っている保障はありません。当然、できるだけレベルが近いクラス同士を合併させるわけですが、教科書にして数課分戻ってもう一度勉強しなくてはならなくなったりもします。</p>
<p>
	そんなわけで、今まで何年もたけし日本語学校に通って日本語を勉強し続けている生徒の皆さんに不便を強いるのは、私達教師としても非常に心苦しいです。現状、教室はひとつしかないので、同じ時間に2クラス開講することは不可能です。どこか別の場所で授業ができないか、いろいろと知恵を絞ってはみたのですが、なかなか打開策は見つかりません。もし、どうしても都合がつかない生徒が出てきた場合は、個人授業等の対策を講じるつもりです。</p>
<p>
	たけし日本語学校には卒業がありません。そして入学試験も基本的にはありません。授業料も無料です。ですから、本当に日本語を勉強したい生徒だけが学校に通い続けます。その生徒たちの熱意に応えられるよう、その都度最善の策を探す努力をしたいと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年9月24日（木）今日の夕日</h3>
<p class="pkg">
	<img alt="夕焼け" class="imgright" height="150" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/57_9-thumb-200x150-959.jpg" width="200" />今日の夕方の空はとてもきれいでした。19時半頃の空の写真です。<br />
	今日の日記はこれだけです。あまりにもきれいだったので、是非皆さんにお見せしたかったので・・・。<br />
	ベナンの空については、また今度いろいろと書きたいと思います。<br />
	<br />
	藤波</p>
<h3>
	2009年9月25日（金）ダントッパマーケットの職人達</h3>
<p>
	今日はダントッパマーケットへ行ってきました。コトヌーで最大規模のマーケットで、主に農作物や日用品、加工されたとうもろこしや小麦粉、クスクスなど、さまざまなものが露店のような店に並べられています。そこでは様々な人が働いていました。店番は主に女性。ものをリヤカーやトラックで運んだり、唐辛子やトマトを機械ですりつぶしたりするのは男性の仕事のようです。そういう人たちが仕事をしている姿は、当たり前ですがとてもさまになっていて、かっこいいです。ダントッパマーケットは平日の昼間にもかかわらず、大勢の人でごった返していました。</p>
<p>
	<img alt="ダントッパマーケット" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/57_10_1-thumb-250x187-961.jpg" width="250" />以前から思っていたのですが、ベナン（コトヌー）ではいろいろな職業が身近です。わかりやすく言うと、日常的に生活していて、こんな仕事があるのか、ということがとてもわかりやすいということです。</p>
<p>
	例えば、頭の上のたらいに魚を山盛りに積んで売り歩く女性、通りを歩いて客を探す靴の修理人、ベナンの料理を道端の露店で作って売っている女性、金物を直す男性、バイクや車を直す男達、機械でトウモロコシやキャッサバの粉末を作っている男達、ナイフを研ぐ男性。そこには、ある種のプロフェッショナリズムを感じます。<br />
	もちろんあまりプロフェッショナリズムを感じられない職業もありますが、とにかくいろんな職業が常に身近にあることは確かです。<br />
	これは日本ではあまり感じたことのない感覚です。少なくとも東京に住んでいた時にはほとんど感じたことがありませんでした。日本の特に都市部では、世間のマジョリティーはいわゆるサラリーマンの皆さんです。普通に生活していて、サラリーマンの皆さんがどういう仕事をしているのかというのはあまりわかりません。もちろんそれが悪いとかそういうことではなく、ベナンとは明らかに違う点だと感じます。</p>
<p>
	<img alt="ダントッパマーケット" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/57_10_2-thumb-250x187-963.jpg" width="250" />例えば日本だと、「これからはこの業種、企業がくる」とか、「この業種、企業ならとりあえず安心」などという情報が結構大切な情報として扱われているように思いますが、ベナンの人はあんまりそういうことは考えていないのではないかと思います。自分ができることがこれだから、とか、子供の時からこの仕事が身近にあるから、とかそういう基準で職業が選ばれているような気がしてなりません。でも、その仕事に就いたからには「他のやつにはこの仕事はできないぜ」みたいなプロ意識と、自分の仕事に対するリスペクトを感じます。おそらくあまり意識はしていないのだと思いますが。</p>
<p>
	職業に対しての捉え方、職業の選び方は、ベナンと日本では若干違うようです。もちろんどちらがいいとか悪いとか、そういう議論をするつもりは全くありません。ただ、ベナンではそういう職人達が社会のマジョリティーであるという事実に、少し痛快さを感じてしまいます。<br />
	そして、やはり自分の仕事にはプライドを持っていたい、と思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年9月26日（土）小粋なパーティ</h3>
<p>
	<img alt="ポヌさん" class="imgleft" height="266" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/57_11_1-thumb-200x266-965.jpg" width="200" />昨夜、ジャパンハウスで小さなパーティが開かれました。<br />
	参加者は、ジャパンハウスのメンバーと古くからたけし日本語学校で勉強している生徒の皆さんです。<br />
	そして昨夜の主役は、ポヌさん。</p>
<p>
	ポヌさんは現在ジャパンハウスの秘書として働いていますが、数か月前までは日本に留学していました。そしてポヌさんは、今年の10月から東京大学の大学院に通うために再び日本へ行きます。今回のパーティの趣旨は、「ポヌさんを送る会」だったわけです。このパーティに誰を招待するかはポヌさんが決めたようです。当日集まったメンバーを見た時私は、古くから日本語を勉強していてポヌさんと付き合いの長い人が呼ばれたのかな、と思いました。しかし実際は、その招待客の人選には別の意図があったのです。それは、パーティの中でポヌさんが行ったあいさつの中で明らかになりました。以下、ポヌさんのあいさつの要約です。</p>
<p>
	<img alt="パーティ" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/57_11_2-thumb-250x187-967.jpg" width="250" />「たけし日本語学校では今まで約7年間、たくさんの生徒が日本語を勉強してきました。でも残念ながら、一緒に日本語の勉強を始めた仲間たちの多くは、今は学校にいません。みんなそれぞれの理由で授業に来なくなってしまったからです。今日ここに集まっている人は、だいたい私と同じ時期に日本語の勉強を始めた人達です。みなさん、もう一度日本語の勉強を始めませんか。たけし日本語学校とIFEは私達のものです。私達が盛り上げていかなくてはなりません。」</p>
<p>
	ポヌさん自身、以前はたけし日本語学校の生徒でした。自分と同じ時期に日本語の勉強を始めた人を集めて、その人達にもう一度戻ってきませんか、と呼びかけたのです。<br />
	自分のさよならパーティを利用して古くからの生徒を集め、そこでこの名演説。なかなか粋ですね。今日のパーティは「ポヌさんを送る会」ではなく、「ポヌさんが皆を励ます会」でした。</p>
<p>
	ポヌさんは今月の30日に日本へ向けて出発します。東京大学の大学院では環境について学び、ゴミからエネルギーを作るシステムについて研究するそうです。未来のベナンの環境浄化にきっとポヌさんの研究が役立つことでしょう。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年9月27日（日）トスさんの詩</h3>
<p>
	以前から何度か、トスさんのことをこのブログ上で紹介しています。トスさんは、たけし日本語学校の生徒であり、生徒全員の代表であり、さらにたけし日本語学校の先生でもあります。ちなみに職業は学生で、現在就職活動中です。</p>
<p>
	そんなトスさんですが、実は彼にはもうひとつの顔があります。それは詩人としての顔です。<br />
	ロマンチストなトスさんは、よく日本語で詩を書いてジャパンハウスに持ってきます。そして私や山下先生がその詩を添削して、日本語の間違いを直します。すでにいくつかの詩が完成しています。今後、少しずつトスさんの詩をこのブログ上で紹介していきたいと思います。</p>
<p>
	それでは、多彩なメタファーに彩られた「トスワールド」をお楽しみください。</p>
<pre>　　　　　「ここ　と　あそこ」

ここで　昼は　夜に　似ている
あそこで　夜は　昼に　似ている

　　　　　ここでは　時間が　ある
　　　　　あそこでは　時間が　ない

ここでは　いつでも　遊んでいる
あそこでは　一生懸命　働いている

　　　　　ここでは　明日を　考えない
　　　　　あそこでは　将来を　予想する

ここでは　自分の分を　考える
あそこでは　必ず　皆の分を　考える

　　　　　ここでは　分かれている
　　　　　あそこでは　寄り集まっている

ここでは　大雑把にする
あそこでは　何でも　正確にする

　　　　　ここで　人は痩せて　いる
　　　　　あそこで　動物は　太っている

ここでは　早く　死ぬ
あそこでは　長生きする

　　　　　ここでは　多いけど　弱い
　　　　　あそこでは　少ないけど　強い

　　　　　　　　　　　　　　都忍（トス）</pre>
<p>
	いかがでしょうか。ちなみにこの詩は、ほとんど原文のままです。つまりほとんど直していません。</p>
<p>
	さて、「ここ」とはどこで、「あそこ」とはどこのことでしょうか？</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年9月28日（月）Welcome Back！！</h3>
<p>
	今日の夕方、生徒のコジョさんがたけし日本語学校を訪ねてきました。コジョさんはビジネスマンで、毎日忙しく働いています。そのせいで、1年ほど日本語の授業に参加できていません。<br />
	しかし今回、忙しい仕事の合間を縫って、また日本語の授業に参加したいと言うのです。もちろん私達教師としてはとてもうれしいことなので、すぐにでも授業に来て下さい、と伝えました。ただ、やはりずっと日本語の勉強から離れていたので、かなりの日本語を忘れてしまっているようでした。ですから、少し下のレベルのコースからもう一度やり直すことにしました。</p>
<p>
	実はコジョさんは、金曜日に行われた「ポヌさんさよならパーティ」の出席者のひとりです。ポヌさんの挨拶（9月26日の日記参照）のあと彼は、「私はずっとたけし日本語学校に来ませんでした。でも、心はいつもここにいます（あります）。体はここにいませんでした。これからは、体もここに来ます。」という、これまた気のきいたスピーチで全員を笑わせていました。その言葉通り、彼は戻ってきました。ポヌさんからのメッセージが彼には届いたようです。</p>
<p>
	コジョさんは本当に明るい性格で、よく喋ります。コジョさんが加わった教室は、さらににぎやかになること間違いなしです。今からとても楽しみです。<br />
	また、彼のように、以前この学校で勉強していた生徒が少しでも戻ってきてくれるといいなと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年9月29日（火）セレモニー</h3>
<p>
	今日は、コトヌー市内にある官庁の庁舎で、ベナンのIFE財団とベナン政府による調印式が行われました。<br />
	実ははっきりとした内容はわからないんですが（すみません）、とにかくIFEの活動がベナン政府に認められたということです。<br />
	ベナンのIFE財団はゾマホンさんが代表を務めていて、今までにベナンの国内各地に小学校を建設したり、水道がない地域に井戸を掘ったり、という活動を続けてきました。たけし日本語学校もその活動の中のひとつです。そういう活動のひとつひとつが、ベナンの政府に認められたわけです。</p>
<p>
	いつも睡眠時間を削って働いているゾマホンさんや、山道代表をはじめとする日本のIFEスタッフの皆さんの努力が認められたとことを素直に喜びたいと思います。<br />
	IFEがベナン政府に認められたとは言え、私達ジャパンハウスの日本人3人の生活には特に変化はありません。山下先生と私は毎日日本語を教え、寺嶋さんはシアバターを通じてベナンに新しいビジネスの流れを作るべく日々働いています。<br />
	とにかくあまり欲張らず、今後もこつこつと自分たちの仕事をやっていこうと思っています。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年9月30日（水）ポヌさん行ってらっしゃい。</h3>
<p>
	今日の23時過ぎの飛行機でポヌさんが日本へと旅立ちました。彼女がベナンにいる間、私たちジャパンハウスの日本人は彼女にとてもお世話になりました。ポヌさん、どうもありがとうございました。</p>
<p>
	ポヌさんはこれから、日本の東京大学の大学院で環境について研究をします。日本での生活は決して楽なものではないと思いますが、体調に気をつけながらがんばってほしいと思います。彼女はとても努力家なので、その辺はあまり心配ないと思いますが。</p>
<p>
	今度は日本でポヌさんに会える日を楽しみにしたいと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>お便り 56 - 9月前半</title>
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<published>2009-10-04T13:17:34Z</published>
<updated>2010-03-09T11:32:00Z</updated>
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<name>日本語教師の窓</name>

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<category term="お便り" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />

<content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.zomahoun.com/ife/columns/teacher/">
<![CDATA[<h3>
	2009年9月3日（木）夜。ガサガサ。何!?　蟹です。</h3>
<p>
	<img alt="かに" class="imgright" height="266" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/56_3-thumb-200x266-935.jpg" width="200" />昨夜、ドライバーのイレネーさんが蟹を捕まえました。場所はたけし日本語学校の教室。大人の手のひらくらいはある、大きい蟹でした。日本語を習い始めたばかりのイレネーさんは今朝、覚えたての日本語でその時の状況を説明してくれました。今日のタイトルがそれです。さらにイレネーさんはフランス語でうまそうだと言って喜んでいました。</p>
<p>
	で、今日の昼、本当にその蟹をみんなで食べました。どこから来た蟹なのでしょうか。ジャパンハウスの近くにある、ゴミだらけの沼から来た可能性も捨てきれません。でも、ゴミだらけの沼から来た蟹だろうが何だろうが、うまいものは仕方がないので、私もベナン人と一緒にいただきました。おいしかったです。</p>
<p>
	しかし、教室に蟹がいるというのも驚きですが、それを捕まえて食べてしまうというのも、なかなかできない経験ですね。ワイルドです、ベナンは。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
<![CDATA[<h3>
	2009年9月4日（金）訪問販売</h3>
<p>
	<img alt="信号待ちの物売り" class="imgleft" height="266" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/56_4-thumb-200x266-937.jpg" width="200" />今日は週に一度の買い出しの日。ドライバーのイレネーさんの運転で、コトヌーの中心部、ガンヒへ向かいます。車で約20分程の距離です。ガンヒには郵便局や銀行、電気屋、スーパーマーケットなどが数多くあり、ここに来れば生活に必要なものは大体手に入ります。</p>
<p>
	以前、コトヌーの大きな通りは車とバイクで溢れている、と書きましたが。今日もやっぱり道は車とバイクだらけでした。相変わらずの排気ガスと騒音に包まれているコトヌーですが、今日は交差点の風景について書きたいと思います。</p>
<p>
	交差点にはもちろん信号があります。みんなきちんとルールを守って止まっています。が、やはりバイクの数が尋常ではありません。信号待ちの風景を正面から見ると、まるで自転車レースのスタート地点のよう。ひしめき合うバイクの中に、車も負けじと陣取ります。そこはまさに人口密集地帯。そしてその人口密集地帯にビジネスチャンスを見出した人たちがいます。<br />
	信号が青になるまでの数十秒間に、車やバイクの間を歩いてテレフォンカードやティッシュ、DVD、時々十字架やミキサー、電池式のライトを売っている人がいます。信号が青になると、彼らは中央分離帯か、道路の端に避難して、また赤で車やバイクが止まるとものを売りに出かけます。<br />
	いつも注意して見ているのですが、やはり無視されてしまうことが多いようです。でも時々日用品などは売れているらしく、車の窓越しにお金と商品を交換しているのを目にすることがあります。十字架やミキサーを買っている人は、残念ながら見たことがありません。</p>
<p>
	とにかく彼らは、おそらく毎日排気ガスにまみれながら、車から車、バイクからバイクを渡り歩き、ものを売っているのです。</p>
<p>
	写真の中に3人の訪問販売員（?）が写っています。一番手前の人はテレフォンカードを売っています。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年9月6日（土）テレビを見ずとも・・</h3>
<p>
	今日はベナンにとって大切な日。W杯予選のマリ戦がコトヌーのスタジアムで行われる日でした。キックオフは16:30。山下先生の授業は15:30〜18:30まで。ですから残念ながら、私も山下先生も先生のクラスの生徒も、試合をテレビで観戦することができませんでした。</p>
<p>
	しかし、テレビなど見なくても、何となく試合経過がわかってしまうのがたけし日本語学校のすごいところ。外の様子が丸見え、丸聞こえなので、近所の人たちのリアクションで点が入ったかどうかが分かってしまうのです。前半は比較的静かに時が過ぎて行きました。案の定前半は0-0で終了したようです。<br />
	試合が動いたのは17:30頃（たぶん後半開始直後）。となりの長屋から突然歓声、というか叫び声。もしやベナンが先制!?と思ったのもつかの間、教室の横を通りかかったイレネーさんが、ぼそっと「マリ」とつぶやく。苦笑いの生徒たち。その後、おばちゃんの苛立ったような叫び声と、何かを叩いているような「バシッ、バシッ」という音。その後、なぜか大声で泣き叫ぶ子供の声。まさかおばちゃん・・・。</p>
<p>
	しかし今日のベナンはこれでは終わらない。ホームの観客の前で情けない試合はできない、とばかりに奮起（たぶん）。そして18時過ぎ（たぶん後半30分くらい）、再び試合が動く。となりの長屋や、通りからひと際大きな歓声。そして子ども達の声。今度は間違いなくベナンが点をとった！<br />
	試合はこのまま、1-1の引き分けで終了。この引き分けで、ベナンのW杯出場は絶望的になったようです。しかし、あとでテレビのニュースで見る限り、スタジアムは超満員。大統領も応援に駆けつけていました。このW杯予選は、以前の日本がそうだったように、ベナンにとっても国民的行事のようです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年9月10日（木）粘り強く</h3>
<p>
	中高生の頃、私は数学が苦手でした。もっと言うと、きらいでした。なぜならわからないから。<br />
	卒業から10年ほど経って、やっと「数学の問題ってこういう風に考えればいいのか」などと今さら気づくことがあります。あの頃は、平方根とか関数の存在意義なんて全く理解できていませんでしたし、たぶん理解しようともしていませんでした。</p>
<p>
	日本語を教えていると、クラスの中に、ポイントをつかむのがうまい生徒と、そうでない生徒がいることに気付きます。ポイントをつかむのがうまい生徒は、いわゆる「理解の早い生徒」ということでしょうか。あまりポイントをつかむのが上手ではない生徒は、やはり理解するのに時間がかかります。<br />
	そういう生徒にも分かってもらえるように授業をするのが、日本語教師の仕事であり、腕の見せ所なわけです。<br />
	腕の見せ所とは言っても、これはなかなか難易度が高いです。例えば、90分間ずっと一人の生徒につきっきりで教えるのであれば、そこまで難しいことではありません。どうして難しくなるかというと、ひとつのクラスの中に、理解の早い生徒と、そうでない生徒（数学の授業の時の私）が一緒に存在しているからです。</p>
<p>
	当然、どちらかの生徒に合わせれば、もう片方の生徒はつまらないか、全く理解できなくなります。要は、バランスをとりながら授業をしなくてはいけないのです・・・。理屈を言うのはとても簡単ですが、現実は非常に難しい・・。</p>
<p>
	私はまだまだ経験が浅いので、なかなかうまくバランスがとれませんが、最近ひとつ気づいたのは「粘り」の重要性。理解に時間のかかる生徒にも粘り強く説明する。これ、当たり前のように聞こえますが、実際に授業をしていると、理解の早い生徒のつまらなそうな顔も気になるし、今日の授業の予定も気になるし、なかなか難しいんです。でも、焦らずに粘り強く教えるのがやっぱり大事です。<br />
	早々に理解できてしまった生徒には、あとで「なるほどポイント」を用意しておいてあげます。この「なるほどポイント」は、例えば、今日勉強した表現はこんな会話の中でも使える、ということを生徒が自分で「気付く」ポイントです。私が勝手に命名しました。やはり、生徒が自分で何かに気づく瞬間がとても大切だと思うし、それがなければ授業をする意味がないように思います。この表現はこの前勉強したあの表現と少し違うな、とか、こういう場面でも使えるのか、とか、授業の中で自分で気づくのって楽しいと思いませんか？</p>
<p>
	あの頃、数学が大好きだったみなさんは、授業の中でそういう気づきがたくさんあったのでしょうか。教えてください。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年9月11日（金）ファドヌボさん、日本へ</h3>
<p>
	今日、明日日本へ向けて出発するファドヌボさんが、ジャパンハウスに出発前の挨拶にきました。明日出発すると言っても、まずガーナまで陸路で行って、そこから飛行機でドバイ&rarr;香港&rarr;成田という複雑な経路ですから、明日出発、翌日到着、というわけにはいきません。でもとにかく、無事に出発できそうでよかった、というのが私と山下先生の正直な感想です。と言うのも、彼女は大学の試験を受けるために、つい先日までコートジボワールに行っていました。飛行機のチケットも2日前にやっととれたという状態。予定通りに出発できるのかが危ぶまれていましたが、そこはやはりベナン人、最終的にはなんとかなったようです。</p>
<p>
	ファドヌボさんはこれから約半年間、日本の共立女子大学で学びます。無事に有意義な時間を過ごして、また帰ってくることを祈るばかりです。<br />
	ファドヌボさんが帰るとき、山下先生は「頑張ってくるんだよ」と言って、お父さんのようにファドヌボさんの頭をポン、とたたきました。</p>
<p>
	ファドヌボさんが日本に対してどういう印象を抱くのかわかりません。どういう印象を抱くにせよ、日本のいい所、悪い所をたくさん見て帰ってきてほしいなと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年9月12日（土）Only One</h3>
<p>
	<img alt="56_12.jpg" class="imgright" height="266" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/56_12-thumb-200x266-939.jpg" width="200" />毎年たけし日本語学校ではJapan Dayというイベントが開催されます。今年は10月末に行われる予定です。このJapan Dayでは、たけし日本語学校の生徒達が、日本の着物を着てファッションショーをしたり、日本についてのプレゼンテーションをしたり、茶道のデモンストレーションをしたりと、たくさんのイベントが行われます。私はもちろん今年が初めての参加なので、今からとても楽しみにしています。</p>
<p>
	実はこのJapan Dayには、いつも週一度の日本語教室に通ってくる近所の子供たちも参加、出演します。演目は、日本の歌。子供達は毎年日本の歌をJapan Dayで歌います。数年前に、前任の成田先生が子ども達に教えられた、<em>Smap</em>の「世界にひとつだけの花」を、子供達は今でもサビの部分だけ、そらで歌うことができます。</p>
<p>
	今年は何にしようかな〜、と山下先生と寺嶋さんと私の3人で考えた末、ゆずの曲に決定。実際に先週教室でその歌を子ども達に聞かせてみると即、「ダメです。」のお返事。そして、「そうさ僕らは、世界にひとつだけの〜♪」と歌い出します。仕方がないので、今回もOnly Oneの歌を歌うことになりました。ただし今回は、サビの部分だけではなく、歌の一番を全て暗記して歌うことにしました。<br />
	子ども達は、あまり覚歌詞える気はないようですが、とにかく楽しそうに踊りながら歌います。そんな、見るからにOnly Oneな子ども達と日本の歌を歌っていると、こちらまで楽しくなってしまいます。</p>
<p>
	さて、子どもたちは、どれだけ歌詞を覚えてくれるでしょうか。若干不安ではありますが、彼らにも、ベナン人の血が流れているので、最終的にはなんとかしてしまいそうな気がします。<br />
	とりあえず、当日を楽しみにしながら一緒に歌いたいと思います。</p>
<p>
	写真は、みんな子供クラスの中でも特に元気なイザベラです。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年9月13日（日）ナディヌさんの誕生日</h3>
<p>
	<img alt="左からトス先生、山下先生、ナディヌさん" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/56_13_1-thumb-250x187-941.jpg" width="250" />日曜日の午前中は、Tクラスの授業が行われます。先生はベナン人のトス先生です。<br />
	今日は授業後、生徒のナディヌさんの誕生日パーティが行われました。</p>
<p>
	12時に授業が終わると、生徒達がおもむろに準備を始めます。ベナンのスナック菓子（小麦粉を小さい玉にして油で揚げたものや、米を揚げたもの）、サンドイッチ、ジュースや冷凍したワインなどが各自に配られます。<br />
	まず、日本語と英語とフォン語で「ハッピバースデートゥーユー♪」の歌を歌った後、本日の主役、ナディヌさんのあいさつ。ナディヌさんは、これからも日本語の勉強を続け、将来は大使として日本で働きたい、という夢を持っているそうです。その大きな夢に向けて、これからも頑張ってほしいなと思います。</p>
<p>
	<img alt="ナディヌさん誕生日パーティ" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/56_13_2-thumb-250x187-943.jpg" width="250" />山下先生と寺嶋さんと私も一言ずつ、ナディヌさんにメッセージを送り、その後、ケーキが登場。とても立派なケーキでした。みんなで気持ち悪くなるぐらいケーキを食べました。</p>
<p>
	最後に記念撮影をして、約1時間程のパーティは終わりました。授業の後に生徒の手作りパーティが行われるあたりからも、たけし日本語学校のアットホームさがわかっていただけるのではないでしょうか。<br />
	Sクラスは、来週いよいよ、ビギナーコース修了のためのテストです。今タームも残すところあと1週間です。生徒も先生も最後まで気を抜かずにがんばりたいと思います。</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年9月14日（月）日本からのお客様</h3>
<p>
	<img alt="生徒と Bridge Forever の皆さん" class="imgleft" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/56_14-thumb-250x187-945.jpg" width="250" />今日は、日本から3名のお客様がたけし日本語学校にいらっしゃいました。筑波大学でBridgevForeverという団体を立ち上げ、活動しておれられる、3名の女子大生の皆さんです。<br />
	夜の7時半頃にたけし日本語学校に到着、8時半まで授業に参加、9時半頃にジャパンハウスを後にする、という慌ただしいスケジュールでしたが、日本語学校の生徒とたくさん話をしていただきました。どうもありがとうございました。<br />
	今回のベナン滞在の目的は、日本の中学生が作成した手作りのノートを、ベナンの中学生に渡すことだそうです。これもBridge Foreverの活動のひとつだそうです。まさにベナンと日本に橋をかける活動、というとろでしょうか。</p>
<p>
	それから個人的には、男率が非常に高いジャパンハウスとたけし日本語学校に、さわやかな風を届けていただいてどうもありがとうございました、と言いたいです（笑）</p>
<p>
	藤波</p>
<h3>
	2009年9月15日（火）Japan Dayに向けて</h3>
<p>
	<img alt="ファッションショー練習・セシーさん" class="imgright" height="187" src="/ife/columns/teacher/assets_c/2010/02/56_15-thumb-250x187-947.jpg" width="250" />最近はJapan Dayに向けての準備が本格化してきました。あらかじめ生徒それぞれに、どのイベントに参加するかを聞き、そのグループごとにミーティングや練習を重ねていきます。大体、週に1回、週末の夜に学校に集まって練習するグループが多いようです。</p>
<p>
	その練習風景を見ていると、授業中には見られない生徒の皆さんの表情に出会えます。例えばOPクラスのジュリスさんは、授業中は的外れな回答で教室中を笑いの渦に巻き込んでしまう、ひょうきんなキャラクターですが、ファッションショーのグループでモデルに指示をする姿は、なかなかさまになっています。しかし、自分がモデルをするとなると話は別のようで、本人は大まじめですが動きがカクカクしていて、見ている側は笑いをこらえることができません。結局また笑いの渦ができてしまいます。</p>
<p>
	とにかくそんな風にして、生徒のみなさんが毎週少しずつ、準備や練習を重ねていきます。Japan dayの当日がいまからとても楽しみです。</p>
<p>
	藤波</p>
]]>
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